発生工学とは,バイオテクノロジーの一分野で,動物の発生過程を人工的に制御して新しい動物を作り出すことを目指すものです。医学・薬学あるいは獣医学領域における発生工学の魅力は,興味ある遺伝子の機能を動物の個体レベルで解析可能にすることにあります。例えば,培養細胞を用いて血圧の制御にかかわる遺伝子の機能を観察することは不可能ですが,発生工学は生体の高次機構の中で遺伝子機能を直接的に解析可能な検定系を提供できるので,その解析結果の臨床研究への応用展開も容易にさせるといえます。これまでに発生工学から生み出されたたくさんの遺伝子改変マウスが,生活習慣病,癌あるいは感染症等の理解のために活用されてきていますが,これには,原虫関連疾患も例外ではありません。
我々は,宿主の生理機能を修飾することによる原虫感染症の予防・治療の可能性を探索しており,これまでのビタミンE転送タンパク欠損マウスを用いた解析から,宿主のビタミンE欠乏が原虫感染症に効果的に働くことを明らかにしてきました。ビタミンE転送蛋白は,食餌中から吸収されたビタミンEを肝臓から循環中に放出させる機能を有しています。この循環中のビタミンE濃度を規定する分子であるビタミン転送タンパクの機能不全は,脂溶性の抗酸化物質であるビタミンE欠乏を招きますが,宿主の循環中のビタミンE欠乏は,寄生マラリア原虫のDNAに障害を惹起し,マラリア原虫の増殖を抑制させる効果を発揮することが認められました。この効果は,マラリア原虫のみならず「眠り病」の病原体であるトリパノソーマ原虫感染においても観察されたことから,広く宿主の循環中に寄生する原虫の増殖抑制に働くことも期待されます。
そこで,このストラタジーの臨床応用を目指すために,このビタミンE低下作用を誘導する化合物を探したところ,既に上市されている高脂血症薬プロブコールが,ビタミンEの肝細胞からのエフラックスを抑制することに起因する循環中ビタミンEレベル低下作用を有し,抗原虫効果を発揮することが見出されました。現在のマラリア治療においては,薬剤耐性原虫の出現も大きな問題になっていますが,プロブコールと既存の抗マラリア薬であるDHA(dihydroartemisinin)の併用効果が顕著であったことから,プロブコールの利用は薬剤耐性原虫の出現抑制にも寄与することが期待されるところです。
Potential of Vitamin E Deficiency, Induced by Inhibition of α-Tocopherol Efflux, in Murine Malaria Infection.
Suzuki H, Kume A, Herbas MS.
Int J Mol Sci. 2018 Dec 24;20(1). pii: E64. doi: 10.3390/ijms20010064.