論文発表

2023.09.21
眼トキソプラズマ症の病態に 鉄を伴う細胞死であるフェロトーシスが関与していることを発見 〜眼トキソプラズマ症の新規診断方法と治療法の確立へ〜

国立大学法人東海国立機構 名古屋大学 大学院医学系研究科眼科学の山田和久 大学院生,兼子裕規 准教授,同研究科生体反応病理学 豊國伸哉 教授,同研究科環境労働衛生学 田﨑啓 講師,国立大学法人北海道国立大学機構 帯広畜産大学 原虫病研究センター創薬研究部門先端 治療学分野 西川義文 教授らの研究グループは,眼トキソプラズマ症の患者において硝子体中の鉄の濃度が低下していることを発見し,眼トキソプラズマ症のモデルマウスで網膜内への鉄の取り込みが起きており,鉄を伴う細胞死であるフェロトーシスが起こっていること,また鉄のキレート剤であるデフェリプロンを使用することで眼トキソプラズマ症によるぶどう膜炎を抑制できる ことを明らかにしました。

https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2023/10/post-571.html
https://www.qlifepro.com/news/20231005/ocular-toxoplasmosis.html

2023.07.14
日本産フタトゲチマダニ(両性生殖系統)のドラフトゲノムを公開

Draft genome sequence data of Haemaphysalis longicornis Oita strain

論文リンク:
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352340923004717

原虫病研究センターの白藤梨可准教授、玄学南教授、藤崎幸蔵客員教授、北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所の山岸潤也准教授は、医学・獣医学上重要な吸血性節足動物であるフタトゲチマダニのドラフトゲノムを解読し、そのデータを公開しました。本研究では、長年にわたり安定的に累代飼育しているフタトゲチマダニ(両性生殖系統)の雌ダニのゲノム解析を行い、日本産マダニとして初めてドラフトゲノムを得ることに成功しました。

2020.11.16
トキソプラズマの妊娠期感染におけるケモカイン受容体CXCR3の重要性を明らかにしました

CXCR3-Dependent Immune Pathology in Mice following Infection with Toxoplasma gondii during Early Pregnancy
Infect Immun. 2020 Nov 16:IAI.00253-20. doi: 10.1128/IAI.00253-20. 

論文リンク:
https://iai.asm.org/content/early/2020/11/10/IAI.00253-20.long

PubMed:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33199353/

トキソプラズマ症は偏性細胞内寄生性原虫であるトキソプラズマ(Toxoplasma gondii)によって引き起こされる人獣共通感染症であり、世界中で発生しています。先天性トキソプラズマ症の症状は胚死・吸収から不顕性感染まで多岐に渡りますが、発症機序は不明です。C-X-Cモチーフのケモカイン受容体3(CXCR3)は主にTh1関連免疫細胞に高発現し、免疫細胞の遊走と活性化や妊娠維持にも関与しています。しかし、トキソプラズマの妊娠期感染におけるCXCR3の役割や分子機構についてはまだ十分に理解されていません。本研究ではCXCR3欠損マウス(CXCR3-/-)を用いて、妊娠初期のトキソプラズマ感染に対するCXCR3の役割を調べました。妊娠3.5日目(Gd3.5)にCXCR3-/-マウスと野生型マウスへトキソプラズマを腹腔内接種しました。両感染群ともに妊娠日の進行とともに壊死を呈する胚が増加し妊娠率が低下しましたが,CXCR3-/-感染マウスではより顕著な胚の喪失が認められました。またGd10.5において、胎盤組織の原虫感染量はCXCR3-/-マウスで有意に増加しました。更にGd13.5の胎盤組織では、野生型感染マウスと比較しCXCR3-/-感染マウスにおいて誘導性一酸化窒素合成酵素 (iNOS)とCD8のmRNA発現量が有意に減少しました。これらの結果は、妊娠初期のCXCR3依存的な宿主免疫応答がトキソプラズマ感染に対する妊娠維持に重要な役割を果たしていることを示唆しています。本研究結果は、科学雑誌Infection and ImmunityのSpotlight Selectionに選出されました。

本研究は、日本医療研究開発機構 (AMED)の研究助成(19fk0108047h0003, 20fk0108137h0001)で実施しました。

2020.07.31
トキソプラズマ感染による炎症反応を制御する原虫分子を明らかにしました

Toxoplasma gondii Dense Granule Proteins 7, 14, and 15 Are Involved in Modification and Control of the Immune Response Mediated via NF-κB Pathway
Ihara F, Fereig RM, Himori Y, Kameyama K, Umeda K, Tanaka S, Ikeda R, Yamamoto M, Nishikawa Y..
Front Immunol. 2020 Jul 31;11:1709. doi: 10.3389/fimmu.2020.01709. 

論文リンク:https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fimmu.2020.01709/full

PubMed:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32849602/

2020.07.31:論文発表

[研究の背景と目的]
トキソプラズマ(Toxoplasma gondii)はヒトを含めたほぼ全ての哺乳類および鳥類に感染する原虫で、世界中に広く蔓延しています。感染率は地域によって大きく異なりますが、世界人口のおよそ3割が感染していると見積もられています。主な感染経路は、シストを含んだ食肉やオーシストを含むネコの糞便の経口摂取に由来します。感染すると宿主細胞の中で増殖と再感染を繰り返して全身の臓器へと拡がっていきますが、健康なヒトであれば重篤な症状を引き起こすことは稀です。しかしながら、免疫不全状態にあるヒトでは重い脳炎や、女性が妊娠中に初感染した場合は胎児に先天性トキソプラズマ症を引き起こすほか、流産・死産をもたらす恐れがあります。
本原虫は、宿主細胞に侵入するとロプトリー(ROP)またはデンスグラニュル(GRA)と呼ばれる細胞小器官から様々なタンパク質を分泌し、その一部は宿主の免疫応答を撹乱することが知られています。寄生虫分子による宿主免疫の制御メカニズムを明らかにすることで、新たな治療法の開発につながることが期待されています。本研究では、Th1型免疫応答を誘導するNFκB経路に焦点を当て、レポータープラスミドを用いてNFκBを活性化する分子のスクリーニングを行い、II型原虫のGRA7、GRA14、GRA15の過剰発現が強い活性を示すことを見出しました。そこで本研究では、これら3つの分子の比較分析を行い、トキソプラズマ症の病態におけるNFκBの関与を理解することを目的としました。

[研究結果]
まず、各分子の役割を検討するために、GRA7、GRA14、GRA15を欠損する原虫を作製しました。親株感染細胞におけるレポーター活性との比較から、GRA7とGRA14はNFκBの活性化に部分的に関与しているのに対し、GRA15はNFκBの活性化に不可欠であることがわかりました。また、各分子の欠損株では、親株と比較してNFκB活性化に必要なRelAの核内移行が阻害されていました。さらに、GRA15欠損株では、感染細胞のIκB-αのリン酸化レベルが低下していましたが、GRA7とGRA14欠損株では親株と同等のリン酸化が認められました。
続いて、各分子の欠損による免疫活性化への影響を調べました。GRA7、GRA14、GRA15の欠損は、RAW246.7細胞のインターロイキン6の産生量を低下させました。また、RNA-seqにより、GRA7、GRA14、およびGRA15の欠損は、NFκBが制御する遺伝子群の発現低下をもたらすことが明らかになりました。次に、親株感染マウスの多くが生存する量の原虫をマウスに感染させ生存日数を測定した結果、GRA7およびGRA15欠損株ではほぼ全てのマウスが感染急性期に死亡したのに対し、GRA14欠損株ではわずかな死亡率の増加に止まりました。
ここまでの結果から、トキソプラズマのGRA7、GRA14、GRA15はNFκBを活性化することで宿主免疫応答を活性化し、寄生虫の増殖を抑制的に制御することが明らかとなりました。また、II型原虫でのGRA14の寄与は限定的なものでしたが、活性型GRA15を持たないI型RH株を用いて、マウスに原虫を足蹠内接種したところ、親株では80%以上のマウスが生存したのに対してGRA14欠損株で全てのマウスが4週間以内に死亡しました。トキソプラズマの病原性は遺伝子型によって大きく異なりますが、その違いは免疫撹乱分子の遺伝子多型性によって規定されます。このことから、GRA15の活性の低い株では、GRA14による免疫活性化が宿主の生存に必要であることが示唆されました。トキソプラズマは、感染慢性期に宿主の脳や筋肉内にシストを形成し潜伏感染へと移行します。感染初期に宿主免疫を活性化させ宿主の死を阻止することは、新たな宿主へ伝播する機会の拡大に役立つことから、GRA7、GRA14、GRA15によるNFκB経路活性化はトキソプラズマの寄生戦略に重要な役割を持つことが示されました。

本研究結果は大阪大学微生物病研究所、エジプト・South Valley大学との共同研究の成果です。

2019.05.21
家畜病原性原虫ネオスポラの感染をコントロールするワクチンを開発しました

Critical role of TLR2 in triggering protective immunity with cyclophilin entrapped in oligomannose-coated liposomes against Neospora caninum infection in mice.
Fereig RM, Abdelbaky HH, Kuroda Y, Nishikawa Y.
Vaccine. 2019 Feb 8;37(7):937-944. doi: 10.1016/j.vaccine.2019.01.005. 

論文リンク:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0264410X19300362?via%3Dihub

PubMed:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30660401

2019.02.08:論文発表
ネオスポラ(Neospora caninum)はウシの流産を引き起こす病原性原虫です。ネオスポラの蔓延は畜産業に経済的損失をもたらしますが、ワクチンや治療薬などは開発されていません。我々のこれまでの研究により、ワクチン抗原をオリゴ糖リポソーム内へ封入することで効果的な防御免疫を誘導できることが明らかとなっています。今回、ネオスポラのサイクロフィリンを封入したオリゴ糖リポソーム(NcCyp-OML)を作製し、ワクチン効果を検証しました。NcCyp-OMLをマクロファージに作用させるとNF-κBを活性化し、炎症性サイトカインIL-12の産生を促進させるました。NcCyp-OMLの免疫により抗原特異的な抗体産生と細胞性免疫を誘導することが可能で、マウスの感染実験において感染マウスの生存率を優位に向上させました。このワクチン効果はToll様受容体2(TLR2)欠損マウスでは認められなかったことから、NcCyp-OMLの効果を発揮させるためにはTLR2が必要であることが明らかとなりました。今回の結果は、ネオスポラのワクチン開発にはTLR2依存的な免疫誘導が重要であることを示しています。

本研究結果はエジプト・South Valley大学との共同研究の成果であり、一部は基盤研究(B)(一般)(日本学術振興会:15H04589, 18H02335)の研究助成で実施しました。

2019.05.21
フタトゲチマダニ(単為生殖系)卵母細胞の発育過程を明らかにしました

Intracellular localization of vitellogenin receptor mRNA and protein during oogenesis of a parthenogenetic tick, Haemaphysalis longicornis.
Umemiya-Shirafuji R, Mihara R, Fujisaki K, Suzuki H.
Parasit Vectors. 2019; 12(1): 205. doi: 10.1186/s13071-019-3469-9.

論文リンク:https://parasitesandvectors.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13071-019-3469-9

PubMed:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31060579

マダニは原虫、リケッチア、ウイルスといった様々な病原体を家畜や人に媒介する吸血性節足動物です。マダニは、卵、幼ダニ、若ダニ、成ダニ(雌・雄)と発育し、その発育には吸血行動が必要不可欠です。雌ダニが吸血を終えて満腹状態(飽血)に達すると、その体重は吸血前の約100倍も増加し、獲得した栄養分のほとんどすべてを数千個におよぶ卵の発育に利用します。マダニが媒介する病原体の中には、雌ダニから次世代の卵、幼ダニへと移行するものがあり(介卵伝播)、その代表的な原虫にバベシアが挙げられます。例えばバベシア感染動物で雌ダニが吸血すると、バベシア感染幼ダニの発生に繋がり、それらの幼ダニは次の宿主動物に対する感染源となります。しかし、マダニにおいてバベシアの介卵伝播がどのようにして成立しているのか、その仕組みはまだ明らかにされていません。
バベシアの介卵伝播メカニズム解明のためには、第一に、マダニ卵母細胞の発育過程(卵形成)を理解することが重要です。我々はこれまで、原虫病研究センターにおいて累代飼育しているフタトゲチマダニ(単為生殖系)を用い、卵形成の分子機構解明、卵母細胞の発育ステージ分類基準の確立を行ってきました。今回の研究では、卵母細胞の発育に必須の卵黄タンパク質前駆体(ビテロジェニン;Vg)に着目し、その受容体(VgR)の卵母細胞におけるmRNA発現およびタンパク質の局在を解析しました。その結果、VgRの発現と局在は、卵母細胞の発育ステージにより異なるパターンを示すことが分かりました。また、卵母細胞は、急速吸血期にステージⅠからⅡ、飽血後にステージⅡからⅢへと発育し、その後、VgRを介したVg取り込みが活発化することによりステージⅢからⅣへと移行し成熟することが明らかになりました。本研究の成果は、マダニにおけるバベシアの介卵伝播を分子・細胞レベルで解析する上で有用な基礎的知見であり、今後の研究進展が期待されます。

本研究は、主に日本学術振興会 科学研究費助成事業(科学研究費補助金)、公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団の支援の下、帯広畜産大学において実施されました。

2019.01.09
発生工学の応用によるマラリアの予防・治療法の開発についての総説が出版されました

Potential of Vitamin E Deficiency, Induced by Inhibition of α-Tocopherol Efflux, in Murine Malaria Infection.
Suzuki H, Kume A, Herbas MS.
Int J Mol Sci. 2018 Dec 24;20(1). pii: E64. doi: 10.3390/ijms20010064.

2018年12月:論文発表 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30586912 
発生工学とは、バイオテクノロジーの一分野で、動物の発生過程を人工的に制御して新しい動物を作り出すことを 目指すものです。医学・薬学あるいは獣医学領域における発生工学の魅力は、興味ある遺伝子の機能を動物の個体 レベルで解析可能にすることにあります。例えば、培養細胞を用いて血圧の制御にかかわる遺伝子の機能を観察 することは不可能ですが、発生工学は生体の高次機構の中で遺伝子機能を直接的に解析可能な検定系を提供できるので、 その解析結果の臨床研究への応用展開も容易にさせるといえます。これまでに発生工学から生み出されたたくさんの 遺伝子改変マウスが、生活習慣病、癌あるいは感染症などの理解のために活用されてきていますが、これには、 原虫関連疾患も例外ではありません。
 我々は、宿主の生理機能を修飾することによる原虫感染症の予防・治療の可能性を探索しており、これまでの ビタミンE転送タンパク欠損マウスを用いた解析から、宿主のビタミンE欠乏が原虫感染症に効果的に働くことを 明らかにしてきました。ビタミンE転送蛋白は、食餌中から吸収されたビタミンEを肝臓から循環中に放出させる 機能を有しています。この循環中のビタミンE濃度を規定する分子であるビタミン転送タンパクの機能不全は、 脂溶性の抗酸化物質であるビタミンE欠乏を招きますが、宿主の循環中のビタミンE欠乏は、寄生マラリア原虫のDNAに 障害を惹起し、マラリア原虫の増殖を抑制させる効果を発揮することが認められました。この効果は、マラリア原虫 のみならず「眠り病」の病原体であるトリパノソーマ原虫感染においても観察されたことから、広く宿主の循環中に 寄生する原虫の増殖抑制に働くことも期待されます。
 そこで、このストラタジーの臨床応用を目指すために、このビタミンE低下作用を誘導する化合物を探したところ、 既に上市されている高脂血症薬プロブコールが、ビタミンEの肝細胞からのエフラックスを抑制することに起因する 循環中ビタミンEレベル低下作用を有し、抗原虫効果を発揮することが見出されました。現在のマラリア治療においては、 薬剤耐性原虫の出現も大きな問題になっていますが、プロブコールと既存の抗マラリア薬である DHA (dihydroartemisinin)の併用効果が顕著であったことから、プロブコールの利用は薬剤耐性原虫の出現抑制にも 寄与することが期待されるところです。

2018.05.27
新たなネズミマラリア原虫遺伝子変異体の作製方法を開発しました

Development of a bsd-blasticidin selection system in Plasmodium berghei.
Soga A, Ko-Ketsu M, Fukumoto S.
FEBS Lett. 2018 Jun;592(11):1847-1855. doi: 10.1002/1873-3468.13100. Epub 2018 May 27

平成30年5月:論文発表 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/ 29774536
 マラリアは蚊によって媒介される世界最大規模の感染症で年間50万人以上の命を奪っており、 抜本的な対策法の確立が求められています。このような研究ではどのように感染が成立するのか、 遺伝子レベルでの解明が求められます。そこで、ヒトへの病原性を持たないネズミマラリア原虫をモデルとして用い、 標遺伝子機能を調べることが一般的です。しかし、従来の遺伝子組換え体の作製法は効率が悪く、 その結果として多くの時間・費用がかかることが研究進展のネックになっていました。 そこで本研究ではこの問題を解決するため、効率的な遺伝子組換えネズミマラリア原虫作製法の開発を試みました。 その結果、抗生物質であるブラストサイジンとその耐性遺伝子であるbsdを用いて遺伝子組換え原虫を作製可能な新たな 実験系を開発することに成功しました。今回確立した方法により、ネズミマラリア原虫において独立した薬剤マーカーにより、 最大4遺伝子を同時に破壊することが可能となりました。今後、この本法を用いた様々な解析により、 新たな治療薬・ワクチン開発にむけた研究の進展が期待されます。
本論文発表は日本学術振興会科学研究費補助金の支援を受けて実施されました。

2018.04.23
犬バベシア原虫の遺伝子組換え方法を確立しました

Establishment of a stable transfection system for genetic manipulation of Babesia gibsoni.
Liu M, Adjou Moumouni PF, Asada M, Hakimi H, Masatani T, Vudriko P, Lee SH, Kawazu SI, Yamagishi J, Xuan X.
Parasit Vectors. 2018 Apr 23;11(1):260.

平成30年4月:論文発表 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29685172
マダニに媒介される赤血球内寄生原虫であるバベシア属には約100種類同定されていますが、 牛に寄生する3種類(Babesia bovis、B. bigemina、B. ovata)のみについて遺伝子組換え方法が確立されていました。 他のバベシア原虫についても同方法の導入が求められています。 そこで、日本を含むアジア地域で犬に広範に流行し、ペット産業に深刻な被害を与えている、イヌバベシア原虫(B. gibsoni) について遺伝子組換え方法の確立を試みました。ゲノムの標的部位に外来遺伝子を導入し、安定発現を実現するために、 ef-1a遺伝子の上流と下流ゲノム断片を発現ユニット (ef-1αプロモーター:GFP ORF:ターミネーター:actinプロモーター:dhfr ORF:ef-1αターミネーター) の両側にもつプラスミドを構築し、虫体に導入した後に、薬剤選択を行ったところ、 相同組換えによりGFP遺伝子とdhfr遺伝子が標的ゲノム部位に組み込まれた組換え虫体の作製に成功しました。 また、標的部位のef-1α遺伝子がノックアウト(KO)されたことも確認しました。 今回確立した方法により、イヌバベシア原虫に外来遺伝子を自在に導入でき、 また、標的遺伝子を簡単にKOすることができるようになりました。 今後、イヌバベシア原虫の病原性遺伝子の特定・KOによる虫体の弱毒化と、 この弱毒化虫体をベクターとした新規組換えワクチン開発への応用が期待されます。
本論文の筆頭著者である劉明明君(大学院生)はこれらの研究成果により第9回日本獣医寄生虫学会奨励賞の受賞が決定しました。 なお、本研究はJSPS拠点形成事業(アジア・アフリカ学術基盤形成型)の支援を受けて実施されました。

2018.03.01
ピロプラズマ病に対する新たな薬剤開発

17-DMAG inhibits the multiplication of several Babesia species and Theileria equi on in vitro cultures, and Babesia microti in mice.
Guswanto A, Nugraha AB, Tuvshintulga B, Tayebwa DS, Rizk MA, Batiha GE, Gantuya S, Sivakumar T, Yokoyama N, Igarashi I.
Int J Parasitol Drugs Drug Resist. 2018 Apr;8(1):104-111. doi: 10.1016/j.ijpddr.2018.02.005. Epub 2018 Mar 1.

平成30年4月:論文発表 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29499568
ピロプラズマ病は、バベシアおよびタイレリアがマダニによって動物に媒介され、赤血球に寄生することにより、 発熱、貧血、血色素尿症を引き起こす難治性の原虫病です。ピロプラズマ病は世界的に分布し、 畜産業に大きな経済的被害を与える他、人にも感染することが知られ、人獣共通感染症としても重要です。 しかし、現在使用されている治療薬は副作用が強く、治療を受けた動物でも再発することが報告されています。 そのため、原虫を殺滅する効果と安全性が高い薬剤の開発が喫緊の課題です。 本研究では、熱ヒートショック蛋白質90阻害剤(17-DMAG)のバベシアとタイレリアに対する増殖抑制効果について検討を行いました。 その結果、17-DMAG は、牛バベシア(B. bovis, B. bigemina, B. divergens)、馬ピロプラズマ(B. caballi, T. equi)に対して 高い増殖抑効果対を有することが明らかになりました。また、B. microti感染マウスに17-DMAG 30 mg/kgを投与すると、 優れた治療効果が認められた。さらに、また、現在ピロプラズマ治療薬として使用されているジミナゼン・アセチューレートと17-DMAGを 併用すると、それぞれの投薬量を半分にしても、十分な治療効果が得られました。今後の研究により、17-DMAG は、 家畜のピロプラズマ病の新たな治療薬として実用化されるばかりでなく、現在人バベシア病の治療に用いられている薬剤との新しい 併用治療法としても期待されます。本論文の発表は日本学術振興会科学研究費補助金の支援を受けて実施されました。

2017.02.06
トキソプラズマに対する免疫応答がうつ様症状の発症を誘導することを明らかにしました

Involvement of host defense mechanisms against Toxoplasma gondii infection in anhedonic and despair-like behaviors in mice. 
Motamed E. Mahmoud, Ragab Fereig and Yoshifumi Nishikawa
Infection and Immunity
2017 Mar 23;85(4). pii: e00007-17. doi: 10.1128/IAI.00007-17.
Print 2017 Apr

平成29年1月:論文発表 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28138019
細胞内寄生原虫のトキソプラズマの感染は、ヒトにおける精神疾患の発症に関与することが考えられています。 我々の研究室では、トキソプラズマ感染がうつ様症状の発症を引き起こすことをマウス実験モデルで明らかにしています (Mahmoud et al., Behav Brain Res. 2016)。
今回の研究では、 トキソプラズマに対する免疫応答がうつ様症状の発症を誘導することを明らかにしました。 トキソプラズマに対する防御免疫反応には、炎症性サイトカインのインターフェロン・ガンマ(IFN-γ)が必要です。 トキソプラズマ感染により、IFN-γが細胞に作用することでインドールアミン酸素添加酵素(Indoleamine 2,3-dioxygenase: IDO)が活性化され、 トリプトファンの代謝が亢進してキヌレニンが産生されることを確認しました。 キヌレニンはうつ病をはじめ様々な精神疾患全般の原因として考えられています。 トキソプラズマ感染は上記の経路を誘導し、宿主動物にうつ様症状が発症すると示唆されました。 さらに、このうつ様症状は抗炎症剤やIDO阻害薬で抑えることができました。 宿主免疫応答は病原体の排除に重要ですが、その副反応の一つとして精神疾患の発症に関与することに注意しなければならないと考えられます。
本論文発表は、最先端・次世代研究開発支援プログラム(日本学術振興会:2011/LS003)、挑戦的萌芽研究(文部科学省:15K15118)の研究成果です。

原虫病研究センター 教授 西川 義文 (西川研HP)

2016.08.08
トキソプラズマ感染による宿主動物の行動変化のしくみを解明

Toxoplasma gondii Infection in Mice Impairs Long-Term Fear Memory Consolidation Through Dysfunction of the Cortex and Amygdala.
Ihara F, Nishimura M, Muroi Y, Mahmoud ME, Yokoyama N, Nagamune K, Nishikawa Y. 
Infect Immun. 2016
Sep 19;84(10):2861-70. doi: 10.1128/IAI.00217-16. Print 2016 Oct.

原虫病研究センター 准教授 西川 義文 (西川研HP)、日本学術振興会特別研究員(DC1) 猪原 史成らの研究グループは、病原性寄生虫トキソプラズマの感染により宿主動物の記憶に障害が生じることを明らかにしました。

プレス発表 (新聞記事:十勝毎日新聞20160828)

2016.05.12
原虫病研究センター・国際連携協力部門・国際監視学分野・菅沼啓輔特任助教らが研究成果を発表しました

Mycophenolic Acid and Its Derivatives as Potential Chemotherapeutic Agents Targeting Inosine Monophosphate Dehydrogenase in Trypanosoma congolense.
Keisuke Suganuma, Albertus Eka Yudistira Sarwono, Shinya Mitsuhashi, Marcin Jąkalski, Tadashi Okada, Molefe Nthatisi, Junya Yamagishi, Makoto Ubukata, and Noboru Inoue. Antimicrobial Agents and Chemotherapy. 2016, May 2 online, doi:10.1128/AAC.02816-15. PubMed PMID: 27139487.

家畜トリパノソーマ症の治療薬は種類が限られるとともに、薬剤抵抗性のトリパノソーマ症が各国で報告されているため、新規治療薬の開発が求められています。本研究では、核酸合成酵素の一種であるInosine Monophosphate Dehydrogenase(IMPDH)阻害薬であるミコフェノール酸とその誘導体の抗トリパノソーマ活性を検討しました。その結果、薬剤標的酵素であるTrypanosoma congolense IMPDHが同定されました。さらに、試験管内抗トリパノソーマ活性評価系を用いた試験から、ミコフェノール酸とその誘導体が新規トリパノソーマ治療薬のリード化合物になりうること示唆されました。

2016.03.15
原虫病研究センター・感染免疫部門・生体防御学分野・西川義文研究室が研究成果を発表しました

Changes in neurotransmitter levels and expression of immediate early genes in brain of mice infected with Neospora caninum.
Ihara F, Nishimura M, Muroi Y, Furuoka H, Yokoyama N, Nishikawa Y. 
Sci Rep. 2016 Mar 14;6:23052. doi: 10.1038/srep23052. 

ネオスポラはイヌやウシなどに感染し神経障害の原因となる病原性原虫ですが、その病態発症メカニズムは分かっていません。今回、ネオスポラのマウス感染モデルを用い、感染による脳組織の変化を解析しました。その結果、炎症反応に伴う脳病変、神経伝達物質量の異常、神経細胞の活性低下が明らかとなりました。本研究により、ネオスポラの感染による中枢神経の機能障害が生じていることが示唆されました。本論文発表は、最先端・次世代研究開発支援プログラム(日本学術振興会:2011/LS003)、挑戦的萌芽研究(文部科学省:15K15118)、特別研究員奨励費(日本学術振興会:15J03171)の研究成果です。

2016.03.10
原虫病研究センター・診断治療研究部門・高度診断学分野・五十嵐郁男研究室が研究成果を発表しました

Clofazimine inhibits the growth of Babesia and Theileria parasites in vitro and in vivo.
Tuvshintulga Bumduuren, AbouLaila Mahmoud, Davaasuren Batdorj, Ishiyama Aki, Sivakumar Thillaiampalam, Yokoyama Naoaki, Iwatsuki Masato, Otoguro Kazuhiko, Ōmura Satoshi and Igarashi Ikuo., Antimicrobial Agents and Chemotherapy.2016 Feb 16. pii: AAC.01614-15. [Epub ahead of print]

バベシアとタイレリアは赤血球に寄生し、家畜に大きな経済的被害を与えているため、安全で治療効果の高い薬剤の開発が求められています。本研究では、ハンセン病の治療薬であるクロファジミンの両原虫感染に対する治療効果について検討を行いました。その結果、クロファジミンは培養原虫に対して優れた増殖抑制効果を示しました。更に、マウスを用いた治療実験により、高い治療効果が認められました。今後の研究により、家畜のピロプラズマ病の新たな治療薬として実用化される事が期待されます。