ホネから探る動物たちの
形態と機能,そして命のしくみ
ホネは動物の体を支える基本構造であり,それが集まり関節によって組み上がったものが骨格である。この骨格の形態や動きを知ることによって動物がもつ運動機能や適応能力を推測することができる。数年前に動物園にいるレッサーパンダが後ろ足二本で直立すると話題になったが,「レッサーパンダはヒトと同じかかとをつけて歩く蹠行性の動物なので,二足立ちするのは機能形態学的見地からすると不思議なことではありません」と教えてくれたのは佐々木教授。動物の骨格や筋の形状からその「カタチ」に秘められた機能的役割をその動きも含めて解析することで,形態学的環境適応や適応進化を考察する“機能形態学”という分野を研究している。そのため各種のクマ科動物,霊長類,鯨類,そして鰭脚類(アザラシの仲間たち),さらにゾウ,サイ,カバ,カンガルー,フクロウ……等多くの動物の骨格標本を収集して機能形態学的な解析を行っている。
動物の骨格標本は,主に献体された遺体を解剖することによって収集されている。最近は標本の解析のためにCTスキャナーによる撮影も行っているため,骨を動かす筋や腱の影響を残した状態で,より正確な骨格の可動状況を解析できるようになったそうだ。これまでの研究では,ジャイアントパンダの解剖も手掛けたことがあるという。「ジャイアントパンダの骨格を調べた結果,同じクマ科動物のホッキョクグマやヒグマ等よりも足根関節(足首にある関節)の可動域が広いことがわかりました。体の大きなパンダが,器用に足を使って木登りできる理由のひとつがここにあります」と教えてくれた。
動物のカタチを理解することで
バイオミミクリーへの応用も
佐々木教授は,クマ科動物の機能形態に関する研究をテーマのひとつとしている。機能形態学見地からみると,海生哺乳類に分類されることもあるクマ科動物最大種のホッキョクグマでは,頭蓋は平で細長く,上半身は流線型を示しており水中遊泳に適した形態をしている。
「動物のカタチにはそれぞれに意味があるんです。長い進化の歴史を通して洗練されたフォルム(形態)をつくりだしており,そのカタチが果たす機能を解明していくのが機能形態学の醍醐味といえるでしょう」と佐々木教授は語る。最近はアザラシの四肢の可動域の研究もしているという。アザラシの胴体には小さなひれ状の前肢があるが,体の外に出ている部分は人間でいうと手首から先になる。水中では水かきの役目を果たし,陸上では体を支持して移動にも用いられる。この前肢を含めた四肢の骨格がどこまで,どのように動くのかを探究している。このような動物たちの機能形態を解明し,「基礎研究成果を将来バイオミミクリー(生物模倣)として機械工学やロボット工学等の分野で応用できればと考えています」と展望も話してくれた。
「知りたい」という探求心が
動物たちの謎を解明していく
機能形態学の一方で繁殖生物学的研究も行っている佐々木教授は,家畜や野生動物等の精巣や胎盤といった生殖器の形態やその機能を解析。精巣については,胎子発生から老化に至るまでの生理学的機能の動態を調べている。さらに,ニホンジカやヒグマ,そして鯨類といった季節に合わせて繁殖行動をおこなう季節繁殖動物に関しては,季節変化に伴う精子形成調節機構の解明等も同時に追究。「季節繁殖動物の精巣におけるホルモン調節のメカニズムや一旦ストップした精子形成がどのように復活(再燃)するのかを解明したい。そして,その成果を家畜や動物園動物における雄の繁殖障害の治療や予防,さらにそれら動物の人工的繁殖調節等に応用していければと考えています」と言う。
そもそも広い意味で「動物」のことを知るために獣医学の道へ進んだという佐々木教授。学生時代は動物をミクロな視点から追究するため,生殖腺の発生や分化について形態学的に研究していた。フィールドワークで野生動物の調査に参加して解剖等をするうちに,マクロな視点からも動物の謎を解明したくなったそうだ。「動物を知るために,学問を区別する必要はありません。細胞もホネも動物を構成するもののひとつ。私の研究は,あるときは壮大な進化の歴史の中で個体としての謎を探究し,またあるときは細胞や器官における普遍的な機能を追求します。そのため,多くの研究分野との接点がおのずと生まれてきます」と。佐々木教授の研究は,命のしくみの全体像を知るため,ミクロからマクロまでの幅広い視野に立った壮大な挑戦といえるかもしれない。
Data/Column
左/臓器に含まれる水分や脂肪を取り除き,樹脂を浸透させることによって,手で触ることができるようにした「ブラスティネーション」とよばれる肉眼標本
右/社会貢献と学生教育の一環としておびひろ動物園に帯広畜産大学のサテライトブースがあり標本の常設展示をしている
所属や肩書はインタビュー当時のものです。