より高度な医療が必要となったとき
頼ってもらえる存在であり続けたい
「帯広畜産大学 共同獣医学課程」と聞けば,大学名や本学が立地している十勝へのイメージから,真っ先に牛や馬,豚などの産業動物を対象とした獣医学が思い浮かぶかもしれない。だが,家族の一員として私たちと暮らしを共にする「伴侶動物(はんりょどうぶつ)」の分野においても,本学は北海道の東側,道東エリアで基幹となる「高度医療センター」として地域に貢献し続けている。
「本学への着任当初,たとえば『今日,釧路からクルマで来ました』とおっしゃる飼い主さんの言葉に驚くことがありました。釧路・帯広間のおよそ140kmは,東京からですと隣県どころか,さらに隣の県にまで至ってしまうかもしれない距離です。それなのに皆さん,ごく普通のこととしてお話しされますよね。さすが広大な北海道と思ったものです。また,それだけ私たちが提供する医療は『期待されているのだ』とも感じました」とは上村准教授。上村准教授は,従来はペットと呼ばれていた伴侶動物のうち,主に犬,猫の「軟部外科」および「循環器」を診療,研究対象としている。
獣医師が提供する獣医療のうち,外科系は対象とする診療部位によって大きく二つに分けられている。そのひとつが,上村准教授が専門とする軟部外科。軟部外科とは,主に臓器や循環器など「柔らかい組織」を扱う獣医療をさす。反対に,骨や靱帯,神経など体を動かすために必要な運動器を対象とした,いわゆる整形外科分野を扱う獣医療を硬部外科という。
「いずれにしても最も重要な存在なのは,大切なご家族の一員である犬猫の近くで,普段から健康相談に乗ってくださる獣医師,かかりつけの開業医です。私たちは,そうしたかかりつけ医である先生方の手に余る疾患について,積極的にご相談いただける存在でありたいと考えています」と上村准教授。
これはヒトの医療でも同じだ。より高度な医療が必要となったとき,いつでも頼ることができる医療機関が「近くにあるという安心感」は計り知れない。
体重が軽く血液量も少ない伴侶動物にこそ
低侵襲手術や治療,デバイスを
より高度な医療が必要な状況には,どのようなケースがあるのだろう。上村准教授は,その一例として「ステント治療」を挙げる。ステントとは,主に金属でできた網目状の管。ヒト医療では血管や気管,食道,腸などに起こる狭窄(狭まって流れが滞る状態)を解消するために,血管や気管などに挿入,留置することで使用される。上村准教授は,新たに開発されたステントをいち早く導入し,犬の気管虚脱という疾患に応用しているという。
「気管虚脱は,呼吸時に空気の通り道となる気管が潰れてしまう病気です。満足に呼吸ができず,彼,彼女らは,本当に苦しそうな状態で運び込まれてきます。そうした症状に,新しく開発されたステントを用いています。この新規ステントは従来のものと比べ,ナイチノール(ニチノール)という合金の編み方が変わっています。そのおかげで,気管内留置後の組織追従性(組織への馴染みやすさ)が高まり,術後に起こる合併症のリスクを低減することができることから,低侵襲(ていしんしゅう)治療法の一つとして期待されています」と上村准教授。
「低侵襲」とは,治療や手術時に受ける身体への「ダメージを低く抑える」という意味を持つ。低侵襲は「インターベーション」とも表される。また,上村准教授が例に挙げてくれたステントなど,疾病の診断や治療,予防に使われる医療機器を「メディカルデバイス(デバイス)」という。
「特に小型犬や猫などは,体が小さく体重も軽いことから,体内を循環する血液の量は多くありません。また,血管径も小さいですから,たとえば心臓に疾患があり手術が必要となった場合でも,心臓を開くことなくデバイスを挿入する治療法なども検討してきました。人工心肺をつないで行う開心術(心臓を開く手術)よりも身体への負担を軽減することができるからです」と話す上村准教授はこう続けた。
「インターベーション治療,新規デバイス開発や研究を通じ,周囲の先生たち,そして犬猫とそのご家族(飼い主)への還元という形で,私たちの取り組みを生かしていければと考えています」。
ヒト医療と獣医療最大の違いは
「患者」とのコミュニケーション方法
「私は,ヒトの小児医療と獣医療とを比較して考えることがあります。特にヒトの乳幼児などは,言葉によるコミュニケーションは難しいものです。同様に,獣医療は『状況を〝全く納得していない〟〝言葉を持たない〟患者』を対象とする医療です。だからこそ『親』である飼い主さんとのコミュニケーションが『重要な意味を持つ』といえます」。そう話す上村准教授の瞳が一瞬鋭く輝いた。
「たまにですが,『ヒトとのコミュニケーションが苦手なので,獣医師をめざそうと思いました』という方がいらっしゃいます。しかしそれは『間違っている』と思います。言葉を持たない患者さんの状態を診断するには,『親』である飼い主さんとのコミュニケーションは欠かせません。ヒトへの医療以上に『ヒトとのコミュニケーション』が必要なのです」と続けた。
ヒト医療と共通して考えられる部分も多いという。
「ヒト医療で用いられている技術やデバイスが,獣医療に応用されているケースは多くあります。また逆に,獣医療がヒト医療の基礎的知見になることもあります。獣医療,ヒト医療といった枠にとどまらず,工学,薬学,生体材料学,生命環境学など,多分野とのコラボレーションをもっと図っていきたいですね」。
幼い頃から「動物のお医者さんになりたいと思っていた」という上村准教授は,獣医療でもヒト医療の世界でも,外科医は「いろんな意味でハードな職業」だという。そう話すにも関わらず,上村准教授は常にはつらつと獣医療の未来を語る。
「そうですね,たしかにハードではありますが,治療の結果『受け取ることのできる喜び』が大きな分野だからでしょうか。治療を終え『親』である飼い主さんとともに,本当に嬉しそうに退院していく動物たちを見送るのは,とてもやりがいを感じる瞬間です。そして同時に,また頑張ろうと思うのです」という。
上村准教授は,自ら診療の現場に立ちながら,刻々と進化し続ける最先端技術や知見をいち早く取り入れていく。そうして獣医療を「アップデート」しながら未来を描く。その未来は「大切な家族を守る」ためにある。獣医療,中でも伴侶動物への獣医療は,上村准教授の言葉どおり「やりがい」に満ちた分野なのだ。
Data/Column
猫原発性気管虚脱へのステント治療。動物専用のステントが開発されたことにより,伴侶動物の身体への負担を軽減できるステントを用いた治療に期待が高まる。
所属や肩書はインタビュー当時のものです。