プロバイオティクス機能性を解明し
ヒト健康,家畜の健康に貢献してゆく

新たなプロバイオティクスで食資源の有効利用をめざす

渡辺 純 教授

WATANABE Jun

千葉県出身。博士(農学)。2001年北海道大学大学院修了後,食品メーカー勤務,北海道大学特任准教授,国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構上級研究員,ニュージーランド・オタゴ大学での在外研究を経て,2020年4月本学教授に就任。日本農芸化学会,日本栄養・食糧学会,日本食品科学工学会,日本食品免疫学会所属。研究がうまく進んだ時の喜び,うまくいかない時の苦しみを若い人たちと共有したいと考え,本学に研究の場を移した。

細胞の数よりも多く体内に住む
微生物の働き,機能性を追求

大学への進学を果たした後,指導教官から受ける初めてのアドバイスが「美味しいものを食べ歩くこと,料理をしてみること,農業や酪農,畜産を体験してみること」だとしたら,どのように感じるだろうか。学生生活を楽しんでほしいという願いが込められていることはもちろんだが,もう一方でこのアドバイスは,渡辺教授が専門とする研究分野について理解するためには,理にかなった「提案」だといえる。

その理由のひとつには,渡辺教授が機能性解明を進めようと研究を進めているプロバイオティクス乳酸菌は食品に含まれ,腸内細菌は私たちの健康維持に重要な働きをしている背景がある。

ここでキーワードとなる「プロバイオティクス」について渡辺教授が説明してくれた。「私たちが日常的に食べている発酵食品の製造には多くの微生物が関与しています。これら発酵食品を食べることによって,微生物も同時に摂取しています。また,私たちの体の中,特に消化管には細胞の数よりも多くの微生物が住み着いています。こうした発酵食品などに由来する健康維持に有益な微生物をプロバイオティクスといい,善玉菌を増やすなどの作用を介して消化管内の環境を改善してくれます」。

発酵食品は,うま味を感じるものが多い。言い換えれば「美味しい食べもの」あるいは「食べものを美味しくしてくれる食品」だ。

たとえば,和食に多く用いられる素材。味噌(みそ),醤油(しょうゆ),みりん,酢といった主要な調味料のほか,鰹節(かつおぶし)や納豆,漬物,キムチなどは,代表的な発酵食品だ。摂取する塩分量にさえ気を配れば,これらで「朝食メニュー」を組み立てられそうだ。朝食メニューでいえば,チーズ,ヨーグルトなどにも発酵が関わっている。

渡辺教授が「解明」をめざして研究を続けているのは,こうした食物に含まれ,生きて消化管内に届くプロバイオティクスの働き,機能性だ。

「私たちの取り組みが,食品の高付加価値化につながることを期待して研究を進めています。また,ヒトの健康のみならず,家畜生産分野の研究者とも連携し,家畜生産の現場への応用も考えています」と渡辺教授は語る。

乳酸菌分離源としての海藻,発酵対象としてのおからは
多くのメリットを生み出す

その渡辺教授が注目する食品に,海藻,おからがある。おからとは,豆腐をつくる過程で出る大豆の絞りかすのこと。絞りかすとはいえ,食物繊維や栄養成分が豊富な食品だ。だが,渡辺教授はなぜ海藻,おからに注目することとなったのだろうか。

乳酸菌の分離源や発酵対象としては,これまであまり注目されてこなかった『未利用資源』であったこと。また,どちらも北海道で多く産出されていること。この2つの理由から,海藻と大豆が原料であるおからに注目したのです。 海藻については,乳酸菌を分離し,機能性乳酸菌の探索を行っているところです。おからについては,まだデータは少ない状況ですが,乳酸菌の働きによって発酵させることで保存性を高めた食品化をめざしています」という。

本学が所在する十勝は,日本国内有数の大豆産生産地であるとともに,酪農や畜産が盛んな土地だ。そのような環境にあって,大豆,おからは私たちが口にする食品に加工されるほか,家畜の飼料としても利用されている。特におからは単価が低く,飼料としても魅力的なのだという。しかし食品や飼料としてさらに活用していくためには,保存しにくいおからの欠点をカバーする必要がある。そこで,「乳酸菌の働きで発酵させよう」というのが渡辺教授の狙いだ。

「発酵によっておからの保存性を高めることができれば,高付加価値を持った飼料として流通させることができます。そうすることで大豆生産者,大豆を利用する食品加工業者にもメリットが生まれます。また,プロバイオティクスは,家畜動物にとっても重要な存在。ヒトの健康だけでなく家畜の健康のためにも,という思いからこの研究を続けています」という。

農場から食卓までつながる研究環境から
新たなアイデアが生まれてゆく

プロバイオティクス研究,なかでもそれを摂取した時の腸内環境の解析に当たっては,遺伝子解析ツール,遺伝子解析のための方法論を用いているという。

「こうした解析には,家畜動物を専門とする本学研究者とともに行っています。本学は農場から食卓まで,農畜産業や食料に関する一貫した体制が整っていますから,こうしたコラボレーションを行いやすい環境にあります。研究を進めるためだけではなく,研究成果を活用する応用のアイデアも生まれやすい」と渡辺教授。

そうしたアイデアのひとつに,研究成果の「ペットフードへの応用」があるという。たとえばシニア用ペットフード。「方向性としては,あり得るジャンル」という。では,機能性表示食品としてなど,ヒトへの応用は考えられないのだろうか。

「ヒトへの応用に関して,現状ではさまざまな制約からハードルは高いと考えています。しかし,高齢化社会となり,生活習慣病が増えている状況を考えると,トクホ(特定保健用食品)や機能性表示食品にみられるように,食品の機能性がますます注目されることは間違いないでしょう」という。

ヒトへの直接の応用ではなくても,農業や酪農,畜産を研究成果で支え,そこで生産された高品質な農畜産物を私たちが食べることができれば,ヒトの健康維持を支えることになる。渡辺教授が研究を進めるプロバイオティクスの背景には,深く幅広い世界が広がっている。

Data/Column

左/日本国内有数の大豆産生産地である十勝。私たちの身近な食品である「おから」は家畜の飼料としても利用されている。発酵によっておからの保存性を高めることができれば,高付加価値を持った食品あるいは飼料として流通が可能になるだろう。

右/乳酸菌の分離をおこなっているプレート。海藻などの分離源をプレートに塗布し、培養するとコロニーが現れる。この中から有望な乳酸菌を選抜する。

所属や肩書はインタビュー当時のものです。

掲載日: 2022年3月