乳牛の繁殖学の域にとどまらず
広範な基礎的分野の視点で研鑽

乳牛の生体レベルを詳細に観察して生命誕生の謎に迫る

宮本 明夫 教授

Miyamoto Akio

埼玉県出身。1987年東北大学農学研究科にて博士号取得。日本学術振興会博士研究員を経てドイツ・ミュンヘン工科大学生理学研究所にて,乳牛の卵巣生理学の研究に従事した後,帯広畜産大学に赴任。1997年から再びミュンヘンの生理学研究所に研究員として滞在。1999年日本繁殖生物学会学術賞(島村賞)受賞。

繁殖問題の解決をめざして
乳牛の健康と疾病の問題を探る

牛乳は文字が表す通り「牛の乳」である。主に白と黒のブチがあるホルスタイン牛が,わたしたちに牛乳(ミルク)を提供してくれているが,なぜ牛は乳を出すのか考えたことはあるだろうか。人が赤ちゃんを産み育てるために母乳が出るように,牛もまた子牛を産んで乳が出る。つまり,ミルクを得るには,乳牛を出産させ続けることが必要になるのだ。

乳牛は出産してから300日ほどミルクを出し続け,出なくなってから60日後にまた出産させる。1頭あたり2〜3回は出産させるが,経済効率を考慮すると4〜5回出産させるのが理想だという。ところが近年,牛が妊娠しにくくなっており,畜産経営に大きな影響を与えている。

牛の繁殖学を専門分野として研究している宮本教授は,「最近の乳牛はミルク生産能力が最大限に伸びて,それを支えるエネルギーが大量に必要となり,健康を害するケースが多発しています。結果として,妊娠どころではなくなることもある」と語る。乳牛は1年(1回の出産後)で10000キロほどのミルクを出すが,世代を重ねるごとにこの能力はさらに増加している。乳牛は血液から運ばれてきたさまざまな栄養素を取り込み,乳房でミルクをつくる。しかし,ミルクの生産が増えることは,それだけ体力を消耗し,免疫力が落ち,病気にかかりやすくなるということでもある。そのため「健康と疾病に直接関係する“免疫機能”と繁殖の研究がますます重要になってきました」と,宮本教授は話してくれた。

現在,宮本教授は,繁殖つまり妊娠するスタート地点ともいえる受精に着目。「牛は発情の翌日に排卵によって卵胞から卵子を卵管に送り出します。卵管は,精子と卵子が出会い受精し,最初の数日間の発生が起きる場であることから“卵管の免疫システム”がどうなっているかを調べています。さらに排卵して卵子を送り出した後,妊娠ホルモンを大量に分泌して妊娠を支える黄体がどう変化しているか“黄体の生と死”についても研究しています」。

生体の詳細な観察事実から
基礎的現象の視覚化に試みる

宮本教授が手掛ける妊娠に関わる「卵管の免疫システム」と「黄体の生と死」の研究は,乳牛の生体レベルの観察が重要になる。わずか0.2mmの受精卵を子宮に届ける卵管は,小さな部位であるため主に卵管細胞の培養系を使用。一方,黄体は成長も退縮も速いので,乳牛の肛門から装置を挿入し,血液の流れの速さと方向を映し出して黄体内の血液変動,既存の血管から新たな血管枝が分岐して血管網を構築する血管新生等を観察する。その一方で採血して黄体からのプロゲステロンを含む血中ホルモン,全身を流れる血中と生殖器官の免疫細胞の変化,各組織や細胞レベルの物質と遺伝子発現等を探っていく。

「その過程で新しい発見や謎に出会うからおもしろい」と宮本教授は楽しそうに言う。卵管内で卵子に向かう精子は,異物とみなされて白血球の一種である好中球に攻撃されてもおかしくないが,受精はふつうに起きるので,そうはなっていないようだ。卵管で分泌される物質が好中球の攻撃を抑えている作用についての調査も進んでいる。

これらの研究は「可能な限り基礎的な現象を視覚化して,誰もがわかる証拠をつかみ,問題となる現象の基本的な考え方,対処の仕方に役立てられるような科学情報を論理立てて提供することを心がけています」と宮本教授は語る。さらに「研究の焦点は繁殖学にとどまらず,生理学や免疫学等のような広範な基礎的分野でもあることから,研究成果は国際学会で公表すると同時に,必ず英文専門誌に論文や総説として発表して,世界の農畜産業の発展に貢献する科学情報として発信しています」という。

繁殖問題の解決のみならず
生命誕生の謎に迫る研究を

牛の繁殖を専門としている宮本教授のもとには,その指導を仰ぐ研究者が各国から訪れ,海外との共同研究も盛ん。2014年には牛の生殖科学の最高峰ともいうべき国際学会が帯広で開催され,先進国を中心とした30カ国から200名あまりの研究者が参加した。宮本教授は研究に励むかたわら,主催者として準備に奔走。研究者は実験室で地道な作業をする印象だが,宮本教授は違うようだ。

大学院生のとき牛の卵巣からさまざまなホルモンが分泌される詳細な観察についての研究論文に衝撃を受け,その研究の中心地だったドイツのミュンヘンへ向かう。ところが,念願叶ってたどり着いたとき,その研究は一段落していた。「もう途方に暮れました」と落ち込む宮本教授は,担当教官と新たな道を切り開くために議論を重ねた。血中ホルモン測定や細胞培養系は多くの研究者がすでに着手していたため,新しい手法の開発を模索。細い人工血管を乳牛の卵巣に埋め込み,そのかん流液を採取して物質を測定して,卵巣内の現場でどのような物質がどのように変化しているかを初めて観察した。

その研究が認められ,1999年に日本繁殖生物学会学術賞の島村賞を受賞。基礎学術賞である島村賞をウシの研究者が受賞するという快挙を成し遂げたのだ。

「すでにある方法論を組み合わせても,大した成果は得られない。勇気をもって新しいアイデアを実行し,それを実証するために技術の開発や方法論を生み出すことが大切」と語る。だから無謀だと思う学生の挑戦も宮本教授は応援してくれる。生命の誕生は未解明なことが多いので,宮本教授とともにその謎に迫ってみてはどうだろうか。

Data/Column

左/39日齢の胎児。ここから次第にウシ特有の体のしくみが育まれる

右/退行直前の黄体の血流増加を発見(証拠の視覚化)

所属や肩書はインタビュー当時のものです。

掲載日: 2017年9月