栄養面と繁殖面から,母牛と子牛の健康につながる
改善点をピンポイント解明したい

“いまイチ”牛はなぜそうなるのか?

川島 千帆 准教授

Kawashima Chiho

小樽市生まれ。農学博士。本学畜産学部畜産環境科学科卒業後,同畜産学研究科畜産環境科学専攻に入学し2001年修了。2003年,本学の21世紀COE研究員となる。2007年3月,岩手大学大学院連合農学研究科において博士号取得(農学)。同年5月,本学畜産フィールド科学センター助教に。同講師を経て,2015年より現職。本学の教員で初の産休・育休を取り,1児の母としても公私ともに多忙な日々を送る。

母牛の妊娠期の栄養状態に
欠けていた子牛への視点

「小樽出身なので,牛が近くにいない環境で育ちました。本学入学当初も植物に興味を持っていたので,現在の自分の姿は想像もつきませんでしたね」と語るのは,川島准教授。それもそのはず現在,准教授が取り組んでいる研究のメインテーマが「乳牛の健康と長生きにつながること」だからだ。

本学畜産学部畜産環境科学科(当時)3年生のとき,所属していた研究室では羊を飼っていた。その世話をするうちに元来の動物好きに火がつき,卒論では牛を使う実験に臨むことに。本学大学院に進学後も牛を対象とした研究を続ける。大学院修了後は仕事か研究者の道かで悩んだが,「研究室の居心地の良さに甘えている自分がいないか?本当に研究を続けたいのか?」を自らに問うために敢えて就職。食品会社で食中毒の検査等を担当し1年半を過ぎた頃,やはり研究がしたいという思いが強くなった。そこで研究員として本学に戻り,現在は准教授という立場で研究を続けている。

「転機になったのは自分の妊娠です。育児雑誌を見ていて思いました。同じ出産するのでも,人と牛とではこうも視点が違うのかと。人の場合は子どもがメイン。赤ちゃんの健康ために妊娠期をどう過ごすか,出産後の栄養はどう摂ればいいか等。ところが牛は生産性重視。次の分娩のためにどうすればいいかだけが語られ,子牛の健康への視点が欠けている。牛の世界には生まれたときも“いまイチ”,育っても“いまイチ”という牛がいるんです。その“いまイチ”牛と母牛の妊娠期の栄養に関連性はないのだろうか。そう考えると研究テーマがいっそう明確になってきました」

綿密なサンプリングデータに
海外の研究者も驚き

研究員時代に川島准教授が力を入れて取り組んだのは,経産牛のサンプリング。学内にいる牛の採血を1日4回,6時間ごとに実施した。分娩した牛が次の排卵までの卵胞期間,ホルモン値がどうなっているのかを調べるためだ。自然な状態のデータを集めようとカテーテルは使わず,研究室の学生を含め3人で手分けして採血にあたった。

「期間は2カ月程ですが,ちょうど真冬の寒い時期で大変でした。でも何度も採血していると,牛の方が時間になると寄って来るんです。同じベッドに来てくれたり。私たちの方も尻尾で1頭1頭の見分けがつくようになりました。この調査をまとめた論文は獣医学関連の方から反響が大きく,私の論文の利用数で1位を占めています。自分の研究が他分野でも役立っていることが大きな励みになっていますし,海外の研究者からは『あんな面倒なサンプリングは日本人しかやらない!』と,驚かれました」と,川島准教授は笑う。

健康の根底をなすのは栄養であることから,栄養代謝状態が准教授の研究のスタート地点だ。

「妊娠期の良好な栄養状態が母牛の健康につながり,免疫力がアップする。そしてより健康な牛が生まれると想定していますが,母牛にどの時点でどんな栄養を与えたら良いのか。また子牛の飼育管理に問題があり,“いまイチ”牛が育ってしまうのか。それをピンポイント的に探っていくのが今後の課題です。飼料にしてもサイレージ等の粗飼料は健康の良い循環を保ち,多少のダメージに耐えられる牛になる。一方,濃厚飼料も与えないと乳量が足りなくなる。輸入飼料に頼る日本において一概に何が良いと決めつけられませんが,研究成果が汎用性のあるものになることが願いです」

牛という動物を知ってもらい
適切な管理方法を示すことで酪農家の力に

川島准教授が牛を研究対象にしていることで,守っていることがある。それは牛のことを考え,必要な実験を必要なときにだけ行うという約束事。また学生に対しても,牛がいつもと違う行動をしたときはメモを取ることを指導している。一頭一頭に個性があり,その違いを見分けられる研究者になってほしいからだ。

「乳牛はミルクを出すという労働をしている,いわば働く仲間。母親になってから,より親近感がわくんです」と,川島准教授は牛への同志愛を隠さない。

准教授は牛を生態・栄養・行動学的な見地からもっと知ってほしいと,酪農家向けの執筆活動も行っている。論文と違い誰にでも分かりやすい記述を心がけ,専門用語は極力使わない。必要に応じて自らイラストを描くこともある。

「機械化が進むと,牛そのものを見なくなる傾向にあります。牛とはこういう動物だと知ってもらい,牛や地域に合った管理方法を提供することで,少しでも酪農家さんのお役に立てればと思います」

今後の目標を伺うと「体力をつけること」と返ってきた。実は本学は日本一ホルスタインが多い大学。その牛たち相手に研究を行っていくには,体力が必要だという。また現在はお子さんが小さいので,夜半の牛の分娩等には立ち会えない。「子どもがもう少し大きくなったら分娩の場にも臨み,研究領域をより広げたいですね」と,語ってくれた。

Data/Column

左/JICA(青年海外協力隊)草の根事業の第一段階で,現地の受け入れ機関である日系セタパール財団に搾乳舎を建設。現在は第二段階に入り,この牛舎で現地の普及員や大学生の研修を受け入れるよう,研修プログラムを構築している。

右/畜産フィールド科学センターでは,近隣の保育所や幼稚園の搾乳体験を受け入れている。また毎年,小学校高学年向けの親子体験学習も開催。その時期は授業の合間を縫って,子ども向けに乳牛の話をすることも少なくない。

所属や肩書はインタビュー当時のものです。

掲載日: 2017年9月