機能を正確に捉え,そこで働く分子を明らかにし
発達,乳産生,射乳に至る乳腺の仕組みを解明する

ダイナミックに変化する組織,細胞に分子レベルで迫る

上川 昭博 准教授

KAMIKAWA Akihiro

奈良県出身。獣医学博士。北海道大学大学院獣医学研究科を修了後の2010年,本学に助教として着任。日本獣医学会,日本生理学会所属。大学院時代に脂肪細胞と乳腺細胞の相互作用に着目して乳腺に関する研究を開始し,現在に至る。北海道大学獣医学部への進学以来,北海道での暮らしは20年以上となる。現在は庭に設けた家庭菜園で,少量ずつながらも野菜を育てることが趣味。

どのような仕組みで? という疑問に
分子レベルで迫る研究領域

哺乳類であることを特徴づける生体構造のひとつが乳腺だ。しかも乳腺は,出産後の雌性動物(メス)のみが,生まれた仔(子ども)に「ミルクを与える」という生理機能を発揮する。「哺乳類なのだから当然」と片付けることもできるが,これは実に神秘的な機能であると同時に,なぜ? どのような仕組みで? といった科学的探究心を刺激される現象ではないだろうか。そこにスポットを当てているのが,上川准教授による「乳腺生理機能と分子メカニズム」に関する研究だ。

上川准教授は,「今は生命が維持され次代を残す仕組みについて,分子レベルにまで遡って説明することができます。そうした知見に触れ,面白いと感じたことが乳腺研究へと踏み出すきっかけのひとつになりました」と話す。また,生体を形づくりさまざまな機能性を発揮する仕組みについて,「分子レベルで説明することは,生理学分野では重要な課題です」ともいう。その上川准教授がターゲットとして選択したのが乳腺だった。

「乳腺は,生体の成長に合わせてダイナミックに変化する組織です。形態的な変化だけでなく,その生理的な機能性も変わっていきます。これは,他の箇所には見られない発達のメカニズムが働いているためと考えられます。その仕組みや全体像を解明することがひとつの到達点です」という。仕組みや全体像が解明できれば,研究成果を役立てられる分野がより明確になる。その日をめざし,上川准教授は研究を進める。

3つのイベント解明から
乳腺の全体像に迫る

乳腺の仕組み,生理機能の全体像解明に向けたステップとして,上川准教授は3つのイベントに注目している。それが発達,乳産生,射乳だ。

「発達」には形態形成に関するアプローチが有効であり,学部時代に研究した脂肪組織,脂肪細胞との相互関係性が影響していると考えられる。

「乳産生」の研究では,乳腺によってつくり出された「ミルク」に含まれる電解質にフォーカスしている。

生体から分泌されるもののひとつ,電解質を含む分泌液に汗がある。しかし汗は,汗腺細胞を通じて分泌されるものであり,ミルクとは経由するルートが異なる。では,水,電解質(Na,K,Clなど)を含むミルクは,どのような仕組みで産生されるのだろう。乳産生は,上川准教授自身が最も興味を抱く研究でもある。

そこで上川准教授は,電解質の通り道となる「イオンチャネル」を探索し,乳腺上皮細胞が有するいくつかの電解質透過性を明らかにしてきた。この研究の成果は,酪農の現場においては,産出される乳量や乳質を「決定づけることになるかもしれない」と期待されている。

そして「射乳」に至る。射乳とは,乳房から仔に与える「ミルクを出す」ことを指す。キーワードとなるのは,オキシトシンといわれるホルモンの働きだ。

オキシトシンは,乳房内に蓄積された乳汁(ミルク)を乳頭へと押し出すことを働きかける。実はオキシトシンが作用する仕組みには,まだ解明されていない部分がある。上川准教授は,このオキシトシンによる作用が「どのように調節されているか」という研究に取り組みはじめたところだ。

分子生物学的であり分子生理学的
より多くの仲間と共に研究を

上川准教授は,「現在取り組んでいる研究は,主にマウスを用いて行う基礎研究です。こうした研究では,得られたデータ,結果をしっかり評価することが大事です。陥りがちなのは,先行する研究や資料,教科書などに引っ張られ,先入観に基づき〝結果を見てしまう〟こと。大切にすべきは,データや結果を見ることで得られる視点,気づき」であり,「こうした部分は,学生にも積極的に伝えていきたい」と語る。

学生時代の上川准教授は,乳腺発達過程における腺組織の形態変化を中心に研究していた。ところが,大学院での研究を通じて「機能はどうなっているのだろう?」という興味が湧いてきたのだという。そこから,現在の研究テーマ「乳腺」につながった。

「上皮細胞に関する研究は,癌研究などを通じて進められてきた分野です。そこに上皮細胞の機能性を解き明かす機能解析を加えていく研究は比較的新しく,面白さを感じました」という。そして,「少し大げさすぎるかもしれない」と前置きしながらも,仕組みを明らかにするという意味において「分子生物学的,分子生理学的な研究と言えるかもしれません」とも。

上川准教授の言葉を借りれば,「先入観にとらわれない気づき」や純粋な「興味」を大切にしたからこそ,今の上川准教授が在るといえる。「共に研究を進めていく〝仲間〟が増えてくれるとうれしいです」という控えめな言葉には,自身の研究に対する想いが込められている。

Data/Column

乳腺分泌細胞のパッチクランプ解析。電極(右)を細胞に接着させるところ。

所属や肩書はインタビュー当時のものです。

掲載日: 2022年3月