微生物の力を農畜産の現場にフィードバック
家畜排せつ物を資源化し大地を循環させる

農畜産業を持続可能に変える堆肥化ロボット,イノベーション

宮竹 史仁 准教授

MIYATAKE Fumihito

北海道小樽市出身。岩手大学大学院連合農学研究科博士課程を修了後,食品総合研究所,宇都宮大学地域共生研究開発センター,日本学術振興会特別研究員,畜産草地研究所を経て2008年より本学に着任。専門は,学生時代から続けている家畜排せつ物や生ごみをリサイクルし,有機肥料となる堆肥に変えるための研究。酪農王国といわれる北海道で,家畜排せつ物を資源循環させる取り組み加速が目標。

農業,畜産業を支える大地に
微生物の力が生み出す堆肥で豊かさを

緑に覆われた山林,田畑,牧草地がどこまでも広がる大地。こうした風景と出会うたび「豊かな自然」を感じる。また「雄大」といったフレーズも脳裏に浮かぶ。まさに北海道を象徴するイメージだ。しかし,ほんの少し視点を変えてみると,新たな景色が見えてくる。この新たに広がる景色は,豊かな自然の一部として受けとめていた田畑や牧草地は「人工物である」という認識からはじまる。人工物であるために抱える課題はいくつもある。その代表的な課題,テーマのひとつが,田畑や牧草地を利用して営まれる農畜産業の「持続可能性」だ。

対応が急がれる地球環境保全という問題と向き合いながら,農畜産業を持続可能とするためのベクトルを示す研究がある。主に畜産業を取り巻く環境にスポットを当てた研究だ。地球環境保全がマクロの視点だとすれば,この研究はミクロの視点から課題解決に迫る。研究の軸には,微生物が持つ力を活用した「堆肥(たいひ)」というキーワードが浮かび上がる。

「畜産農家で厄介者扱いされているふん尿を高品質な堆肥として生まれ変わらせ,資源として循環させること。作物を育む土壌環境を健全に維持しながら,おいしい農作物の生産をめざすことが研究の目的です」と話してくれたのは宮竹准教授。家畜排せつ物や生ごみを「微生物の力で有機肥料となる堆肥に変える研究」を,学生時代から続けてきた。その研究成果が今,畜産農家の現場にフィードバックされはじめている。

堆肥化ロボット開発から広がる
農畜産業の持続可能性

だが,なぜ今「堆肥」なのだろうか。

その理由のひとつに,このままでは農地を失いかねないという懸念がある。実際に世界各国では今,急速に農地喪失が進んでいる。要因の違いや程度の差はあるものの,豊かに思える北海道の農地も例外ではなく,「土壌に有機質を補うことが重要」と宮竹准教授。

「北海道においてもここ10年ほど,堆肥を積極的に使ったり品質の良い堆肥を作ろうという意識が高まりつつあります。これらの原因には,化学肥料に依存しすぎたため土壌の劣化が進行したことが挙げられます」。

だからといって,化学肥料を堆肥に置き換えるだけでは「十分ではない」とも。

「堆肥を利用するにしても,不適切な利用法では病原菌による汚染や病気蔓延を引き起こしてしまいます。そこで,良質な堆肥を製造するための技術研究が求められています。たとえば『堆肥化ロボット』の開発や普及,悪臭や温室効果ガスの排出が少ない『堆肥化技術研究』が意味を持つのです」という。

「堆肥化ロボット」は民間企業と共同開発し,すでに現場での利用も開始されている。集積した家畜排せつ物の発酵促進を行いながら,効率的かつ環境負荷を少なくしつつ高品質な堆肥をつくるシステムで,複数の特許を得ている。

宮竹准教授は続ける。「従来の方法で堆肥を作るには手間がかかります。その手間をいかに省くことができるかがテーマ。また,人の知識や経験に依存する工程は多いものですが,いずれはそうした部分もAIによって自動化し,人が関わらなくても堆肥化できるシステムにしていきたいと考えています」と話してくれた。

その背景には,酪農家の高齢化や人手不足という問題が横たわっている。土壌の劣化だけでなく,これもまた農畜産業の持続可能性を危うくしかねない問題のひとつだ。

堆肥化ロボットに利用されている技術は,宮竹准教授が専門とする分野の垣根を越え,各種制御システム技術や温度管理を行うセンシング技術など実に幅広い。現在はAIを搭載した堆肥化ロボット開発も研究テーマのひとつとしている。こうした幅の広さは,畜産現場や研究へのアプローチ方法の幅にもつながっていくのではないだろうか。

科学的な視点と人間の営みが融合し
イノベーションが生まれる

堆肥には,土壌環境を健全に維持するほかにも大切な役割があるという。

「牛のベッドと言っているのですが,家畜の敷料として利用することです。堆肥を敷料とする要望は,近年非常に高まっています。酪農の現場でいえば,牛が牛舎内で快適に過ごせるようにすることが目的です」という。しかし,家畜排せつ物を堆肥化して敷料とするために,解決すべき課題は多かった。

「家畜排せつ物を堆肥化し敷料として利用することに対し,酪農家の中には,病気などを懸念する方もいらっしゃいました。また,本当に牛にとって快適な環境なのかという点も未解明でした。こうした点を一つひとつ科学的に精査していったのです」と宮竹准教授。「堆肥の敷料利用による牛の行動量調査」は,そうした精査の一環だ。そこで得られたデータや研究成果をフィードバックすること,畜産の現場で活用可能な知識やシステムとして提案していくのが宮竹准教授のスタイルだ。

「ラボでの基礎研究,現場でのフィールド研究を,両輪として回していくことが重要です。そうして作り上げた物を,実際に現場で使っていただけるものにする。私の研究分野は実学に近いところですから,特に現場に出掛けていくことを大切にしています」という。

「私が微生物に関心を持ったのは,微生物の動きを解析して描き出されたグラフに美しさを感じたことがきっかけでした。その後,現場(フィールド)に出るようになり,研究成果を生かせるものづくりに関心が広がりました」と話す宮竹准教授に,思い描いている未来の畜産業について聞いてみた。

「今後,畜産の現場にもIoTやAI導入が進んでいくでしょう。しかし本質的な部分に目を向けるなら,技術の進歩によって『工業型畜産業』となっていくことが理想とは考えていません。畜産業に限らず,農業の本質的な部分とは,『命をいただく』という営みであるからです。ですが,畜産業にも技術革新は必要です。そこで私は,畜産業のどの部分をあえて残し,どこを変えていくべきかと自問自答しながら研究を続けているのです」という言葉が返ってきた。

情報,データ,解析,技術研究など科学の世界を貫いていたのは,「命をいただく」という意外なキーワードだった。そこに農業や畜産,酪農など命を扱う研究分野の奥深さ,面白さが隠れているに違いない。

Data/Column

左/複数の特許を持ち2022年の現在,国内で7カ所の畜産農家が導入している「堆肥化ロボット」。敷地面積や畜舎,動線を考慮した,ほぼ完全なオーダーメイド。

右/持続可能な畜産業のためには,牛が快適な飼養環境に置かれているかということも重要なポイントになる。ストレス値の指標である唾液アミラーゼ活性の変化量をセンサーで計測する。

所属や肩書はインタビュー当時のものです。

掲載日: 2022年2月