防風林は風害から農作物を守る『緑の楯』
精緻なデータ活用で農業の底力を支えたい

GISを用いた耕地防風林データベースの構築

辻 修 教授

Tsuji Osamu

香川県生まれ。本学大学院卒業後,帯広市役所農政部を経て1982年,本学助手に。1995年,北海道大学で農学博士号取得。助教授を経て2009年より本学教授に就任。帯広開発建設部総合評価審査委員会委員長,帯広市緑化審議会委員長,日本緑化工学会理事等の要職も務める。福島原発事故の除染に関わる基礎データ構築にも尽力。本場の讃岐うどんを堪能するには,香川県内の製麺所に併設された店で味わうのがおすすめだとか。

農作物に被害を与える春先の強風
その楯となる防風林は減少の一途

十勝の原風景ともいえる,広大な農地とそれを取り囲むように並ぶ林。雄大な景観を彩るこの木々たちは風害から農作物を守る防風林で,『緑の楯』とも呼ばれている。十勝開拓時から行政が管理する基幹防風林に対し,農家が私的に植えたものを耕地防風林と呼ぶ。十勝地方の耕地防風林は昭和初期から植林がはじまったと言われている。辻教授が研究対象としているのは,この耕地防風林だ(以下防風林)。「春先に日高山脈から吹きおろす北西の強風は種や苗を飛ばしたり,土粒子を舞い上げて茎や葉を傷つける等甚大な被害を及ぼしてきました。こうした十勝特有の風害から農作物を守ってきた防風林ですが,その植栽面積は昭和40年をピークに減少の一途をたどっています。原因は畑の大型化や機械化,離農等。入植時に与えられた耕地面積が一人5haに対し,いまや一戸あたりの平均は約40ha。農作業の効率化を妨げる防風林は,伐採される運命をたどりました。防風林の大半を占めるカラマツが5m成長するのに10年は要すると言われているので,風害が起こってから手を打っても間に合わないのです」と,辻教授は警鐘を鳴らす。また春先の強風は,1㎝の層を形成するのに100年はかかるとされる土を一回で吹き飛ばしてしまうこともある。農作物ばかりでなく大切な土壌を守り,さらに風の減速効果で地温を上げて作物の生長を促進する等,防風林は多面的な機能を持つ隠れたヒーローなのだ。

空間情報収集にドローンが活躍
3D画像から見えてくる現状と未来

辻教授が現在取り組んでいるのは,防風林のデータベース構築。1997年に行った調査では測量機器を駆使したが,近年は比較的安価になったドローンを使って防風林周辺の空間情報を収集している。GPS機能付きのドローンはオート操作にすれば,5〜10分飛んだのち指定地点に帰着。自ら足を運ばなくても,貴重な画像情報を持ち帰ってくれる。研究では2機のドローンが活躍中だ。「空間情報とは例えば1本のカラマツなら高さだけでなく,その木を棲家とする小動物や鳥,虫等を網羅した3次元の情報です。GISという地理情報システムを用い,それらの情報を重ね合わせ3D画像に処理します。身近なところではコンビニでいつからおでんを販売するか決めるのも,GISの活用例です。現在は大学近郊でデータを取っていますが,これでうまくいけば帯広全域で。将来的には十勝全体,1年に1町村というスピードでの調査を考えています」

三角法を用いてモニター上で作成する3D画像では,木を三次元化するのが難しいという。枝や葉は絶えず動いているので,さまざまな角度から撮っても不確定性が高い。そこで近くの構造物を基準点としそこから木の位置を推測し画像にするのだ。本来はその数値情報のみで構わないのだが,誰もが分かりやすいように色や風景を貼り付ける。高いスキルと根気を要する3D画像処理だが,情報の取捨選択がデータの有効性を左右するという。「ドローンが記録した膨大で雑多な情報のなかから,必要なものを抜き出すことが大切。その抽出には経験値がモノを言います。そうして得られた精度の高いデータ同士をマッチさせることで全体像が解析でき,意味のある答えを導きだせる。たとえば古いデータを鵜呑みにし,現在は低い苗木なのに背の高い防風林があるという間違った情報を最新の区画データに重ねてしまうと,その地域では風害を防げない。ちなみに十勝地方では防風林の樹高の15倍の距離が,風害から農地を守れる目安です」

防風林の大切さを次世代に伝えたい
めざすのはビッグデータ*の構築

辻教授は防風林の啓蒙活動も精力的に行っている。一番力を入れているのは,子どもを対象とした出前講座。未来を担う世代に興味を持ってもらうことはもちろん,親世代への波及効果も期待している。「家で子どもが『今日,防風林の話を聞いたよ』って言えば,親は耳を傾けるでしょ。たとえ関心がなくても」と,辻教授は笑う。そのため分かりやすく解説したパンフレットも作成している。「現在の防風林は寒さに強く資材価値も高いということで,落葉樹であるカラマツが全体の7割近くを占めています。ところが風害のピークとなる5〜6月には,葉がまだ十分に茂っていない。防風林が十分な効果を発揮するには常緑樹が望ましいところですが,エゾマツやカラマツは生長が遅い。今後はカラマツ防風林の更新を考慮しつつ,常緑樹の防風林への転換へ向かう必要があります。樹種や高さに加え,その配列方法にも配慮してより防風効果を高めなくては。防風林の底力は農業の底力でもありますから」と,辻教授は防風林の今後に思いを馳せる。

辻教授が30年近くにおよぶ研究生活で大切にしてきたのは,農家の方に喜んでもらえること。現場に還元できること。すぐに解決につながらなくても,近い将来において農業や環境保全の一助となることが変わらないテーマの柱だ。「私が行っている研究は応用ですが,意義的には基礎研究に近い位置づけ。防風林を入り口に,社会貢献につながるビッグデータ(※)の構築をめざしています」

自然の脅威から大切な作物を守ってくれる防風林,小動物や昆虫のすみかともなっている防風林。蓄積されたデータの活用が持続可能な農業の確立はもとより,私たちが抱えているさまざまな課題に光明をもたらすに違いない。

※情報通信技術の飛躍的発展によって蓄積が可能となった,大量・大規模のデジタルデータ。膨大なデータを統合・利用することで,科学的発見や防災等の予測が実現化しつつある。

Data/Column

左/福島県飯館村で農家の空中放射線量を計測。屋敷林ではトラップを使い,落葉に付着したセシウムの計測を年に3〜4回行っている。

右/住宅地では家屋の軒先から10mの範囲が除染地域だが,農村の住宅では生活圏が異なる。つまり里山も含めたエリアが生活圏なのだ。見えないフェンスをどこに置くか,セシウムは自然低減するのか。データの果たす役割は大きい。

所属や肩書はインタビュー当時のものです。

掲載日: 2017年9月