飼料は原因,第一胃の状態は結果
適切な管理で牛本来の能力を引き出したい

ヒトと同じように牛の健康も食生活から

木田 克弥 教授

Kida Katsuya

北海道紋別郡滝上町生まれ。本学獣医学科卒業後,滝上町農業共済組合で臨床獣医師として7年間勤務。1987年,北海道NOSAI研修所に移り,乳牛の代謝プロファイルテスト(牛版の人間ドック)を開始。現在まで約2,000戸,10数万頭の牛を検診する。2003年,北海道大学より獣医学博士号取得。2005年より本学で教授を務める。モットーは「ヒトも動物も健康は食生活から」。趣味はパン作りで,さまざまな小麦を使って挑戦。朝食には自家製パンが並ぶ。

血液から牛の健康状態を判断する
代謝プロファイルテストを確立

オホーツク海側の滝上町で,農家に生まれた木田教授。当時農家の暮らしは決して豊かではなく,家業を継ぐ若者たちの表情は暗かった。そんな環境のなか「農業をもっと稼げる仕事にしたい!」という思いで,本学へ入学した。7年間,故郷で獣医師を務めた後,江別市にある北海道NOSAI研修所で研究の道へ。ここで取り組んだのは,牛の健康状態を血液検査で判断する指標作成。その診断ツールが,人間ドックの牛版ともいえる代謝プロファイルテストだ。代謝とは栄養物を摂取【入】し,乳肉卵等に作り変えて生産【出】する過程のこと。そこで,血液検査により入出のバランスを比較して,健康状態を割り出す。「血液成分値からエサの量が適切か,また牛の飼育状態の適否等も分かります。道内外の農家を訪れ,これまで14万頭近い牛を検査してきました。代謝プロファイルテストは,いわば私のアイデンティティーです」。木田教授の奮闘によって,この検査法が日本に普及したといっても過言ではない。

なぜ牛の病気が減らないのか?
そのカギを握る第一胃の微生物

次に木田教授が着目したのは,技術革新が著しい現代でも牛の病気がいっこうに減らず,繁殖成績が悪化していること。牛の三大疾病は蹄病,乳房炎,不妊症といわれる。後者2つが膨大な乳を出す牛の職業病とすれば,蹄病は生活習慣病だ。「蹄病はひづめに起こる病気で,牛が命を落とす原因の大半を占めます。病気となる要因は大きく3つ。遺伝的改良で牛の体重が増大したこと。不適切な栄養管理。ひづめに悪影響を与えるコンクリート床や過密な飼育環境等。特に栄養管理に関しては出産後の牛はすぐ痩せてくる(エネルギー不足)ので,現場では心配してトウモロコシ等の穀物を混ぜた高エネルギーの濃厚飼料を多く与えます。その結果,体重は落ちにくいのですが蹄病の一種,蹄葉炎を起こすことが多い。この病気は,ひづめが化膿し体調を崩すので,繁殖障害につながる。この悪循環が牛の健康を阻害しているとしたら,問題の本質は飼料かもしれない。これが10年前に考えた病気が減らない筋書です。そのメカニズムを検証し,現場に還元したいと,母校に戻ってきました」

よく知られるように,牛の胃は4つで構成されている。食道からエサが入る第一胃(ルーメン),『ハチの巣』と呼ばれ第一胃の作用を助ける第二胃,ヒダでエサをふるい分ける第三胃,他の動物と同じ胃液を分泌する第四胃。第一胃には何兆という微生物が棲んでいて,飼料を発酵・分解する。その際の発酵産物をエネルギー源として吸収し,牛乳に変えていくのだ。ところが濃厚飼料を与え過ぎると第一胃内で強い酸が発生し,微生物を殺してしまう。結果,エンドトキシンという猛毒が産出され病気に。「このルーメンアシドーシスと呼ばれる病気が,蹄葉炎や脂肪肝の引き金ということは昔から知られていました。しかし通常行われている一般的な飼料給与で,そのようなことが起きるかどうかについては確認されていなかった。そこで濃厚飼料が及ぼす影響を調べることにしたんです。対象は分娩後の乳牛。最終的には同じ量の濃厚飼料を①3週間で増給する②4〜5週間かけて増給するという,2グループ×各17頭に分けて調査しました。①②の乳量に差はなく,血液検査では①の方がエネルギー状態は良好だったものの,第一胃内のエンドトキシンが①で増加。蹄葉炎は①で4頭発症に対し,②はゼロ。正常な発情の回復は①で6頭,②で11頭という結果になりました。結論からいえば,濃厚飼料を短期間スピーディに与えると第一胃とひづめ,繁殖に悪い影響がでるということ。牛は草食動物であるとともに反芻動物(微生物による飼料の分解で消化する)なので,急激な穀物増給に対応できないんです。健康は第一胃の環境を損なわないことから生まれます」。

飼料の品質と連動する健康状態
粗飼料の品質向上啓蒙運動にも尽力

木田教授が次に注目したのは,粗飼料品質と健康の関係。学内のフィールド科学センターで飼育されている約70頭の搾乳牛を対象に1年間,飼料品質の変動が乳牛にどう影響を及ぼすか調査した。「飼料は気温が高くなると品質が低下し,アンモニアが増え,カビの毒素であるマイコトキシンが増加します。加えて飼料中の繊維や乾物率の低下も,ルーメンアシドーシスや乳房炎等を引き起す一因に。調査データを2週間ごとに区切り,集計・解析したところ,当初,同一期間内では健康状態と飼料の関連性は見られなかったのですが,病気は時間差で現れるのではと考え,ある期間の飼料品質とその後の2週間のデータを比較したところドンピシャでした。たまたま豪雨で雨にあたった飼料を与えた2週間後,妊娠率もアップ。雨でアンモニア等の有害物質が洗い流されたからかもしれません。良好な飼料は第一胃の健全化と妊娠率向上にもつながります」。『牛は健康に管理することで本来の能力を発揮してくれる』という木田教授の持論を,見事に裏付ける結果となった。

現在進行中なのは免疫学的アプローチとなる,疾病発生に至るメカニズム解明の研究。このメカニズムが明らかになれば,より健康に牛を飼うための,酪農家にとっての“道標”になることは間違いない。

木田教授が研究とともに力を注いでいるのは,粗飼料(生草やサイレージ等)で牛を健康にする啓蒙活動。道内はもとより全国から講演依頼が殺到している。会場では「やっぱりな〜」というため息が漏れるという。それは濃厚飼料の効果に疑問を持ちつつも,牛のためと与え続けてきた現状を物語っている。酪農の未来のため,木田教授が東奔西走する日々は続きそうだ。

最近,かつて臨床獣医師として働いていた故郷で講演会があり,当時,農業を継いだ(約30年前の)若者達と顔を合わせた。「みんな胸を張って,次の世代に経営をバトンタッチできることを自慢をしていましたよ」。木田教授が昔思い描いた農業の姿が,いまここにあるのかもしれない。

Data/Column

左/2012年から開始した南米パラグアイの酪農技術向上支援を行う,『帯広-JICA協力隊連携事業』。木田教授は半年ごとに,現地派遣の本学在学生・卒業生と調査を行う。

右/パラグアイでは飼料作りから経営,衛生管理までを指導。当初から取り組んでいる農家とそうでない農家では,歴然とした差が出てきているという。

掲載日: 2017年9月