生物リズム学概論

@概日リズムの形式的特徴


生物リズムの意義は、この問題の最も熱狂的な研究者が期待し続けてきたよりも、はるかに超えたものとなるだろう。
それは、生物時計が物質の無機的機能と生物学的機能との間の明確な絆を構成するからである。
したがって、生物リズムの本性を理解することは、生命自体の創生をより深く理解することにつながる。
(JT Fraser, The Genesis and Evolution of Time,1982)
(自然界における5つの時間、道家達将・山崎正勝監訳を改変)

概日リズムは、次の三つの性質をもつ生物リズム(発振源が生物内部にあるリズム)です。

本節では、こうした三つの性質をもう少し詳しく説明するとともに、その生物学的機能とメカニズムについて概観します。
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(1)恒常的条件の下で約24時間周期のリズムを示す。

@概日リズムは生物リズムである(発振源が生物に内在的である)(リズムの駆動力は生物内部にある)

生物にはミリ秒オーダーの周期を示す神経放電のリズムから、秒のオーダーの心拍のリズム、、、という具合に、様々な周期の生物リズムが折り重なっています(生物リズムのスペクトル図)。

こうした生物リズムの内因性を疑う学者は殆どいないと思いますが、こと概日リズムに関しては、未だに懐疑的な人たちがたくさんいると思います。懐疑を誘う最も基本的な原因は、概日リズムの周期が約24時間である、という点にあります。

もう一つ、概日リズムの内因性を疑わせる要因は、概日リズムの具体的な分子メカニズムが未だ不明である、という点にあります。生化学的訓練を積んできた人々とか、化学的なセンスの人々にとっては、具体的なモノが命です。目に見えるもの(手で触れるもの)や具体的な分子を明らかにしないかぎり、当の実体は存在しないかのように思う人々がたくさんいるのです。こうした人たちにとっては、概日リズムは未だ存在しません。尤も、この10年の間に、概日リズムの分子生物学は急速に進展したので、この事情はだいぶ緩和されていると思われます。

いずれにせよ、問題としているリズムが、恒常的条件の下で約24時間の周期を示すなら、そのリズムの内因性を疑うことはできないでしょう。

恒常的環境条件のもとで約24時間周期のリズムが継続する状態を、自由継続 free-running、と呼びます。また、そのときのリズムを自由継続リズムといい、周期を自由継続周期と名づけています。この時の、「自由」は free from an environmental time cue (or a synchronizer or a Zeitgeber)の自由です。同調因子から「解き放たれた」自由ということです。本ページでは、概リズムのうち概日リズムを中心に話をしますので、自由継続周期のことを概日周期と呼ぶことがあります。また、自由継続周期(概日周期)を単にτ(タウ)と呼ぶことが慣しとなっています。 A概日周期は遺伝的である

概日リズムの周期は約24時間で、遺伝的に決められています。つまり、種に固有な値をとると同時に、種内でも個体に応じてバリエーションがある、ということです。すべての遺伝的形質がそうであるように、遺伝的な概日周期も、具体的に現われる場合には、環境条件による微妙な修飾を受けて発現します。
 

前述の実験生物の研究から、概日周期のミュータントが簡単にとれることが分かっています。アカパンカビの frq 遺伝子とショウジョウバエの per 遺伝子は最もよく研究されてきた遺伝子で、今日における分子生物学的概日リズム研究の格好の対象になっています。
  さて、例えばアカパンカビの野生株は、25℃、連続暗黒(恒暗、DD)のもとで 21.5 時間の概日周期を示しますが、単一変異株として16.5〜29.0 時間のものが得られています。それらを掛け合わせた多重変異株ですと、最短で13.7 時間、最長で58 時間の株まであります。
  いずれにせよ、概日周期が遺伝的に決まっているという事実は、概日リズムの内因性を確証します。
 

(2)自由継続周期の温度補償性

@生命現象速度の温度依存性

一般に生命現象の速度は周囲温度に強く依存して変化します。

私たちに最も馴染みの深い温度調節は、鳥類や哺乳類など恒温動物(内温動物)の体温維持機構であろうと思われます。寒冷条件の下でも高い活動性を保つ、ということがこの機構の基本です。
 

温度係数
こうした、温度依存性を示す指標として温度係数Q10がよく使われ、次式で定義されます。
  A自由継続周期の温度補償性

一般の生命活動が温度に大きく依存するのに対し、概日リズムの周期は殆ど温度に依存しません。温度係数は大体 0.85〜1.15の範囲に納まるのです。

この「温度に対する不依存性」を、温度補償性と表現します。それは、概日周期の温度不依存性が、純粋に物理的な過程の温度不依存性とは性質が全く異なるからです。言い換えると、概日周期の温度不依存性は、外温変化に対して概日周期を一定に保とうとする安定性を表しているのです。恒温動物の体温調節と、中身は全く異なりますが、外温変化に対する安定化メカニズムという形式においては同じことなのです。

事実、アカパンカビでは、温度補償性を欠いたミュータントが知られています。

当然のことながら、概日周期の温度係数も、概日周期の長さと同じように、遺伝的であると同時に環境条件にも微妙に左右されます。

B自由継続周期の安定性

自由継続周期の温度補償性は、あるリズムを概日リズムと認定するための試金石の一つとされてきた重要な性質です。しかし、このほかの様々な環境因子の変動に対しても概日周期は極めて安定です。概日周期の温度係数の場合と同じように、環境変動に対して全く反応しない、というわけではないことに注意して下さい。

種に固有な仕方で反応するのですが、概日周期の変動幅が小さくなるように抑えられているということです。
 

要するに、概日周期の変動枠はだいたい±10%前後に納まっている、ということです。これを超えるような刺激が仮にあったとしても、そのときは概日リズム自体が発現しないという状況になります。

(3)24時間明暗周期に同調する

概日リズムは遺伝的に固有な周期を示す、内因的な生物リズムです。しかし、昼夜の自然サイクルに同調することがなければ、むしろ厄介な代物になるはずです。このことは、時差ボケや夜勤症候群を思い浮かべれば(或いは実際に経験すればもっと)簡単に肯けるでしょう。

生物リズムが自由継続するとは、自然サイクルとは無関係に独自のリズムを刻むということです。例えば、睡眠ー覚醒のリズムが外の昼夜とは無関係に進行すれば、真夜中なのに覚醒度最高、真昼なのに眠気最高という状態が訪れてしまうので、困ってしまいます(少なくとも産業社会以前の社会では)。真夜中に眠気最高で、真昼に覚醒度最高という状態を毎日作り出すことによって、昼行性動物は日中の活動を最適化できるのです。植物であれば、真昼に光合成能力を最高になるような調節機構をもっています。

概日リズムが外の周期条件に合わせることを同調 synchronization とかエントレインメント entrainment といい、環境中の周期因子を同調因子 synchronizer とか Zeitgeber (時刻告知因子) 或いは単に a time cue といいます。

同調状態では、概日リズムの周期は同調因子の周期と一致し、したがってまた概日リズムの位相は同調因子の位相と一致します。

また、一つの生物には数え切れないほどの概日リズムが動いているわけですが、これら諸々の概日リズムの位相のお互いの関係も固定されていることに注意して下さい。ただし、概日リズムどうしの位相関係が崩れるのは内的脱同調と呼ばれる特殊な状態か、移行期transientと呼ばれる状態にかぎられます(後述)。

殆どすべての生物にとって、最も強力な自然同調因子は、24時間の明暗周期です。人間も例外ではありません。昼夜の交替の中で最も確実な信号は明暗のサイクルですから、このことは驚くにあたりません。湿度や温度も日周変動しますが、不規則な変動(ノイズ)が混じりすぎているのです。これに引き換え、日の出や日没の時刻は、毎日規則的に変化していくので、生物にとっては信頼に足る日周信号と言ってよいでしょう。

尤も、24時間の温度周期も、概日リズムの同調因子となることができます。が、24時間の明暗周期と比べた場合には弱い同調因子なのです。つまり、互いに矛盾したサイクルを同時に与えられたとき、生物は明暗周期の方に優先的に同調するのです。

以下、同調のメカニズムについて説明します。

@概日リズムの位相

どのような周期現象も、振幅、周期、位相、波形という四つのパラメータを示します。このうち、特に周期と位相がよく研究されています。もちろん、振幅や波形も重要なパラメータであることは心拍リズムを想定するだけで容易に分かるでしょう。概日リズムの場合には、波形の重要性まで研究するに至っていない場合が大半だ、というのが現状です。

さて、一周期のどこにあるかという状態を表す言葉が位相 phase です。数学や工学では位相角とも呼び、一周期を360度で表現するのが普通ですが、生物リズム学ではこの位相角の代わりに概日時刻(または概日時間) circadian time という言葉を用い、一周期を24時間で表します。
 

A光パルスによる位相反応曲線

主観的夜の前半に与えられた光は、概日リズムの位相を後退させる作用があります。これに対し、主観的夜の後半から主観的昼の前半にかけて与えられた光は、概日リズムの位相を前進させる作用があります。光に対する、このような反応特性は、概日リズムをもつすべての生物に共通してみられることです。

これは、概日リズムが24時間明暗周期に同調するためのメカニズムとなっている特性です。
 

一日、一回の光パルスによる同調

24時間毎に15分の光パルスを与えます。この15分以外は、完全な暗黒か、連続的な(23時間45分間の)薄明状態です。こうした処理によっても、概日リズムはこの24時間周期に同調することができます。

Bふつうの24時間明暗周期による同調

実は、このふつうの24時間明暗周期(例えば8時間明期+16時間暗期)による同調については、完全な説明は未だないのではないかと思われます。

第一に、明状態と暗状態とでは、既述のように、概日リズムの周期(進行速度)が微妙に異なります。既述のの光パルスによる同調では、暗期における周期だけが問題にされたことに注意してください。

第二に、このタイプの明暗周期には、少なくとも三つの信号があります。点灯シグナル、消灯シグナル、明期の光強度。

しかも、生物の種類に応じて、点灯シグナルと消灯シグナルのどちらの信号によって時計がリセットされるか、異なっているのです。緑藻のクラミドモナスの場合には、両者の信号とも位相リセット効果があります。

いずれにせよ、同調が成立した状態を考えると、27時間の周期をもつものは毎日3時間ずつ早めていますし、21時間周期をもつものは毎日3時間ずつ遅らせています。