遺伝的プログラムとしての生命


蛋白質作用のタイミング(細胞の自動制御)

蛋白質の作用ネットワークがネットワークとして統合されるためには、個々の蛋白質が適正に空間配置することが不可欠であった。しかし、適性なる部位における存在量と、一分子当たりの作用速度とによって決まる、個々の蛋白質の作用速度(活性)もまた同様に大切である。それぞれの蛋白質がどれだけの強さでいつ作用を発揮するのか。

これは、蛋白質の作用ネットワークにおける個々の蛋白質作用の相互のタイミング調整の問題であり、細胞の自動制御的な性格を表すものである。細胞は、例えばトリプトファンを「必要以上」にはつくらない。つくりすぎは自由エネルギーの無駄であり、他のアミノ酸が欠乏し、また過剰のトリプトファンは細胞毒として作用する。つくりすぎを防ぐフィードバック機構やその他のしくみを備えることによって細胞はタイミング調整のとれた蛋白質の作用ネットワークを構成しているのである。

細胞調節のいくつかの具体例をみることによって、タイミングの重要性について考えよう。例えば、呼吸とその他のすべての生物学的仕事との関係についてみると、両者の速度がタイミング的にも、大きさとしてもほぼ一致するときに初めてバランスのとれた統合が行われることがわかるだろう。呼吸だめ(ATPの余剰生産)はできないのである。

パスツール効果: 

次の例として、呼吸の内部調節の一つであるパスツール効果すなわち酸素通気による解糖速度の低下(或いは同じことだが、酸素遮断による解糖速度の増加)について考えてみよう。解糖系においては、グルコース(C6)が10段階の反応を経てピルビン酸(C3)にまで酸化分解された後、ピルビン酸が乳酸脱水素酵素によって乳酸に還元されるか(乳酸発酵、筋肉など)、ピルビン酸脱炭酸酵素とアルコール脱水素酵素の働きによってエタノールに還元される(エタノール発酵、酵母や大腸菌など)。

一連の反応プロセスの中で、特別に遅い反応段階があると、他の反応がいくら速くてもその遅い段階の反応速度が、全体としての速度を決定してしまう。これを律速段階といい、これを触媒する酵素を律速酵素という。解糖系の律速酵素はホスフォフルクトキナーゼ(PFK)で、ATPを加水分解することによってフルクトース6-燐酸をフルクトース1、6-二燐酸に燐酸化する。つまり、解糖速度は10〜12種類の酵素のうちわずか一つの酵素PFKの活性調節によって決められることになる:ただし、グリセルアルデヒド3-燐酸脱水素酵素(GPD)が二次的な律速酵素になる場合がある:また、もちろん、遺伝的欠陥によって他の酵素が律速酵素になることもあるが、その場合には生理的な活性調節機構は働かない。

さて、酸素が不足すると呼吸鎖の速度は低下し、そのためATP濃度が下がると同時にAMP濃度が上がる。ATPはPFKのアロステリック な阻害因子、AMPはPFKのアロステリックな促進因子なので、PFKの活性は促進され、解糖速度は高まる。酸素が増加すると、同様にしてPFKの活性が阻害されることによって解糖速度は低下することになる。

このPFK調節において重要なことの一つは、ATP濃度やAMP濃度に対するPFKの応答の迅速性である。つまり、この濃度変化に直ちに反応して活性を増減させなければ、酸素が充満してても、どんどん解糖が進みグルコースを浪費することになってしまうし、逆に酸素不足の時に、なかなか解糖が進まず細胞の要求するATPを(解糖によって)供給することに失敗する。こうして、酸素濃度に対するPFK活性調節の応答のタイミングがパスツール調節における一つの鍵になっていることがわかる:もちろん、PFKがATPによって促進されるのではなく阻害され、AMPによって阻害されるのではなく促進される、という性質をもつことも重要である。アロステリック因子との非共有結合的相互作用による調節は、蛋白質調節における最も迅速な調節である。

もう一つの一般化として、蛋白質の作用ネットワークの調節においては、すべての蛋白質を調節する必要はない、という点が注意される。律速酵素(または律速蛋白質)群の調節によって、蛋白質の作用ネットワークのパターンが決められるのだ。

カタボライトリプレッション(異化産物抑制)…その1

もう一つの例は、遺伝子発現(DNA転写)のオン/オフ制御である。

培地中にグルコースがあるとき、大腸菌(E.coli)はラクトース((乳糖)を代謝するのに必要とされる三つの酵素をコードする遺伝子の発現を抑制する。これをカタボライトリプレッションという。
ラクトースがエネルギー源になるためには、乳糖(2xC6)がまずβ-ガラクトシダーゼによって加水分解されて、ガラクトース(脳糖、C6)とグルコースに変換される必要があるし、生成したガラクトースは更に四つの酵素反応によってグルコース6-燐酸に変換されなければ、解糖系には入らない。

グルコースを利用できるときに、乳糖を代謝することは余分の酵素を合成する(ATP消費を増やす)という点においても、また反応ステップ数を増やすことによって自由エネルギー損失を増やす(熱力学の第二法則)という点においても細胞にとっては明らかに無駄である。逆に、グルコースが利用できないときには、利用できるほかの糖を代謝することは必須である。こうして、グルコースがないときにラクトースがあれば、大腸菌はラクトース代謝用の遺伝子(ラクトースオペロン)を発現し、三つの酵素β-ガラクトシダーゼ、β-ガラクトシドパーミアーゼ(ラクトースパーミアーゼ、透過酵素) とβ?ガラクトチドアセチルトランスフェラーゼが合成される。
 
三つの酵素が常時存在しているような大腸菌は、資源利用の点で他のふつうの大腸菌に比べ圧倒的に不利である。パスツール調節の場合と同じように、蛋白質の作用ネットワークは、そのおかれた環境条件に相応しい時機にタイミングを合わせて変化する。これを環境適応という。また、環境とのこのタイミングのとれたパターン変化は、ネットワーク内部のタイミング調整を通じて(PFK活性の増減やラクトースオペロンのオン/オフとネットワークの残りの部分との関係)為されるものであるから、この調節はネットワークの時間秩序となっていることに注意したい。

ただし、カタボライトリプレッションの場合には酵素合成を伴うので、応答は鈍い。三つの酵素をコードする遺伝子の塩基数は約5000である。RNAポリメラーゼ(DNA転写酵素)の分子活性 (一秒当たりのヌクレオチド重合数)は50であるから、三つの酵素をそれぞれ一分子合成するのに最低でも100秒かかってしまう。つまり、ラクトースを細胞が受容してから、これを代謝し始めるまでに最低でも約100秒はかかるのである:この計算には、ラクトースが細胞表面を透過し、ラクトースリプレッサ蛋白質(後述)がDNAから解離するまでの時間は入っていないが、100秒に比べれば無視しうる時間であろう。もちろん、この遺伝子発現に動員されるRNAポリメラーゼの数 が多ければ、100秒のラグのあとに出現する三つの酵素分子の数は増える。

もう一つのタイミングは、細菌におけるRNA合成と蛋白質合成の同期である。リボゾームにおける蛋白質合成装置の分子活性は15?20である。RNAの三塩基で一つのアミノ酸が指令されるから、この分子活性はRNAポリメラーゼの分子活性とよく符合し(15?20x3≒50)、RNAと蛋白質の同期的合成に適ったものといえる。

カタボライトリプレッション(異化産物抑制)…その2

ここでは、カタボライトリプレッションのメカニズムについて説明しよう。グルコースの存在するときにラクトースオペロンの転写抑制がかかるのは、サイクリックAMP濃度が低いためにCAP またはCRP と略称される転写因子 がラクトースオペロンのプロモーター領域に結合できないからである。このとき、RNAポリメラーゼもプロモーター領域に結合できないため、DNA転写は抑制されることになる。

サイクリックAMP濃度はその合成と分解によって決まるが、アデニル酸シクラーゼ活性の調節による合成調節によって行われるのがふつうで、分解に関わるサイクリックAMP依存性ホスフォジエステラーゼ活性は定常的であるものと考えられている。
 
H.Nikaido & M.H.Saier,Jr. Science 258: 936-942(1992)より
グルコースが輸送されると、アデニル酸シクラーゼの促進因子(酵素III〜P、燐酸化された酵素III)が低下し、このためアデニル酸シクラーゼの活性は抑制される。こうしてサイクリックAMP濃度は低下するのである。これに対し、グルコースがなければアデニル酸シクラーゼの促進因子(酵素III〜P)が増加するからサイクリックAMP濃度は増加する。

では、どのようにして、グルコース輸送がアデニル酸シクラーゼの促進因子(酵素III〜P)の量を低下させるのだろうか。大腸菌によるグルコース輸送は、ホスフォエノールピルビン酸(PEP)の加水分解をエネルギー源として駆動されるPTS 輸送系によって行われる。酵素Iは、PEPを分解してピルビン酸にすることによって燐酸化され、酵素I〜Pになる。次に、これがHPr(蛋白質)を燐酸化する。HPr?〜Pは酵素III(酵素IIAともいう)を燐酸化し、酵素III〜P(酵素IIA?P)は酵素IIBを燐酸化して元に戻る。つまり、この輸送系が働く限り、酵素III〜P(酵素IIA〜P)(アデニル酸シクラーゼの促進因子)は直ちに脱燐酸化されるので、濃度は低く保たれることになる。酵素IIB?Pは輸送されたグルコースを燐酸化してグルコース6?燐酸にするとともに酵素IIBに戻る。グルコースの輸送そのものは膜貫通蛋白質の酵素IIC(グルコースチャンネル)によって行われる。

こうしてPTS輸送系はグルコースを輸送するとともに、サイクリックAMP濃度を低下させることによってラクトースオペロンの転写を抑制する調節系でもある。なお、このPTS輸送系はグルコースばかりではなく、他の糖(マニトール、β-グルコシド、蔗糖(シュクロース)、セロビオース、マンノース)も輸送することが知られており、それぞれの糖に特異的な酵素IIA,IIB,IICが関与する。酵素IやHPrは共通して用いられる。したがって、カタボライトリプレッションはこれらの糖が存在するときにも同様にして(サイクリックAMP濃度の低下を通じて)引き起こされることになる。また、抑制されるオペロンは、ラクトースオペロンの他、ガラクトースオペロンやアラビノースオペロンが知られている。

では、グルコースが欠乏したとき(より一般的にはPTS輸送系で輸送される糖がなくなったとき)、どうなるか。プロモータ領域にはCRPが結合し、したがってRNAポリメラーゼが結合する条件の一つは満たされている。しかし、ラクトースが存在しないとオペレータ領域にラクトースリプレッサ(蛋白質)が結合してポリメラーゼの結合を抑制し、このためDNA転写も抑制された状態にある。ラクトースが結合すると、リプレッサのコンフォメーションが微妙に変化し、オペロンから解離する。こうして、RNAポリメラーゼが結合して、ラクトースオペロンの転写が開始されることになる。

言うまでもなく、ラクトースがないときに転写するのはエネルギーの無駄である。したがって、ラクトース不足時におけるラクトースリプレッサによる転写抑制は理に適ったことであるといえる。

カタボライトリプレッションの機能

さて、カタボライトリプレッションを一般化すると、PTS輸送系で運ばれる糖の代謝は、ラクトースパーミアーゼのような共輸送系で運ばれる糖の代謝を抑制する、ということだ。では、何故か?

一つの理由は、エネルギー的にその方が有利だからである。グルコースとラクトースの代謝では、既述のようにラクトースを代謝するためには余分のエネルギーを必要とする。更に、輸送系としてもPTSの方がエネルギー的にすぐれている。PTS輸送系では正味次の反応が生じている: PEP+糖(外)→ピルビン酸+糖〜P(内)。つまり、PEPのエネルギーは糖を輸送するだけではなく、それを燐酸化することにまで使われている。これに対し、プロトンの共輸送系では、F0F1ATPアーゼによるATP生産に利用しうるプロトン勾配を消費するとともに、輸送した糖を燐酸化するためにATPを消費しなければならないのである。例えば、乳糖が分解されて生じたグルコースは、グルコキナーゼの働きによってグルコース6?燐酸に変換されるが、この時、一分子のATPを消費するのである。

では、どうしてエネルギー的に有利なこの方法を用いるのか?これは、進化的問題である。呼吸鎖によって形成したプロトン勾配はできるだけATP生産に用いた方が有利であろう。したがって、大腸菌は、さまざまな糖に対する酵素IIA,IIB,IICをもつことが有利である。ただし、グルコースとラクトースの代謝を比較したように、PTS輸送系に用いる糖は、その代謝に余分のエネルギーを必要としないもの程良いはずだ。解糖系に直結するグルコースは、この意味で最高である。また、こうした糖を利用できない時には、パーミアーゼ系(プロトンの共輸送体)を作動させてでも生き延びる必要がある。したがって、これもできるだけ多く備えておいた方が有利である。しかし、これは緊急避難用であって、不断はカタボライトリプレッションによって抑制しておくのが有利なのだ。こうして、大腸菌は万能ではないが、その進化の中で、できる限りの改善(糖の利用拡大とPTS輸送系の優先)がなされて今日に至っているものと思われる。

なお、以上のような環境応答系を細胞内で媒介しているサイクリックAMPは、Ca2+イオンやイノシトール三燐酸などとあわせ、細胞内のシグナルとして働く。これはほとんどすべての生物に共通したことで、これらを総称してセカンドメッセンジャーともいう。また、環境応答がすべてそうであるように、大腸菌に限らずすべての生物には、「選り好み」の機能が備わっている。当たり前のようだが極めて大切なことである。忘れないようにしたい。

さて、蛋白質の作用ネットワークの時間秩序に戻ろう。

細胞の代謝リズム
 
B.Hess & A.Boiteux, Annu. Rev. Biochem. 40:237-258 (1971)の図(未転載)
(振幅は任意に描いてある。位相的に四種類のグループに分けられる。またΔαは条件によって異なる。360゜が一周期)

パスツール効果にせよカタボライトリプレッションにせよ、環境シグナルに対する応答として発現する。これに対し、生物は必ず自発的なリズミカルな変動を示す。もちろん、生物であるから、その存在自体に環境を必要とする。したがって、自発的なリズムももちろん特定の環境に依存してしか発現しない。

だが、リズミカルな振動のメカニズム(振動子、オッシレータ、ペースメーカー)は生物の体内にあるのであって、そのリズムは環境の周期的変動によって誘発されたものではないことに注意しよう。心拍リズムなどはこうした自発的なリズムの最も身近な例であるが、これまで敢えて単細胞生物の細胞の、比較的に短い時間で生起する現象に話を限定してきたので、ここでもそうすることにしたい。

解糖振動

単細胞生物の細胞において最もよく研究された短い周期のリズムの典型が酵母の解糖振動である。その他いくつかのバクテリアや、エールリッヒ腹水癌細胞、あるいは酵母抽出液や筋肉抽出液でも観察される。条件によって周期は大幅に異なるが、酵母で2秒から3時間に分布するし、酵母抽出液では、20時間以上の周期をつくり出すこともできる。

振動に中心的に関与する酵素は、解糖系の律速酵素ホスフォフルクトキナーゼPFK(既述)である。PFKは、ATP+F6P→ADP+FDPの、不可逆的な反応を触媒するが、ADPによるフィードバック促進を受けて、その活性は自己増幅的に促進される。

こうした解糖のリズミカルな変動は、定常的な速度で進行する解糖に比べ、高いATP/ADP比をもたらすとともに、自由エネルギー損失を低く抑えていることが、理論・実験の両面から証明されている。

また、無効回路 (futile cycle) を避ける意味でも重要であろうと思われる。例えば、既述のように、PFKによるF6Pの燐酸化は不可逆的な過程であるが、この逆反応(FDP+H2O→F6P+Pi)を触媒するのは全く別の酵素、すなわち糖合成系のFDPアーゼである。

ともに細胞質に局在するので、両酵素が等しい活性で作用したとすると、正味、ATPの加水分解だけが生じることになってしまい、解糖の方向へも、また糖合成の方向へも反応は進まない:PFKによる反応は ATP+F6P→ADP+FDPであり、FDPaseによる反応は FDP+H2O→F6P+Piである。 つまり、ATPの浪費(自由エネルギーの損失)だけがおこり、何の生物学的仕事も行われないのである。

こうして、蛋白質の作用ネットワークによってつくり出される時間秩序(今の場合はリズム)が蛋白質の作用ネットワークの機能発揮のために必須の働きをもっていることがわかる。

もう一つの生物学的機能として、周波数変調(FM)による信号機能(ディジタル信号)が考えられている。その具体像はほとんど不明であるが、信号対雑音比においてアナログ的な信号よりすぐれていることは(原理的には)明らかであろう。周波数変調が起こる例として最もよく知られているのは、哺乳類の細胞をホルモン刺激したときに誘発されるCa2+濃度のリズムで、刺激の強さ(ホルモン量)に応じて周期は短くなる(周波数、振動数が増える):同じように、興奮の度合いが強いほど心拍や呼吸のリズムも速くなる。

膵臓β細胞は閾値以上のグルコース刺激を受けるとインシュリンを分泌する。この分泌は定常的なものでなく、パルス波状のリズムになる。閾値以上のグルコースは、まず解糖系の振動、したがってATP/ADP比の振動を誘発する。これが、形質膜のK+チャンネルの活性と膜電位のリズムを誘発するが、後者は更に細胞内Ca2+濃度のリズムを誘発する。こうしてリズミカルなインシュリン分泌が誘発される、と考えられている。この図式は完全に証明されているわけではないが、これらのリズムの周期はほぼ同じ(条件によって異なるが5分程度)であり、また解糖振動がCa2+振動に先行することやCa2+振動がインシュリン分泌振動に先行することは明らかになっている。

このように、細胞が細胞外の刺激に対しリズムという形で応答(興奮)することは普遍的な現象である、と思われる。ホルモン刺激の場合には刺激の強さは周波数の変化に変換されていたが、グルコース刺激の場合には、周波数は不変であるのに振幅が刺激の強さに応じて増強されることが注目される。

なお、心筋や骨格筋の解糖振動はふつうPFKが抑制され解糖フラックスが低下している状態で、 ATP/ADP比がある閾値(トリガ値)にまで低下することによって誘発される。この低下がPFKの促進を誘導することによって振動が開始されるのである。心筋や骨格筋では、脂肪食による脂肪酸酸化の昂進や運動に伴って蓄積するクエン酸は、解糖を抑制するとともに、解糖振動を誘発するATP/ADP比のトリガ値 を下げる。 クエン酸のあるなしに関わらず、ATP/ADP比の最大値(約30)と平均値(約10)は同じように保たれるが、人為的に解糖振動を抑制する と、 クエン酸濃度に応じてATP/ADP比がどんどん低下してしまうから 、細胞のエネルギー要求に応えることが難しくなるように思われる。

その他の代謝リズム
 
M.J.Berridge & P.E.Rapp, J.expt Biol.81:217-279(1979)より

緑藻アミミドロでは明→暗または暗→明の転換によって分オーダーの膜電位リズムが記録されている。また、緑藻クロレラでも、光強度の変化に誘発されて4秒?60秒周期の光合成リズムが知られている。
 

細胞膜電位のリズムは、生物界に極めて普遍的で、アカパンカビや海産性の巨大な緑藻(単細胞)カサノリでも知られている。カサノリの膜電位リズム(自発性の活動電位リズム、放電リズム)は、位置情報(空間情報)として用いられ、カサノリの再生や形態形成に重要な働きをしている。アカパンカビでは起電性のプロトンポンプ、カサノリでは起電性の塩化物ポンプの活性が周期的に変動する。
 
M.J.Berridge & P.E.Rapp, J.expt Biol.81:217-279(1979)より
 
M.J.Berridge & P.E.Rapp, J.expt Biol.81:217-279(1979)より

筋肉などの収縮性の細胞では、膜電位リズムによってリズミカルな収縮がもたらされている。心筋の洞房結節は心臓の第一義的なペースメーカーである。この自発放電リズムは、膜電位依存性の四種類のイオンチャンネルの開閉リズムによってもたらされる。このうち、時間独立性のイオンチャンネルは膜電位に対する感応が瞬間的であるが、時間依存性のイオンチャンネルはある時間遅れをもって開閉する。この時間遅れはイオンチャンネル毎に固有であり、放電リズムのパターン決定に大きく関係している。

まとめ

リズムという明確なパターンをとるかどうかに関わらず、蛋白質の個々の作用力(結合力や触媒速度)がどれだけの強さをもっていつ発現されるのか、という相互関係が、それぞれの空間的分布や配向とともに、蛋白質の作用ネットワークとしての統合には、不可欠なのだ、ということをいくつかの代謝調節と環境応答についておってきた。

この時間的相互関係(タイミング)によってもたらされるネットワーク統合が時間秩序であり、これによってネットワークとしての統合とさまざまな細胞機能がもたらされるのである。

細胞は構造的にも機能的にも空間的に構造化された空間秩序であることは、前章のまとめである。本章では、細胞が時間的にも構造化されていることを見た。したがって、細胞は時間的にも空間的にも構造化された時空秩序であり、この時空秩序が細胞の構造的機能(蛋白質の作用ネットワーク統合)の実体である。
こうして、

細胞は構造と機能が不可分に統合された時空秩序であり
細胞の時空秩序は細胞の時空秩序によってつくられる

これは、直感的には自明のことに過ぎないが、それを具体的に捉えることは簡単なことではない。いままで、それを考えるための具体的な知見を提供してきたわけだ。

生命サイクルとしての細胞の時空秩序
 
前節では、いわゆる代謝的時間ドメイン(1秒〜5分)に話を限定した。生理的時間領域とか生活テンポ領域、代謝テンポ領域といってもよい。生命の瞬間的状態を代表する時間領域で、生物サイズに大きく依存する(後述)が、蛋白質の量的変動は認められない。

これに対し、後成的時間ドメイン(5分?2時間)においては、代謝的時間領域よりもゆっくりとした過程で、蛋白質の量的変動を伴う。大腸菌のカタボライトリプレッションは、厳密に言えばこの時間ドメインにおける現象である。

この二つの時間領域において細胞は自発的な生物リズムを描いて変動しているから、細胞は次元の異なる時間秩序を少なくとも三つ重層させた時空秩序を構成していることになる。最も低次の時空秩序は、細胞の瞬間的状態である。これは、代謝ドメインにおいて発現される解糖振動、Ca2+振動、或いは放電リズムの一つの位相であり、前の位相によってつくられ、次の位相をつくるものとして高次の時空秩序を形成する。

代謝ドメインにおける時空秩序はまた、一段上の時空秩序である後成的ドメインのリズムの一位相としてのみ実現されている。逆から眺めれば、長い周期の後成的リズムのどの一位相も、それ自体、より短い周期の代謝リズムの何周期分かを包含していることに気づくだろう。リズムの重層的構造という側面について限定するなら、上の図はこれと類似の構造をもっている。

しかも、この複合的時空秩序が、必然的な力でもって一つの方向に突き進み、生命サイクル(ライフサイクル、生活環、生活史)という不可逆的なリズムを描くことによって、より高次の時空秩序を構成している。

生命サイクルの三つのパターン
 
最新生理学(本川弘一、1964)p.283の図(未掲載)

生命サイクルは、ライフサイクルとも生命環(生活環)とも生活史(ライフヒストリ)、その一周にかかる時間を世代時間という。生命サイクルの流れる速度すなわち生活史テンポは、生活テンポと大まかには比例するが、この比例関係は厳密には成り立たない(後述)。
無性生殖する単細胞生物であれば、細胞分裂によって誕生した細胞が細胞周期(セルサイクル)のリズムの中で再び細胞分裂することをもって一生を「終わる」。この場合の生命サイクルは細胞周期そのものであり、最も単純である。

有性生殖する単細胞生物であれば、何回転かの細胞周期を経験したあと、異性の細胞と接合することによって新たな遺伝組成をもった「二つの」細胞を誕生させることによって一生を「終わる」:減数分裂した半数体(n)の二つの核の一方を異性同士で交換することによって二倍体(2n)核をつくるので、二つの子細胞が誕生する。すなわち、複数回の細胞周期が生命サイクルを構成する。単細胞生物におけるこの一生の「終わり」は死ではなく、生まれ変わりであることに注意したい。また、接合する前の細胞はお互いに遺伝的に等しいクローン集団である。ふつう接合直後のクローンは性的に未熟であり、成熟するためには細胞周期を何サイクルか経験しなければならない。したがって、このクローン集団は多細胞生物の体細胞からなる体に匹敵する。
 
これに対し、有性生殖する多細胞生物は、生殖細胞と体細胞が分化していることを反映して、その一生は体細胞の死をもって本当の意味で「終わる」。だが、生物学的な一生(生命サイクル)は、新たに誕生した一つの受精卵が何度も細胞周期のリズムを繰り返す内に体細胞を分化させ「成体」をつくり、「成体」の性行為を通じて再び「二つの」受精卵として生まれ変わるまでとなる。その時間的長さ(世代時間)が細胞周期の回転数と関係があるかどうかはまだわからない。

有性生殖の場合、一つの細胞(または受精卵)がもっていたゲノムは減数分裂の過程で組み換えられるから、その「生まれ変わり」は厳密な意味での自己増殖とはいえない。しかし、遺伝子組み換えの単位(ユニット)を基準にとれば、二つの細胞(または受精卵)を残すことによってそのすべてを子孫に伝えることになる。この制限付きで、有性生殖の場合にも、自己増殖という言葉を用いることにする。

なお、多細胞生物の個体は生命の質として単細胞生物の一つの細胞に相当する。したがって、多細胞生物の個々の細胞は、単細胞生物の細胞に匹敵する機能を果たすことはない。それは、個体という全体に従属する位置にある。しかし、単細胞生物の細胞が蛋白質の作用ネットワークの時空秩序として規定できるように、多細胞生物の個々の細胞はもちろん、個体さえも蛋白質の作用ネットワークの時空秩序と捉えることができる。ただし、多細胞個体における蛋白質の作用ネットワークは、個体を構成する細胞(蛋白質の作用ネットワーク)の作用ネットワークを通じて、間接的に個体に統合された一段複雑なネットワークとなっていることに注意したい。

プログラム細胞死

多細胞個体における細胞の従属性は、最近注目されるようになったプログラム細胞死(細胞の自殺またはアポトーシス)という現象一つとっても明らかである。

四つ足動物の手足の指は、最初はのっぺらぼうな鰭に過ぎないが、指になるべき部分を残して細胞が自殺することによってできあがること、またオタマジャクシの尻尾もカエルになるときに細胞死によってなくなることはよく知られた現象である。また、リンパ球は侵入してきた微生物を破壊したあとは、隣接細胞からのシグナルによって自殺する。ウィルスに感染した細胞はふつう自殺することによってウィルスの増殖を防ぎ、個体を守る。プログラム細胞死は多細胞個体にもっと広範な現象であることがわかってきた。
なかでも、多細胞個体の(調べられた限りのすべての)細胞は、隣接の細胞からの刺激がない限りプログラム細胞死するように運命づけられている。ただし、初期胚の割球(細胞)は特別な例外である。ふつう、プログラム細胞死しした細胞は萎縮し、隣接の細胞に食われる。

さて、体制の度合いと繁殖様式の違いに応じて、生命サイクルの具体的パターンは異なるが、その基本は既に無性生殖する単細胞生物において表れている。その他のパターンはこのバリエーションといっても良い。そこで、以降、特に断らない限り、細胞といえば今まで通り、単細胞生物の細胞を指すことにする。くどいようだが、この細胞は、多細胞生物の個体に匹敵することを忘れないように。生物(個体)とは、単細胞生物の細胞であるか、多細胞生物の個体である。

細胞周期の自動制御的進行
 
A.W.Murray, Nature 359:599-604 (1992)の図(未掲載)

細胞周期は非性的な単細胞生物にとっては生命サイクルそのものである。多細胞生物にとっては、生命サイクルの位相毎に、また所属する器官や組織毎に、異なった意味合いを帯びており、とてもここで述べる余裕はない。

しかし、共通する点がいくつかある。第一に、細胞周期の進行は細胞周期時計と呼ばれる分子メカニズムによって自動制御的に進行する。第二に、DNAの傷害やその他の細胞傷害を識別して、細胞周期の進行を抑制するチェックポイントをもつ。最後に、環境シグナルを識別して細胞周期の進行をオン/オフするメカニズムをもつ。細胞周期は「健全な」細胞を複製するメカニズムなのである。多細胞生物の細胞は、第二、第三の制御機構に欠陥があると、癌化する。

ひとの癌の過半数はp53遺伝子(分子量53Kダルトンの蛋白質をコード)の欠陥によるものである。DNA損傷があると、p53蛋白質の作用によって細胞周期は停止し(チェックポイント)、その間にDNAの修復を行う。修復できないほど大きな損傷の場合には、p53蛋白質はプログラム細胞死を促す。こうして、p53は、正常な細胞を複製するに当たってエッセンシャルな働きをしているわけであるが、癌化した細胞にはこの機構が働かないのである。

後述のように、単細胞生物の細胞にとってはできるだけ速く増殖することが大切である。だからといって、傷だらけの細胞を複製しても意味がないから、チェックポイント機構は備えているはずだ。おそらく、多細胞生物の場合も、これが基本になっているのではないかと思われる。増殖を止めた細胞は増殖することに対する抑制のかかった細胞である。この抑制がはずれれば、細胞は癌化するだろう。

遺伝的プログラムとしての生命サイクル

細胞周期としての細胞

細胞における既述の三つの重層的な時空秩序は細胞周期というより高次の時空秩序をつくる。したがって、細胞の時空秩序は四つの重層的構造によって出来上がっている、と見るべきだろう。しかも、細胞はどの瞬間的状態にあっても、細胞周期の一つの位相であり、細胞周期の回転のための不可欠な一環である。もちろん、環境が不良であれば、細胞周期は停止するが、それでも特定の位相にとどまっていることにかわりはない。それは種子の休眠のように、特定の「待機状態」とみなすことができるのである。

細胞のどの一瞬も蛋白質の作用ネットワークとして、一つの統合された時空秩序であった。この時空秩序は時々刻々と変化しているが、それは決してでたらめな変化ではなく、ある必然性をもった変化すなわち細胞周期の位相進行としての内発的な変化である。この意味で、細胞はどの一瞬も細胞周期(という高次の時空秩序)に組み込まれることを宿命づけられている。言い換えると、瞬間的状態としての細胞は、細胞周期(したがって生命サイクル)を動かすための一位相(ひとこま)としてのみ存在している実体である。これはちょうど、個々の蛋白質がそれぞれ単独としては機能的な仕事の実行単位になれず、全体としての蛋白質の作用ネットワークに組み込まれることによってのみ機能的であり得ることと、似たような関係にある。

細胞を空間的に切断すれば、細胞が単なる細胞断片に化すことは誰もが認めるだろう。同じように、細胞を時間的に切断して認識すれば、細胞の動的側面は捨象されて時間的重層構造は捉えられない。細胞が必ず細胞周期(したがって生命サイクル)のリズムを描きながら変化していくものであり、どの一瞬もそのリズムの完結に向けた一こまに過ぎないとすれば、そしてまた細胞を一つの統合された時空秩序として捉えなければならないとしたら、

細胞は細胞周期(したがって生命サイクル)(という時空秩序)である

という他はない。

この結論に違和感を感じるとしたら、それはわれわれの「時間感覚」に由来するものと思われる。第一に、われわれは日常的には一秒単位で変化を認識する。しかも、この時間単位の中で「不変」のものを「実体」として認識する傾向がある。変化するものは、確かに「変化」してしまうから、存在しないことは明らかなようにみえる。そのため、変化こそ実体である、という認識は極めて抽象的で高度な思考を必要とするように思われる。したがって、細胞周期という高次の時空秩序、細胞周期の位相進行(時空秩序の規則変化)そのものを一つの実体として捉えることは、われわれの直感に反するのである。
もちろん、上の結論を、

細胞の瞬間的状態(最低次の時空秩序)は
細胞周期(細胞の最高次の時空秩序)を動かすための一位相である

と表現すれば誰もが納得するのだろうが。

細胞のアイデンティティ

さて、細胞は細胞周期(したがって生命サイクル)である、との結論に対する違和感は、時間的に不変なものを実体として認識しようとするわれわれの直感に由来するものであった。だが、実を言えば、われわれは細胞周期のリズムを描きながら生々流転する「一つの」細胞を、変化しつつも同一である、と直感していることも確かである:花子さんは、受精卵として誕生してから、発生し、出生し、成長し、成熟し、老化し、死んでいく、そのどの位相においても異なった女性であり、加齢に伴って心身ともに変化していくが、依然として花子さんには違いない。

この自己同一性の印象は、なによりも細胞の生々流転が、時間的にも空間的にも連続して行われ、決して断絶することはない、という点に由来している。そして、この連続性(滑らかな移行)こそ、細胞周期(したがって生命サイクル)の位相進行に他ならない。
つまり、細胞は細胞周期のリズムを描きながら変化していくが、この細胞周期の不可欠な一環として統合されることによって、自己同一性を保つのである。細胞周期は一つの時空秩序であるから、細胞(すなわち細胞周期)が同一であるのは、いってみれば当然のことに過ぎない。

しかし、細胞(すなわち細胞周期)の同一性自身は、細胞(すなわち細胞周期)が、同一の遺伝的プログラムによって指令され、そのプログラム通りに位相進行する過程であるからに他ならない。しかも、細胞(すなわち細胞周期)過程の一サイクルによって、細胞が自己増殖し、この遺伝的プログラムが倍増していることは、極めて重要なポイントである。

遺伝的プログラムとしての細胞周期(または生命サイクル)

細胞周期として統合される時空秩序は、蛋白質の作用ネットワーク(それは定常的な自由エネルギー変換でもあった)のリズミカルな位相進行である。生物学的仕事の実行単位は、あくまでも蛋白質であることに注意しよう。

色は匂へど散りぬるを わが世たれぞ常ならむ
有為の奥山今日越えて 浅き夢見じ酔ひもせず(弘法大師)
ウィルスは生命か

寄生生物にしろ共生生物にしろ、独力で生きることができないにも関わらず、われわれはそれが生物であることを疑わない。もちろん、従属栄養生物であれば、菌類であれ動物であれ、単独で生きることはできない。だが、明らかにそれらも生物である。
だから、独力で生活できるかどうか、ということは生命であるかどうかの判定基準にはならない。ウィルスが生物であることに抵抗する主な理由は、それが自身の細胞(という入れ物)をもたないからであろう。

だが、ウィルスは特殊な寄生生物ではないか、と思われる。ウィルスは蛋白質からなる殻によってDNAまたはRNAを包み込んだ粒子である。その遺伝的プログラムには、「寄生する(宿主の細胞の働きを借りる)ことによって生命サイクルを実行する」ためのすべての(といってもほんの僅かな)情報が組み込まれている。その生命サイクルは細胞周期ではない。だが、他の細胞性の生物と同じように、自己増殖を果たすという点で、生命サイクルには違いない。ふつうの細胞の遺伝的プログラムは、自らの細胞を指令することによって増殖する。これに対し、ウィルスの遺伝的プログラムは、宿主細胞を指令することによって増殖する。それは、宿主細胞の生命サイクルを前提にしてのみ可能な、高度な生命サイクルといえるだろう。

環境適応としての細胞の時空秩序

細胞は三つの重層的な時空秩序を統合した高次の時空秩序、すなわち細胞周期であり、それは遺伝的プログラムによって指令される蛋白質の作用ネットワーク(自由エネルギー変換)として実現される。

この細胞周期(したがって生命サイクル)の位相進行は、同時に環境適応の過程でもある。パスツール調節などは最も低次の時間次元における環境適応であるし、解糖振動や自発放電は生活テンポ(代謝テンポ)領域(二番目の時間次元)における環境適応である。後成的時間領域(三番目の時間次元)における環境適応として、カタボライトリプレッションを取り上げた。またこの時間領域における生物リズムも多くの記載がある。

細胞周期領域における環境適応は、細胞周期自身の環境適応がみられる。例えば、栄養条件が極端に悪ければ、細胞周期はふつうG1期の途中で停止し、G0期に入る。栄養条件の回復して、しばらくするとまた細胞周期は再開される。

細胞周期領域における時空秩序はまた、概日リズムによっても変容される。概日リズムは細胞の生理・形態・生態にみられる約24時間周期のリズムであり、典型的な時空秩序である。それはまた、細胞周期的な時間領域における環境適応でもある。

こうして細胞は四つの時間次元における環境適応を行いつつ実現される細胞周期である。しかも、それはすべて遺伝的にプログラムされたものである。もちろん、環境の変動パターンは、日周期や季節などを除き予測の出来ない不規則なものであるから、環境応答パターンは多様な展開をみせる。しかし、どのような環境にどのように応答するか、という応答パターンは遺伝的にプログラムされたものであることに注意しよう。

細胞(または個体)は遺伝的なプログラムの実行(過程)である
すなわち、
環境適応を通じて実現される生命サイクル(という時空秩序)である

くどいようだが、細胞は、変化しつつも同一性を保持する実体であり、秩序を自発的に形成する物質系である。その動的秩序(時空秩序)は、過程(時空秩序の位相進行)そのものである。

遺伝的プログラムとしての環境適応

生物にとって環境は生活する(生命サイクルを実現する)場である。最も重要な環境要因は自由エネルギー資源(食糧)であり、それを巡って生息場所や生息時季などさまざまな環境要因が生物の生活に影響を与える。
この環境要因を便宜的に物理的環境と生物的環境とに分けることもできる。

こうした環境に対する応答は、基本的に環境適応であり、予め遺伝的にプログラムされた過程である。

第一に、生物にとって環境シグナルとなりうるシグナルは、そのシグナルに対するレセプター蛋白質をもつかどうかによって決まる。例えば大腸菌であれば光を環境シグナルとしては認知することはできないし、植物であれば緑色の光は環境シグナルとしては何の作用も及ぼさない。また、紫外線はひとにとっては傷害作用をもたらすだけの環境毒に過ぎないが、ミツバチにとっては重要な環境シグナルである。

第二に、特定の環境シグナルに対する応答の仕方もまた、遺伝的に予めプログラムされた過程であることが注目される。大腸菌はラクトース(乳糖)よりグルコースが好きなのであり、ユーグレナは強すぎもせず弱すぎもしない適度の強さの光が好きである。

哺乳類による行動パターンは、生後の経験(学習)による記憶に基づいて決定されるため、より高次の生命活動となっている。だが、それも記憶を媒介とした遺伝的プログラムの間接的表現である。第一に、行動を学習記憶に基づく判断に任せるという構造そのものが遺伝的にプログラムされているし、第二に、その学習能力(経験できる範囲)もまた遺伝的に限定されている。第三に、その行動パターンも、あらゆる形態をとりうるのではなく、生命サイクルの実現という遺伝的制約の中での可塑性にとどまっている。

遺伝的プログラムから「自由だ」といわれるひとでさえ、男(または女)は女(または男)を好きになり、どちらも「一般的傾向として」世代交代を行う。もちろん、この「自由」を賛美するひとびとでさえ、飲水慾、食慾、睡眠慾、性慾という最も原始的で基本的な欲望から解放されることはなく、それにしたがって行動していなければ(性慾の場合は別にして)当たり前のように死ぬ。

このように、生物が特定の環境要因に対して特定のパターンで応答し、それが遺伝的プログラムとして予め用意されているという事実は、その方がそうでない場合より生命サイクルの実現にとって「有利」であったからである。そのために、この「刺激応答」を環境適応という。

環境適応と概日リズム

生物が生息する地球環境は、その天体運動のために、さまざまな周期で規則的に変転している。この周期的環境に適応して、生物の生理・形態・生態は、潮汐リズム、日周リズム、月周リズムと季節(年周)リズムを示す。こうして、物理的環境も生物的環境もリズミカルに変動することになるから、これに適応してその他の生物もリズムを示すことになる。

このような生物リズムは、既述のリズムと同じように、内発的なリズムであり、環境のリズミカルな変動によって誘発されたリズムではない。しかし、周期を環境周期にあわせ、これによって環境適応を果たすという点で、独自のリズムである。その周期に応じて概潮汐リズム、概日リズム、概月リズム、概年リズム等が区別される。



終わりに

アリストテレスによって始められた生物学は二千数百年の歴史をもつ。その生物学史のなかで最も重要な発見はダーウィンによって行われ、1859年の「種の起源」として公表された。

自然淘汰による種の進化法則がそれで、生物界にのみ通用する、生物界に固有な法則で、40億年ほど前に原始生物が誕生した時点で初めて出現した自然法則である。したがって、自然淘汰原理を理解することがなければ、生物学を理解することは絶対にできない。

生物を理解するに当たって発する必要のある疑問は、近接要因と究極要因の二つである。近接要因は、生命現象のメカニズムを問うのに対し、究極要因は生命現象の(歴史的)由来や原因を問う。この究極要因を探るうえでの指導原理になるのが、自然淘汰原理、というわけだ。

これまで、敢えて自然淘汰原理について述べてこなかったが、生命サイクルとしての細胞の時空秩序を解剖するだけのためであれば、自然淘汰原理を用いる必要はなく、物理学や化学の手法だけで理解できるのだ。だが、自然淘汰原理に照らさなければ、細胞がなぜ生命サイクルになっているのか、という疑問に答えることはできないし、生物界に生命サイクルの多様なパターンの本当の意味も理解することはできないのである。



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