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クローン人間の尊厳
クローン人間作成に名乗りをあげる人物が現われた。米国で禁止されるなら、よその国で行うという。技術がそこまで進んでいるとは思わないが、本誌1月24日付社説が結ぶように「議論抜きの現実追認は、もう許されない」。 クローン人間作成は「人間の尊厳に反する」が、それは、社説が主張する「進化の歴史に逆行する」ためでも「環境の変化に弱い集団をつくり出す」ためでもない。社説を呑めば医療・福祉全般が人間の尊厳に反してしまうだろう。 両親がどのような思いで男女の営みを行ったにせよ、誕生したのが他ならぬ私であったという事実は、両親の意図を遥かに超えた「有り難い」天文学的偶然の出来事である。この宇宙で一つだけの、しかも一回限りの生命として、私の存在は永遠の謎、神秘なのだ。人間存在のこの超人為性=神聖性のために、人間は全人格として対等であり、他者の意図から完全に自由であるという尊厳を与えられる。 クローン人間作成とは、この超人為性や神秘性を全面的に剥奪することによってクローン人間を冒涜する行為なのである。(人間が真の(唯一無二の)創造物であるのに対し、クローン人間は少なくともその誕生までは代替可能な模造品である。この模造品を作ることは、その遺伝子を好きなように操作して模造を「改良」することと全く同等である。つまり、おもちゃにされているわけだ。)男女愛の結実という契機をもたぬ、というもう一つ重要な障害もあるが、この点だけからもクローン人間作成は許されない。
以上、声欄に投書します(本文、499字。括弧内は補足。削って構いません)。 クローン人間作成のどこが悪いのか、最も肝腎な論点がわが国では指摘されていないように思います。ご検討のほどよろしくお願いいたします。 (1)朝日新聞社社説とクリントン大統領
この社説によれば、クローン人間作成が「人間の尊厳に反する行為」であることの基本的理由は、それが「こうした進化の歴史に逆行し、環境の変化に弱い集団をつくり出すことでもある」点にある。世界の各機関も、この理由のために「人間の尊厳に反する行為」とした、とされる。 しかし、このような理由を、ヒューマニズムに立脚した世界の各機関が主張するはずがなく、とんだ言いがかりをつけられたようなものだ。
(クローン人間作成を禁止することは我々の人間性であり、そうすることが正しいのだ。この新技術によって子どもを創ることは我々の基本的な信条を揺るがすのである。何故ならば、我々の理想と社会のまさに中核において、クローン人間作成は神聖な家族の絆を脅かすからである。また、その最も許されない点は、それが間違った悪意ある試みをもたらす可能性があることなのである。すなわち、特定の遺伝形質を選抜したり、特定の子どもを創ったりする危険性である。こうしたことは、人間の子どもを大事な個人として遇する代わりに、物体(対象)として扱うことなのである。)(下線と和訳は引用者) ただし、creating a child through this new method のcreatingはproduingとかmakingに置き換えるべきだろう。createは創る(創造する)ことだが、新技術が行うのは「作る、造る」ことだからだ。「新技術」は「新技術」を「創る」ことによって生まれるが、新技術によって生まれるのは「代替可能」で「大量生産可能な」モノにされてしまった人間である。 これに引き換え、朝日の社説は「人間の尊厳に反する」という主張とは裏腹に、「環境の変化に弱い集団をつくり出す」ことが悪なのであると理由付けることによって、逆に反ヒューマニズムを宣言してしまったのである。国民の良識をリードしなくてはいけない大手新聞社がこのような社説を発表するとは、とても嘆かわしい。(クローン人間に関する朝日新聞の記事(ただし、毎月5200円も払わないと本文は読めない)) また、朝日社説に対する法学的(?)反論は朝日のクローン論説(1月24日)はどこがダメか朝日のクローン論説(1月24日)はどこがダメか へ。また、その後の加藤氏の議論はクローンについて盛永反論への反論
夏目漱石(吾輩は猫である)
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