生物学に例外はつきものである、とは昔よく言われたことです。しかし、法則や原理と呼ばれるものに例外があるのなら、それが法則や原理としては誤りであることは自明のことでしょう。学問の進歩とは、こうした例外的事実を包含的に説明する法則を発見することによって成し遂げられるといっても良いのです。だから、例外の存在に科学者は胸を躍らせ、未知の理論の発見にいそしむのです。
1992年に出版された本川達雄氏の「ゾウの時間 ネズミの時間」はとても良く書けた面白い本で、ベストセラーにもなりました。皆さんの多くも読んだことがあるかも知れません、人づてにその内容を聞いたことがあるかもしれません。
本川氏が紹介したところによれば、哺乳類の生理的限界寿命(または最長寿命記録)はからだのサイズの4分の1乗に比例して長い、とされます。また、心臓の拍動や呼吸活動の一周期にかかる時間も同じ関係(からだのサイズの4分の1乗に比例して長い)にあるので、哺乳類各種の個体がその生理的限界寿命の間に行う心拍や呼吸の回転数はサイズに関わりなく同一である、とされます。ネズミの生活テンポが速く寿命も早く来てしまうのに対して、ゾウに流れる時間はゆったりとしていて寿命も長いように見えますが、生命活動の総量としては同じなのだ、ということです。
この話はとても面白いのですが、実は間違いなのです。哺乳類におけるサイズと生理的限界寿命に関する4分の1乗則には、重大な例外が知られているからです。霊長類とコウモリです。ゾウ自身も4分の1乗則よりは長く生きますし、ネズミ自身は4分の1乗則より寿命が短いのです。
皆さんは、「パンダの親指」(グールド)という本を読んだことがあるかもしれません。その「生物学的時間」の章に、霊長類とコウモリの生理的限界寿命が、前述の4分の1乗則よりずっと長いことが指摘されています。また、人間の限界寿命が例外的に長いことはもう100年近くも前から知られていたことです(Rubner(1908))。
また、人の心拍を毎分70回として、生理的限界寿命100年(実際はもっと長いですが)の間に心臓が何回拍動するか計算してみましょう。1年=365日=365x24x60分=525600分。したがって、100年間の心拍数は、70x100x525600回≒3,700,000,000(37億)回となります。本川達雄「ゾウの時間 ネズミの時間」では「哺乳類ではどの動物でも、一生の間に心臓は20億回打つという計算になる」とされています(ただし、上述の関係を用いると大体8億回のはずですが)。
これに対し、心拍の速度とか呼吸の速度などは、綺麗な四分の一乗則に随います。
筋肉の収縮とか、呼吸とか、酵素反応とかの進行速度を、総称して代謝テンポと呼びます。つまり、日々の生命活動で、毎日同じように繰り返されるような活動、あるいは生理現象などの速度です。生理テンポと呼んでもよいでしょう。
これに対し、受精卵が発生して、成長し、成熟し、老化し、死んでいく過程を、一般的には生活史 life cycle と呼びます。そうした生活史上の出来事の一つ一つは、生活史の中で一回きりの事象です。こうした生活史事象が進行する速度を、生命サイクルテンポと呼ぶことにします。生活史テンポと呼んでもいいです。生命とは、こうした生活史の位相進行のことです。詳しくは、「概日リズムと生命サイクル」を御参照下さい。
つまり、哺乳類の代謝テンポは四分の一乗則に随うのに、哺乳類の生命サイクルテンポは四分の一乗則に随わないのです。このことから、哺乳類の代謝テンポを支配する法則と哺乳類の生命サイクルテンポを支配する法則は異なる、ということが直ちに結論できます(表現を言い換えただけです)。
両法則がどのようなものか、まだ、私たちは知りません。代謝テンポの四分の一乗則については、「ゾウの時間、ネズミの時間」にいろいろな仮説が紹介されている通りです。生命サイクルテンポが随う法則については、「パンダの親指」に若干の記述がありますが、現在もう少し理解が進んでいます。
どうして、このような関係が生まれるのでしょうか?
これについては、また次の機会に(急っつけば速くなります)説明したいと思います。
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