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シアノバクテリアの力、ひとの力 |
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A.はじめに
下記リンクの内、「生命を考える」サイト内のものは【 】で括ってあります。 A.はじめに このページは、帯広畜産大学生態系保護学講座が新入生向けに開講している生態系保護学概論のうち、私が担当している部分(一講分、2時間)についての紹介です。 本科目は、講座教官の自己紹介を兼ねています。そこで、まず私の自己紹介からはじめ、それを表題の「シアノバクテリアの力、ひとの力」に結び付けていきたいと思います。その中から、一見すると生態系保護学とは全く無縁に思えるような私の研究分野のもつ、生態系保護学に対する秘めたる力を感じ取っていただければ幸いです。
↑の自己紹介ページでおわかりのとおり、私の研究の基本的関心は、藻類を中心とした生物の環境適応の具体像を細胞生物学的に認識することにあります。
では、私の研究分野【生物リズム学】はどのように生態系保護と関係していく可能性があるのでしょうか?
私たちの現在の生態系は太陽光の恵みの中で成り立っています。それは、現在の生態系が、シアノバクテリアとそれに由来する藻類や植物による光合成をエネルギー源としているからです(⇒【生物のエネルギー変換】)。
また、この光合成活動の副産物として生じる酸素は、私たちに馴染み深い好気性生物の呼吸活動になくてはならない物質です。
しかし、光も酸素も、すべての生物にとって実は毒性の極めて強い代物なのです。詳しくは、ページ「老化のメカニズムを巡って」のなかの【活性酸素障害を巡る諸問題】や、ページ「概日リズムと環境適応」のなかの【光酸化と活性酸素障害】で説明してあります。
概日リズムは、こうした光ストレスや酸素ストレスに打ち克つためになくてはならないメカニズムになっています(⇒【概日リズムの歴史的起源】)。
いずれにせよ、概日リズムは、個々の生物が「よりよく」生きていくためにとても大切な働きです。冒頭にも述べましたが、リズムライフの保護は個々の生物が健康に暮らしていくための大事な基本になっているのです。近現代の自然破壊は私たち人間を含む多くの生物たちのリズムライフを脅かしているのではないでしょうか?
@生命史におけるシアノバクテリアの力
@「光の」生態系における一次生産者(「光の」生態系の歴史的誕生)。
A酸素発生の歴史的効果
(ii) 酸素耐性能の淘汰価値
(iii)酸素呼吸能の淘汰価値
(iv) カンブリア紀大爆発(酸素濃度増大による生物の大型化;;天変地異)
(v) 生命界の上陸(シルル紀後半から; オゾン層形成;陸上生態系の誕生)
B→藻類→植物 (細胞内共生)
C一般化すると、、、生命活動による物理的環境の改変=種多様化の歴史の生態学的条件(地球が生命活動しやすい環境に近づく;生息圏の拡大)=可能ニッチの拡大。現生態系から見た視点(「光と酸素の」生態系)。シアノバクテリアが勢力を持たなければ別の生態系として拡大してたはず。生命の増殖力。
20億年 真核生物、10億年 性、多細胞化
A生命史概観
過去2年のレビュー
種存続期間の長短
生態的空白と適応放散
はじめに
複雑度増大の諸段階
@複製する分子群が区画化されて複製分子集団としてまとまること(細胞内共生)
A無関係な複製子群が連結して染色体となること
BRNAの二面的機能が、遺伝子としてのDNAと触媒としての蛋白質という形で置き換わったこと
C原核生物 ⇒ 真核生物(プロチスト)
D性の出現(減数分裂、組換え)
E動物、植物、菌の出現(発生プログラム)
F社会関係の出現(なわばりと群れ)
G巨大な脳の出現(人間は技術に依存する唯一の哺乳類である):人間社会の誕生
生命史における種多様化の必然性
@ 生命は生命サイクルである。
A 遺伝子突然変異の不可避性(熱力学第二法則)
B 遺伝子組換え機構をもつ
創造とは何か
どのような思考も創造的である @構成要素間の新しい組み合わせ
50音――→単語――→命題――→思想
細胞内共生
遺伝子の水平伝達 A新構成要素の創出 = 旧構成要素の変更
遺伝子重複の重要性
真核生物の誕生と進化
@生命五界説から生命三ドメイン説へ
遺伝子重複による多様化・複雑化とパラローグ
@グロビン遺伝子とヘモグロビン
A遺伝子重複の次元(モチーフ、モジュール、遺伝子、染色体)
⇒ Elizabeth A. Greene et al. (1997) Building Gene Families. Science 278: 615
ヘテロクロニーと霊長類社会
Bひとの力
@環境破壊と世界観
さて、どのような生物もその生命活動を通じて環境を変える力をもっていることは、シアノバクテリアの力、の項で説明しました。その環境改変によって絶滅させられた生物も数え切れないほどたくさんあるでしょう。しかし、その生命活動に対して「悪」という評価を行うことは全くもって不可能なことです。
これに対し、人類による環境破壊行為は、「破壊」という言葉が示すように「善悪」の価値判断にかけらる活動です。ここに、その他の生物の環境改変活動と人類のそれとが根本的に異なる点の一つがあります。
この言葉は環境破壊に直接言及しているわけではありませんが、西側諸国を支える農業活動でさえ「悪」とする世界観が存在することを実によく表しています。
より一般的な結論を引き出すとすれば、人類の環境改変活動に対する善悪の評価は、個々人の価値観や世界観に強く左右される、ということです。そして、この世界観自体が多様であり、また対立する場合も珍しくないわけですから、環境問題の一つの側面は、こうした世界観どうしの対立をどのように妥協させるか、ということになります。
A私の世界観と自然保護の理念
同じ行為でもそれが環境破壊であるのかないかは、上述のように価値観や世界観によって決まります。つまり、環境問題を語るうえでは「中立」的な立場はありえないのです。
B環境破壊と技術
人間は技術に絶対的に依存する唯一の哺乳類である、とは人類学者バーソロミューの約半世紀前の言葉です。
人類が危機的な環境問題に直面しているのは、明らかに、人類の環境改変が技術的行為に基づいているからです。
技術活動が「等身大」である時代はとっくの昔に終わっています。これからますます、個々人の技術活動のもつ、歴史・社会的波及効果は絶大になり、予測不可能になっていきます。
以上、結論らしきものは一つも出していませんが、【環境自由大学 青空メーリングリスト】などを通じて、いろいろ勉強していきたいと考えています。
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