生物リズム学概論

B概日リズムと環境適応
(い)歴史的起源


生物リズムの意義は、この問題の最も熱狂的な研究者が期待し続けてきたよりも、はるかに超えたものとなるだろう。
それは、生物時計が物質の無機的機能と生物学的機能との間の明確な絆を構成するからである。
したがって、生物リズムの本性を理解することは、生命自体の創生をより深く理解することにつながる。

(JT Fraser, The Genesis and Evolution of Time,1982)
(自然界における5つの時間、道家達将・山崎正勝監訳を改変)

準備中
(6月中に完成予定に延期!)

 
(1)歴史的起源について

(2)陸上生活と概日リズム


はじめに

講義レジュメ(98年度はだいたい第8講目)

  • 概日リズムと生命サイクルにおいては、二つの生物リズムの基本的な相互関係について考察しました。生命サイクルを欠く生命はありえませんから、それは生命の基本リズム(または骨格リズム)といって良いでしょう。これに対し、概日リズムは、この生命サイクルを一日の内の特定の時間帯に起こるように制御するしくみですから、環境適応リズムと呼んでおきました。

    • 24時間周期で変転する環境に適応する必要のない生物の場合には、概日リズムの発現は必要でありません。ただし、必要でないということは、概日リズムを備えていないということを必ずしも意味しないことに注意して下さい。

  • 概日リズムと生命サイクルでは、生命サイクル事象の日内タイミングが概日リズムによって制御されていることについて説明しました。しかし、そのタイミングがどうして適応的なのか、については触れずにおきました。そこで、ここでは、どうしてそのタイミングが適応的なのか、について考察してみることにします。

  • 概日リズムは生命がまだ陸上進出する以前に獲得されたことは確実です。そこで、まず最初に、原始の海において、概日リズムを備えることにどのような進化的利益があったのかを考察します。このことを通じて、概日リズムの歴史的起源についての何らかのヒントが得られるかもしれません。

  • 生命が陸上進出を始めたのは今から約4億年前のことです。この上陸に当たって、最も重要な課題は、水分を保持することであったと思われます。そこで、次の問題は、生命の歴史的上陸に当たって概日リズムがどのように利用されたのか、について考察することにします。

  • 最後に、生物的環境に対する適応と概日リズムでは、生物的環境に対する適応の局面での概日リズムの利用問題について考察します。生命が概日リズムにしたがって生命活動を営むということは、他の生命にとっての環境はあらゆる側面で24時間周期で変転している、ということを意味しています。こうして、地球は、物理的環境としても生物的環境としても24時間周期のリズムとして変動しているわけです。

    「生きていることとは四季色とりどりの移り変わりにこの肉体がしたがうこと」
    といったゲーテの真情を、われわれは古代の知として思い起こさずにはいられないのである。
    こうしてみれば、われわれの生命感情とは、つきつめていえば、それは大小宇宙の共振によるものであることがうかがわれる。

    三木成夫、生命の形態学(1975)・・・人体解剖学総論・・・(生命の形態学序説 1992所収)より

    (1)歴史的起源について

    @光酸化と活性酸素障害

    @光を吸収するとはどういうことか

  • 私たちは昼行性で視覚に頼る動物です。このため、光はとても有り難いものとして感ぜられます。しかし、太陽を直接見つめれば目が「焼ける」ことは皆さんも経験したことがあるでしょう。また、皮膚の日焼けも日常的ですし、色素性乾皮症(については、例えば国立がんセンター、がん情報サービス、皮膚癌)と呼ばれる病気では、日光が病因です。

  • 光はエネルギーをもちます。生命にとって光は大きく分けて三つの作用をもつといえるでしょう。

    • 環境情報:概日リズムが24時間明暗周期に同調するのは、光を情報として用いている為です。もちろん、私たちの視覚が感ずる光も情報としての意味を持ちます。植物ですとフィトクロム phytochrome 、動物系ですと(繊毛虫のゾウリムシや緑藻のクラミドモナスにもありますが) ロドプシン rhodopsin が、環境情報を得る為の主な光受容体(色素)です。

    • 生物的エネルギー源:これは、光合成によって利用されるときの光です。化学合成細菌がリードする生態系を除く、すべての生命(シアノバクテリアや藻類、植物を生産者とする生態系の生命たち)が食物連鎖を通じてこの恩恵に浴しています。

    • 光損傷:過度の光吸収によって溢れた光エネルギーは細胞成分を損傷させます。また、光増感剤と呼ばれる分子に吸収された光は、酸素ラジカルを生成することによって細胞成分を損傷させます。更に、DNAやRNAなどの核酸は紫外線を直接吸収することによって傷害を受けます(核酸の本来の機能からすると、核酸の光吸収は「余計な」過程です)。蛋白質を構成するアミノ酸にも紫外線を吸収するものがあります。

  • では、物質が光を吸収するとはどういうことなのでしょうか?

    • まず、物質は特定の色(波長)の光しか吸収しません。例えば、光合成に関与するクロロフィルは、青と赤の波長帯の光は吸収しますが、緑の波長の光は吸収しません。このため、緑色の光は、葉を透過し、また反射します。このため、私たちには葉が緑色に見えるわけです。また、ニンジン(の根)はカロチノイドに富んでおり、青緑の色を良く吸収する為、赤っぽく見えるわけです。

    • 光はエネルギーの一形態です。そのエネルギーの高低は、光の波長に反比例します。光は一秒当たり30万km進みます。波長は、光が一振動する間に進む距離で、振動数は一秒当たりに数えますから、波長×振動数=30万km/秒という関係にあります。つまり、振動数が大きいほどエネルギーが大きい、ということになり、直感的に理解できるでしょう。

    • 含有するエネルギーの高低に応じて、一つの分子は様々な状態をとります。最もエネルギーレベルの低い状態を基底状態といいます。基底状態は、もちうるエネルギーをすべて放出した状態ですから、その分子にとってもっとも安定な状態といえます。

        サラダボールの中でびーだまを転がすと振動を繰り返しながら底面において落ち着きます。このとき、びーだまの力学的エネルギーはゼロとなっており、びーだまの「基底状態」と呼ぶことができます。

    • 基底状態より高いエネルギー状態にある時、その分子を励起状態にある、と表現します。不安定な状態です:エネルギーを放出して基底状態に戻ろうとする傾向をもつからです。具体的には、分子を構成する電子が運動エネルギーを得た状態が励起状態です。分子の中の電子は、サラダボールの中のびーだまに喩えることができます。

    • 基底状態にある分子の中の電子は「おとなしく」、励起状態にある分子の電子は「暴れまわる」わけです。この基底状態と励起状態の差に相当するエネルギーが、光に由来する場合があります。これが、光の吸収です。ただし、一個の電子を励起状態に持ち上げるのに、一個の光子が必要です。いいかえると、例えば基底状態のクロロフィルが赤の光子を吸収すると、クロロフィルは励起されます。クロロフィル内の電子が、赤色の光子に相当する分の運動エネルギーを得るわけです。つまり光エネルギーは{励起状態−基底状態}分の電子の運動エネルギーに変換されるわけです。こうして、光を吸収すると、その光は消滅することになります。

    • クロロフィルは、光合成電子伝達系の成分です。励起クロロフィルの電子は、光合成電子伝達系の次の成分に引き渡され(その成分を還元し)ます。では、クロロフィルが、電子伝達系の能力を上まる光エネルギーを吸収すると(電子伝達系の電子伝達速度より速い速度で光を吸収すると)どうなるでしょうか?運動エネルギーを得た「暴れん坊」の電子は行き場がなくなるでしょう?こうして、過剰の光エネルギーは、細胞成分を「焼く」ことになるわけです。

  • 生命に対する光の損傷作用は、概日リズムの歴史的起源に深く関係しているかも知れません。「光からの逃走」によって概日リズムが発生したのだ、と最初に推測したのは、現在の生物リズム学を創始し普及させた CS Pittendrigh (1965) です。そこで、今しばらく、生命に対する光損傷について話します。過剰の光エネルギーが有害であることはすぐ上に説明しました。

    A光増感剤

  • ここでは、光→光増感剤→細胞成分の損傷、の過程を仲立ちする化合物のことを指しておきます。既に、クロロフィルに過剰吸収された光エネルギーが危険であることについて説明しましたが、光増感剤の作用も一点を除いて全く同じことです。つまり、クロロフィルによる光吸収には光合成電子伝達系を動かすという生命機能があります。で、その能力の範囲内なら吸収光は危険でありません。これに対し、光増感剤には、本来の生命機能は全くありません(全くないものを、ここでは光増感剤として定義しています)。したがって、光増感剤に吸収された光は、細胞成分を「焼く」以外に作用はないのです。

  • 以下、名著「光と生命」(LO ビョルン著、宮地重遠監訳、1973原著、理工学社)より引用します。著作権侵害かな?

    • 同じように,光を吸収する物質が,皮膚を,光に対して,異常に過敏にすることがある.そのような物質は,ある種の植物を食べること,薬,異常代謝,あるいは不適当な化粧品の使用などによって皮膚に導入される.

      植物の光増感物質は,われわれよりも,家畜に対して,より重大な影響力をもつ.光増感物質を含む植物としては,オトギリソウや,ある種のマメ科の植物や,ソバなどがある.放牧動物の肝臓が正常に機能しないと,摂取した大量のクロロフィルを完全に消化することができなくなる.クロロフィルの分解産物は,血管から皮膚に運ばれ,そこで強力な光増感剤としてはたらく.どのような光増感剤であれ,それが皮膚に到達すると,あまり毛のない部分,たとえば,耳,鼻,唇および,目,乳房,乳首の局辺が,かゆくなったり,炎症をおこしたりする.ときには,動物を強光にさらすと.即座に意識不明に陥ったり死んだりすることもある.光増感物質は,光のあたるときだけ有害な作用を及ばすので,家畜小屋にいる動物は,そのような危険にさらされることはない.いくつかのセリ科の植物(オランダボウフウの野生種,ニンジンの野生種,オオブタクサなど)は,きわめて強力な光増感剤である,フロクマリンという物質を含んでいる.過敏な人は,このような植物に触れた後に陽にあたると,皮膚に発疹ができる.

      飲み薬を含むさまざまな薬剤も,皮膚を光に過敏にする.スルファニルアミドや他のサルファ剤は,一種の日焼け増進剤である.過敏な人は,非常に弱い光の下でも,皮膚障害をおこす

    • ポルフィリン症は,さまざまな原因によっておこる病気である.このうちのある種のものは,肝臓が,障害(通常アルコールによる)や遺伝的な欠陥によって,古い血球細胞の血色素である,ヘモグロビンを分解する能力を失なってしまうことによっておこる.この結果,赤色の色素が血液に溶けこみ,やがて尿が赤色になる.この物質は,体にさまざまな害を与えるが,中でも神経系を侵すことが知られている.また,それは皮膚に運ばれ,その結果,皮膚は異常に光に過敏になり,潰瘍が口を開くようになる.昔は,この傷は必ず細菌に感染し,ポルフィリン症が.非常な痛みをともなう原因となっていた.

      一方,遺伝的なポルフィリン症(これは光感受性ではない)は,ヨーロッパの王家を代々むしばんできたが,これは疑いなく極度の同族結婚が原因している.ポルフィリン症の君主が,大きな成功を収めることは,めったになかったようである.ポルフィリン症について述べるついでに,彼らの不幸な生涯のいくつかを,筒単に述べてみよう.ポルフィリン症に侵されたことが知られている最初の王は,マリー・スチュアートで,彼女は,1587年に死刑を執行された,彼女の息子ジェ一ムス1世もこの病にかかり,亡命先で死んだ.その後の5代は,ポルフィリン症にかからなかったが,つぎのジョージV世は,またもこの遺伝疾患に苦しんだ.彼は長期間政務から離れざるを得なくなり,彼の統治時代に,イギリスはアメリカの反乱に敗れた.いわゆるジョージV世の"狂気"は,すぺてポルフィリン症によるものであり,事実,彼は,時々耐えがたい苦痛におそわれたことが知られている.ポルフィリン症患者でありながら,真の成功を収めた唯一の王は,天賦の才を誇ったフレデリック大王で,彼はプロシアを強国にし,かつ,政務のかたわら,詩人として,また哲学者としても有名になった.

    • 化粧品のなかで,皮膚を光に過敏にするものには,エオシンを含む口紅がある.今日では,エオシンを口紅に添加することは禁止されているが,他の,赤インクのような製品には使用されている.エオシンの増感作用は,血液を用い,きわめて劇的に示すことができる.赤血球細胞は,エオシンを加えなければ,光条件下でも破壊されないし,エオシンを加えても,暗条件下では破壊されない.それに対して,血液にエオシンを加えてから光を照射すると,赤血球細胞はただちに破れてしまう.エオシンと光とが協同して,赤血球を包んでいる薄い膜を破壊するのである.同しようにして,さまざまな微生物を,色素と光との協同作用で殺すことができる.

    • これまで述べてきた増感効果は,サルファ剤を例外として,光力学的増感作用 photodynamic actionによってひきおこされたものである.この場合,必ず酸化反応の促進がおこる.すなわち,この障害がおきるためには,光と色素の他に分子状酸素が共存しなければならない.

    • 普通,多くの生物には(おそらく人間の皮膚にも),光力学的増感作用をもつ色素が分布している.洞穴のような暗闇の生活に適応している動物は,多くの場合光に過敏で,自然の太陽光にさらすと,即座に死んでしまうものもある.これはおそらく,これらの動物の皮膚の表面には,防護(光力学的に不活性な)色素を欠いているためであろうと思われる.外の動物の場合には,そのような色素によって.光が体のあまり奥探くへ貫通することを防いでいる.われわれ人間の皮膚に分布するメラニンは,植物中にあって,同様な防護作用を持つカロチノイド(33ぺ一ジ)とよく似た働きをしているものと思われる.これらの防護色素は,ともに2つの機能をもっている.すなわち,それらは,ある種の危険な光を吸収する.

    • 引用終わり

    • で、これをコメントする形で引用すると、著作権侵害にはならないでしょうから、コメントしておきます。

  • 上の引用文中では、クロロフィルの分解産物とヘモグロビンの分解産物が「無関係」のように語られていますが、実は良く似た類似物質なのです。クロロフィルは植物や藻類、シアノバクテリアの「命」となる緑色の色素であり、ヘモグロビンは動物の「命」となる赤色の色素タンパク質です。ヘモグロビンはグロビン蛋白質にヘム色素(赤色)が結合したものです。

    • クロロフィルもヘム色素も共にポルフィリン環をもつ化合物(ポルフィリン化合物)です。

    • クロロフィルはポルフィリン環の中にMg(マグネシウム)を挟み込んでいますが、ヘム色素は鉄を挟み込んでいます。

    • 両者の分解産物が同じものになることはうなずけますが、生合成経路も途中まで一緒であることは、実に面白いことです。

    • なお、P.Burch による Ph.D. 学位論文 (Rice Univ 1989) DNA DAMAGE AND CELL LETHALITY BY PHOTODYNAMICALLY PRODUCED OXYGEN RADICALS も参考になります。特に、その序論INTRODUCTION AND LITERATURE REVIEWでは光損傷と活性酸素障害について解説しています。

  • 光増感による細胞損傷を逆手にとると、例えば、がんの光力学的治療となります。光増感剤としてヘマトポルフィリンの派生物、フォトフリン Photofrin を投与するとがん患部に特異的に吸収される(らしい)。これに、赤色レーザー光を当てるとがん細胞が死ぬ、というわけです。患者はこの治療の後、6週間は強い日光を避けないと、皮膚(フォトフリンがまだ残っているから)をやられてしまいます。

    • 第二世代の光増感剤は、ヴァーテポルフィリン verteporphylinです。ヘマトポルフィリンよりもがん患部だけに蓄積されやすい(がん特異性が強い)ばかりでなく、体内半減期が短い為、皮膚の光感受性は2〜3日までしか残らないなど、副作用期間大幅に短縮されています。また、青色レーザー光で励起されるので、赤色光レーザーに比べ体内のより深いところまで投射されます。より多様ながんに適用可能であるということです。

    B核酸

  • この場合には、損傷を受ける分子が光受容体そのものです。水中を透過するすべての波長に対して透明であれば、光は危険でありませんが、少なくとも核酸と蛋白質は紫外線を吸収します。紫外線はDNA損傷の主な外的要因で、光回復酵素は、可視光線(320〜500nm、青)を吸収することによって、この傷害を修復する酵素です。哺乳類以外の殆どの生物に備えられています(有袋類にはあります)。

    A光損傷に対する防衛と概日リズム

  • Pittendrigh 1965 光からの逃走: 細胞分裂を夜に限定することに概日リズムの起源がある

    • プロチストの細胞分裂は主観的夜に起る(事例数が多い)。

      • 藻類の場合には生長が日中にしか行われませんから細胞分裂が夜に起こることは「自然の成り行き」のようにも見えます。事実、光合成的生長を昼、細胞分裂を夜に行わせる時間的分業を、光合成のエネルギー効率を最大にする過程であることを示す計算もあります。

          例えば、Parnas,H(1980) Optimal Strategies for the Metabolism of Storage Materials in Unicellular and Multicellular Organisms. In: MATHMATICAL MODELS IN MOLECULAR AND CELLULAR BIOLOGY (Segel, LA ed.) Cambridge UP, Cambridge.

      • また、ゾウリムシの細胞分裂は主観的昼の前半に、テトラヒメナの細胞分裂は主観的夜に生じる。

      • プロチストではないが、シアノバクテリア(藍色細菌)の細胞分裂も主観的昼に起こる。

        • 10年ほど前迄は概日リズムは真核生物に固有のメカニズムであると考えられていたが、三井らは、シアノバクテリア(原核生物)にも概日リズムがあることを発見し、驚かせた。Mitsui,A et al.(1986) Nature 323:720-722, Strategy by which nitrogen-fixing unicellular cyanobactria grow photoautotrophically.

    • 細胞は、放射線や紫外線によってDNA傷害を受けると、DNA傷害チェックポイント機構を動員して、G1期またはG2期の状態に抑制される。また、放射線や紫外線による傷害作用は、細胞周期の位相に特異的で、G2期細胞が最も強い抵抗性を示す。

    • 一方、我々が最近明らかにしたように、主観的夜明けから主観的黄昏の直前まで(即ちCT00〜CT08)概日リズムによって細胞(さしあたって、ユーグレナについての知見しかないが)はG2期に抑制されている。

      この二つの知見を結び付けると、次のような推論が可能である。

  • 概日リズムが歴史的に誕生する原始の海において、紫外線や可視光による光損傷は、オゾン層が無いぶん、強かったはずである。このため、G1期やS期、或いはM期など紫外線に感受性の高い位相が昼に訪れるような細胞は自然淘汰されて行った:G1期、S期、M期は夜の相に強制的に押しやられて行った。紫外線に最も抵抗性の高いG2期を昼に過ごすような生命だけが生き残ったのである。

  • 初期の頃は、昼にG1期が来るような細胞からM期が来るような細胞までいろいろ存在したはずである。しかし、紫外線による淘汰圧のために、G2期が昼の相に訪れるような生命だけが生き残ったのであろう。細胞は、紫外線によるDNA損傷を受けるとG2期に抑制されて、DNA損傷を修復しようとする。したがって、例えば昼にS期が進行して(DNA損傷を受けて)も生き残る可能性がある。しかし、最も効率のよい方策は、紫外線に感受的な細胞周期相を初めから夜に行うようにする一方で、紫外線に抵抗性を示すG2期を初めから昼に行うようにするような時間配分を行うことである。主観的昼における概日的G2抑制は、この細胞要求を満たすメカニズムのなかで、現在まで引き継がれた唯一のもの、と考えることができる。


    B活性酸素障害に対する防衛と概日リズム

    シアノバクテリアによって酸素発生型の光合成が行われるようになって、酸素毒(活性酸素、酸素ラジカル)が大きな淘汰圧になったと考えられています。過剰の光エネルギー(電子の運動エネルギー)は直接的にも細胞成分を損傷させますが、酸素の存在下では活性酸素を生ずることによっても有毒作用を発揮します。また、酸素呼吸においても活性酸素が発生します。

    @活性酸素障害とその防衛システム

    A活性酸素障害に対する防衛と概日リズム

  • アスコルビン酸(ビタミンC)レベルの概日リズム

  • SOD能の概日リズム

  • カタラーゼ能の概日リズム

    Bシアノバクテリアの概日的ニトロゲナーゼ能リズム

    まとめ

  • 以上の考察から、概日リズムを備えることの適応価値の一つが「光や酸素毒からの逃走」にあることが明らかであろうと思われます。この中で、概日リズムの歴史的創生に深く関与したと思われるのは「光からの逃走」でしょう。昼夜のサイクルのもとで、生命は光損傷をうける生命過程を夜にもってくることを余儀なくされたことは明らかだからです。もちろん、光損傷に対する完璧な防衛メカニズムが、概日リズムより(歴史的に)先に創生されたとすれば、この推測は当たりません。しかし、そのような完璧な防衛メカニズムは現存の生命にも実在しないことを考慮するなら、やはり、「光からの逃走」が概日リズム創生メカニズムの最も妥当なシナリオであると思われます。

    • 少なくとも次のことは言えます。光損傷を受ける過程を昼に行う生命の繁殖成功度は夜に行う生命の繁殖成功度より低い。

  • こうして、外界との特定の位相関係を保つ24時間リズムが創生したことは明らかです。しかし、別の(短い)周期をもった生物リズムから、このような性質を持った概日リズムが派生してきたのか、或いは、概日リズムの祖先形となる生物リズムは全く存在しなかったのか、ということに関しては(少なくとも、現状の知識では)全くわからない、といって良いでしょう。

  • さて、光からの逃走が最も根源的な淘汰圧になったとしても、それ以外の要因も概日リズム創生(または定着)の淘汰圧として働いたことも十分に考えられることです。既にアスコルビン酸の概日リズムの項で指摘した通り、活性酸素障害に対する防衛能力は、光合成能力の最も高い状態(つまり、活性酸素発生が最大となる状態)に最高になります。つまり、活性酸素障害に対する防衛能の概日リズムは、光合成生物にとっては、太陽光エネルギーを最大限に補足する機能をももっているのです。

    C生物的エネルギー源としての光

  • 光合成能と光走性能は、光合成を営むプロチストにおいて主観的真昼に最大となるような概日リズムを示します。この位相関係の進化的メリットは自明です。自明でないのは、こうした能力が内因的な生物リズムであることには、どのようなメリットがあるのか、という点です。

  • 一つの答えは、こうした能力を保つためには自由エネルギーが必要である(コストがかかる)という点です。つまり、リズミカルに能力を変動させようと、一定の平均値に維持させようと、同じだけのコストがかかります。このため、実際に光合成や光走性の能力が必要となる時間帯に高く保つ方が、圧倒的に有利なのです。

      昼における光合成能力は、平均値に保つ場合にはリズミカルに変動させる場合よりも低いからです。逆に、夜における光合成能力は、平均値に保つ方が高いですが、夜には光合成を行うことができませんから、その能力は現実には無効です。

  • 内因的であることのもう一つのメリットは、予知性(準備)です。光合成能力を高める必要があるときにあわせて高めている、ということです。実際、光合成装置の合成は主観的真夜中頃から始まります。言い換えると、強い光に反射的に応答することによって光合成装置を合成するのでは、間に合わない、ということです。

    • この予知性の淘汰価値は光周性の場合と同じことです。温帯性の動植物は到来する冬を過ごす為の準備を、秋に行います。この準備のできないものたちは冬を越せないわけですから、子孫を残せません。光周性もその多くは概日リズムを用いています。

    D生理的対極の創出と概日リズム

  • 生命活動が環境周期に同調すること(外的同調)の淘汰利益は明らかです。同時に、一つのまとまった生命体として、個々の概日リズムが「適正なる」位相関係を保って動いて行くこと(内的同調)が要求されることも、ほぼ自明に近いでしょう。

    @内的同調=概日リズム的時空秩序

  • 第一に、互いに矛盾した過程は、時間的に分離しなければなりません(シアノバクテリアのニトロゲナーゼと光合成)。

  • 第二に、これの裏返しのこととして、互いに協調的な過程についてはこれを同一位相で進行するようまとめなければなりません

    • 例えば、光合成能、光走性能、活性酸素傷害に対する防衛能力は同一位相を保つ必要があります。

  • 第三に、同一の細胞成分を位相の異なる二つの概日リズムで共有する場合のように、もともと互いに異なった位相でしか進行し得ないような概日リズムがあります

    • 基底小体と中心体の使い分け:ユーグレナですと鞭毛運動の構造として用いられている基底小体は、有糸分裂時には中心小体に変化します。したがって、鞭毛運動能は、主観的昼に高くならざるを得ません。

  • こうして、生命は、主観的夜明けから主観的黄昏を経て再び主観的夜明けに戻るまで、時々刻々とその生理・活動状態をリズミカルに変動させています。主観的昼は、昼の活動に適した生理・活動状態であり、主観的夜は、夜の活動に適した生理・活動状態です。こうした諸々の概日リズムが一定の位相関係を保っている状態を、内的同調と呼びます。

  • 生命を生命サイクルの位相進行(時空秩序)として捉えることができたのと同じように、概日リズムを備えた生命を、概日リズムの位相進行(時空秩序)として捉えることができます。この局面で、生命は、概日リズムの一瞬前の位相によって作られ、一瞬後の概日リズム位相を準備するものとしてのみ存在します。これが、概日リズム的な時空秩序です。

    • 生命サイクルとしての時空秩序と概日リズム的な時空秩序の統合が、生命の時空秩序となります。生命サイクルの位相進行に対する概日リズムの制御を思い起こして下さい。

  • 時差ボケや夜勤症候群での生理的変調の一つの原因は、ひとの概日リズム位相(内的位相)と外界の位相の不一致に由来するものと思われます。しかし、もう一つの原因として、ひとの諸々のリズムの間の位相関係が崩れることにもあると考えられます。内的位相関係の崩壊を、内的脱同調と呼びます。

    A生理的対極と生理的平坦

  • エネルギーの集中投与  光合成能力をリズミカルに変動させる場合も平坦に保つ場合にも、それに必要とされるエネルギーは等しいと考えられます。しかし、環境の光強度は日周的に変化しますから、獲得できるエネルギー量には格段の差が生まれてしまうのです(既述)。全く同じことが、動物の活動休息リズムや睡眠覚醒リズムについても当てはまるでしょう。平均的な活動能力を一日中保つよりは、それが要求される時間帯に一気に高められるようなリズムをもっていたほうが格段に有効です。特に、捕食運動や逃走運動のように、運動の成否が all or nothing である場合には、対極と平坦の差は致命的な差につながるものと思われます。

    B閾値現象と信号機能(関門制御)

  • 生理的対極はまた信号機能を担うこともできます。これについては、概日リズムによる関門制御(概日リズムと生命サイクル)において述べました。

    Eまとめ

  • 以上、概日リズムの歴史的創生と定着に関わりそうな事柄について考察しました。「光からの逃走を余儀なくされた生命」という視点からすれば、生命が24時間リズムを描きながら活動してきたという姿が無理なく浮かび上がります。これに、「光合成のエネルギー源としての光の恩恵」という視点を加えれば、生命の様々な活動が特定の位相関係を保ちながら24時間リズムを描いてきた、というシナリオもすぐ思い描けます。また、予知性のメリットを想定するなら、この24時間リズムが内因性のリズム、つまり概日リズムという生物時計としての形を整えたことも理解できるかと思います。

      この過程を少し一般化しておきましょう。

  • 環境適応の遺伝的プログラム:環境応答パターンの歴史的刻印(環境情報の遺伝的同化過程)

    何代にも亙って同じ環境条件(環境の規則性)に晒されていると、生物はその環境に対する応答パターンを遺伝的なプログラムとして組み込んでいくように思われます。例えば、光走性の進化を想像してみましょう。光走性は、三つの過程に分解できます:光受容系(光スペクトルや光強度の認識系)、情報処理系と運動系(反応系)です。光走性がない状態というのは、各々三つの過程が存在しないということではなくて、結合していないという状態であろうと思われます。何故なら、それぞれ三つの過程に関与している分子(蛋白質)はありふれたものであるからです。したがって、光走性の遺伝的プログラムの創造とは、この三つの過程をうまい具合に結合することにあると考えることができるでしょう。つまり、最適な色や強さに対しては正の走性を、害のあるものに対しては負の走性を固定するような形での結合の創生ということです。例えば、強光に突入するような生命は焼け死んでいきますから、この結合は自然淘汰プロセスによって容易に説明可能です。

    概日リズムの創生の原動力も、生命が何代にも亙って同じ昼夜のサイクルに晒され続けてきたことにある、と思われます。いってみれば、生命が環境情報を遺伝的に同化する(取り込む)のです。この歴史的同化過程を通じて、生命は、環境適応の為の遺伝的プログラムを備えていくのである、と考えられます。ただし、実際の環境は、予期せぬ「雑音」を含みます。臨機応答もまた必要になるわけです。この部分は、少なくとも学習能力を持たない生物の場合には、反射的応答に頼る以外には方法がないでしょう。例えば、光合成回路の律速酵素の一つ Rubisco の場合には、光によって活性化されます。光の強さに応じて光合成速度を高めることができるのです。もちろん、「雑音」に対する反射的応答もまた、遺伝的同化によって創生されたはずです。

    • 獲得形質の遺伝について話しているのではないことに注意して下さい。自然淘汰による遺伝的洗練について話しています。


    (2)陸上生活と概日リズム

    生物の陸上進出と概日リズム
    耐乾性と生理的夜行性
    からだのサイズの問題
    小さいほど表面積の割合が大きくなる(径が半分になれば体積は8分の1に減少するが、表面積は4分の1にしか減少しない:単位体積当たりの表面積は2倍に増加する)。
      からだのサイズが小さいほど水分損失、熱損失が激しい。

    無脊椎動物の生態的分類
    耐乾性(不透性クチクラの発達度)と生理的夜行性からの解放
    水中: 環形動物(ミミズ)
    土壌: 等脚類(ワラジムシ)、唇脚類(ムカデ)、倍脚類(ヤスデ)
        ワックスなし→夜行性
    ワラジムシの概日リズム
     明暗周期に同調する概日リズム(温度周期や湿度周期には同調効果なし)
      夜に活動するために:
        湿度に対する反応性は夜になると低下するため活発に動き回る。一方、負の光走性は夜の進行とともに増大するから、夜明けとともに湿地へ埋没することが可能になる。このため、昼における乾燥を避けるとともに、捕食を回避できる。
      昼に干からびないために:
        湿度に対する反応性が昼に増大するとともに、低湿では正の光走性、高湿では負の光走性をしめす。
        このため、昼、埋没していた住処が乾燥してくると光を求めて活発に動き回り、高湿のところで負の光走性に転じてじっとするようになる。
    移行型(土壌→陸生):無翅類昆虫(トビムシ、カマアシムシ、ハサミコムシ、シミ)とワックスを欠く有翅類昆虫(カゲロウ、カワゲラ)とクモ形類の一部
    陸棲:有翅類昆虫の多くとクモ形類(ダニ、サソリ、クモ)
        生理的夜行性からの解放(約4億?3億年前?)昆虫の適応放散は石炭紀(3.5-2.7億年前)からペルム紀(2.7-2.35億年前)
        ただし、幼虫は土壌生活者=夜行性
      ショウジョウバエの羽化リズム(湿度の高い時間帯)
       D. pseudoobscura  夜明け直後
          D.persimilis      夜明けから4時間後 (ウスグロショウジョウバエよりも高地で涼しく湿ったところに生息)

    外温性脊椎動物
    両生類は夜行性
      太陽コンパスの話
    爬虫類は昼行性
      温度嗜好性(温度選択)の概日リズム
      体温の概日リズム
         体温上昇のオンセットは活動オンセットに先行する。
      生理的昼行性?(高い活動レベルを維持するために、昼間の高温時に活動時間帯を選択?)
        石炭紀(3.5?2.7億年前)後期に出現(木性シダの繁栄、高温多湿)
    CAM植物
    C3、C4、CAM植物
    乾燥に対する適応
    気孔の開度
    光合成電子伝達と光燐酸化