生物リズム学概論

@概日リズムの形式的特徴


生物リズムの意義は、この問題の最も熱狂的な研究者が期待し続けてきたよりも、はるかに超えたものとなるだろう。
それは、生物時計が物質の無機的機能と生物学的機能との間の明確な絆を構成するからである。
したがって、生物リズムの本性を理解することは、生命自体の創生をより深く理解することにつながる。
(JT Fraser, The Genesis and Evolution of Time,1982)
(自然界における5つの時間、道家達将・山崎正勝監訳を改変)

概日リズムは、次の三つの性質をもつ生物リズム(発振源が生物内部にあるリズム)です。

    (1)恒常的条件の下で約24時間周期のリズムを示す。
        概日リズムが内因的であることを証明する
        周期が長いことは、他の生物リズムにはない特徴である
    (2)この自由継続周期は温度補償されている。
        概日リズムが、生物時計として機能的であること(温度によって乱れないので使えること)を示す
        温度による周期変化は極めて小さいこと(温度係数は0.85〜1.15)も他の生物リズムにない特徴である
        温度に限らず、概日周期は環境変動に対し極めて安定である
    (3)24時間明暗周期に同調する。
        環境適応の基本
        外界の周期に同調することは、他の生物リズムと共通しているが、同調因子が24時間明暗周期である点に概日リズムの特徴がある。
本節では、こうした三つの性質をもう少し詳しく説明するとともに、その生物学的機能とメカニズムについて概観します。

(1)恒常的条件の下で約24時間周期のリズムを示す。

@概日リズムは生物リズムである(発振源が生物に内在的である)(リズムの駆動力は生物内部にある)

生物にはミリ秒オーダーの周期を示す神経放電のリズムから、秒のオーダーの心拍のリズム、、、という具合に、様々な周期の生物リズムが折り重なっています(生物リズムのスペクトル図)(私たちのリズムと鞭毛藻ユーグレナ)。

こうした生物リズムの内因性を疑う学者は殆どいないと思いますが、こと概日リズムに関しては、未だに懐疑的な人たちがたくさんいると思います。懐疑を誘う最も基本的な原因は、概日リズムの周期が約24時間である、という点にあります。

    生物には、概日リズム、概潮汐リズム、概月リズム、と概年リズムなど、一括して概リズムと呼ばれる生物リズムがあります。これらは、どれも、環境適応のためのリズムであり、その周期は天体運動の周期と密接に関係しています。

    神経放電や心拍のリズム等の周期は、天体の運動周期とは全く無縁ですから、これらのリズムの発振源の内因性を疑う余地は全くありません。概リズムは、この点で対照的です。
     

もう一つ、概日リズムの内因性を疑わせる要因は、概日リズムの具体的な分子メカニズムが未だ不明である、という点にあります。生化学的訓練を積んできた人々とか、化学的なセンスの人々にとっては、具体的なモノが命です。目に見えるもの(手で触れるもの)や具体的な分子を明らかにしないかぎり、当の実体は存在しないかのように思う人々がたくさんいるのです。こうした人たちにとっては、概日リズムは未だ存在しません。尤も、この10年の間に、概日リズムの分子生物学は急速に進展したので、この事情はだいぶ緩和されていると思われます。

いずれにせよ、問題としているリズムが、恒常的条件の下で約24時間の周期を示すなら、そのリズムの内因性を疑うことはできないでしょう。

    まず第一に、生物に周期性を与える因子(後述のような同調因子、Zeitgeber)が恒常的環境のもとでは取り除かれているので、そのリズムの周期は生物自身のものに由来することが明らかです。

    第二に、周期が丁度24時間ではなく24時間より少しずれているという点も、リズムの内因性を証明するものです。恒常的環境を与えたつもりが、未知の24時間環境因子(測定器の24時間変動だったりする)を取り除くことを完全にできないということは大いにありうることです(だからこそ、「未知」の因子というのです)。しかし、生物の示す周期が24時間からずれているならば、この心配は要りません。
     

恒常的環境条件のもとで約24時間周期のリズムが継続する状態を、自由継続 free-running、と呼びます。また、そのときのリズムを自由継続リズムといい、周期を自由継続周期と名づけています。この時の、「自由」は free from an environmental time cue (or a synchronizer or a Zeitgeber)の自由です。同調因子から「解き放たれた」自由ということです。本ページでは、概リズムのうち概日リズムを中心に話をしますので、自由継続周期のことを概日周期と呼ぶことがあります。また、自由継続周期(概日周期)を単にτ(タウ)と呼ぶことが慣しとなっています。
    概日リズムのときだけ、わざわざこのように呼ぶのは、神経放電のリズムや心拍のリズムにはもともと外部環境に同調因子がないからです。
A概日周期は遺伝的である

概日リズムの周期は約24時間で、遺伝的に決められています。つまり、種に固有な値をとると同時に、種内でも個体に応じてバリエーションがある、ということです。すべての遺伝的形質がそうであるように、遺伝的な概日周期も、具体的に現われる場合には、環境条件による微妙な修飾を受けて発現します。
 

    概日リズムの研究によく使われる生物は、ショウジョウバエ、アカパンカビ、マウス、ハムスター、ラット、シロイヌナズナ、クラミドモナス、ユーグレナ、、、などで他の生物学研究にもよく使われている、いわゆる実験生物です。

    こうした実験生物の場合には、多くの場合個体差をなくすことがエッセンシャルな課題となります。全く同じゲノムセットを共有する個体たちは互いにクローン系を構成し、株strainと呼ばれます。例えば、私の実験生物は Euglena gracilisのZ株、という具合です。

    このような特別な条件を除き、自然条件のもとで自然に生息する生物たちは、同一種であろうとお互いに個体差があるのがふつうです(非性的生物を除く)。概日周期についても例外ではありません。
     

前述の実験生物の研究から、概日周期のミュータントが簡単にとれることが分かっています。アカパンカビの frq 遺伝子とショウジョウバエの per 遺伝子は最もよく研究されてきた遺伝子で、今日における分子生物学的概日リズム研究の格好の対象になっています。
  さて、例えばアカパンカビの野生株は、25℃、連続暗黒(恒暗、DD)のもとで 21.5 時間の概日周期を示しますが、単一変異株として16.5〜29.0 時間のものが得られています。それらを掛け合わせた多重変異株ですと、最短で13.7 時間、最長で58 時間の株まであります。
 
    ふつう、概日周期というと、20時間〜30時間を目処に考えますが、より厳密に言えば、どのような遺伝的周期であれ、そのリズムが24時間の明暗周期に同調できるもの(後述)であるならば、その周期を概日周期と呼ぶべきでしょう。
    また、概日周期が環境依存的であるということにも注意する必要があります。ひとの概日周期が25時間であるとか、24.3時間である、という表現は、実は厳密には正しくありません。概日周期が、恒常的環境の具体的条件によって微妙に異なるからです(後述)。
     
      例えば、Euglena gracilis Z では、同じ株が恒常的環境の違いに応じて、21〜32時間の周期を示します。
    上のアカパンカビの例では、あくまでも野生株のリズムを測定するふつうの条件(25℃、DD)で測定してみると、色々な周期のミュータントが採れた、ということなのです。
いずれにせよ、概日周期が遺伝的に決まっているという事実は、概日リズムの内因性を確証します。

B概日周期はなぜちょうど24時間ではないのか?

個々の生命現象には【機能】が備わっていることが普通です。概日周期が24時間から少しずれていることにも、機能的意義があることが知られています。

  • 【機能】とは、【全体】を構成している各々の【部分】が【全体】を構成するうえで果たす役割や作用のことです。生命について言えば【適応的役割】のこと、つまり、適応度を上げるうえでもつ作用のことです。

約24時間であることの機能については、(3)24時間明暗周期に同調するC昼夜周期の季節変化に対する適応

(2)自由継続周期の温度補償性

@生命現象速度の温度依存性

一般に生命現象の速度は周囲温度に強く依存して変化します。

私たちに最も馴染みの深い温度調節は、鳥類や哺乳類など恒温動物(内温動物)の体温維持機構であろうと思われます。寒冷条件の下でも高い活動性を保つ、ということがこの機構の基本です。
 

    私たちは、外温の高低にかかわらず主観的には殆ど同じ生命活動を営んでいます。また、外温に応じて熱を放出したり生産したりする生命活動は、意識下で静かに進行します。このため、私たちは、私たち(人間の)の生命活動が外温によらない、と錯覚し勝ちというか、外温の重要性を忘れ勝ちです。

    しかし、生命現象が温度に強く依存するからこそ、恒温動物は体温を維持するための機構を備えて、外温にかかわらず高い活動性を維持しようとするのです。

温度係数
こうした、温度依存性を示す指標として温度係数Q10がよく使われ、次式で定義されます。
 
    温度Tの時の反応速度をv、温度Tの時の反応速度をvとしています。温度差(T−T)を10度とすればQ10は単に反応速度の比を表しています。したがって、最も単純に温度係数は次のように述べることができます。
      温度係数は、反応温度を10℃上げたとき、反応速度は何倍になるかを表す指標である。
       
    物理的過程の場合温度係数は1前後の値をとります。物体が落下する速度とか、原子核が崩壊する速度とか、色素が光を吸収する速度とか、殆ど温度に依存しません。

    これに対し、純粋に化学的な反応の場合には、温度係数は2〜4の値をとります。「純粋に」ということは、酵素のような生体触媒が介在しない化学反応、という意味です。

    一方、生化学反応(酵素反応など)や細胞活動の場合には、その温度範囲に応じて温度係数が大きく異なるのが普通です。
     

      横軸に温度、縦軸に反応速度をとると、ベル状のカーブを描きます。このベルの頂上付近、つまり最適温度の周辺では、反応速度が温度変化に最も鈍感な領域です。温度係数は1前後の値になります。この最適温度を超えると、温度上昇に応じて反応速度が低下していく領域ですから、温度係数は1未満の値をとり、限りなく0に近づいてきます。

      最適温度に至るまでは、温度上昇に応じて反応速度は増加していきます。このため、温度係数は1より大きな値をとります。ある臨界温度以下では反応速度がゼロのような反応がたくさんありますが、その温度領域から臨界温度を超えたところを温度範囲にとれば、温度係数は無限大の値となります。

      いわゆる、生理学的な温度範囲で、かつ、最適温度より下の領域でみると温度係数は2〜4ということになります。
       

A自由継続周期の温度補償性

一般の生命活動が温度に大きく依存するのに対し、概日リズムの周期は殆ど温度に依存しません。温度係数は大体 0.85〜1.15の範囲に納まるのです。

この「温度に対する不依存性」を、温度補償性と表現します。それは、概日周期の温度不依存性が、純粋に物理的な過程の温度不依存性とは性質が全く異なるからです。言い換えると、概日周期の温度不依存性は、外温変化に対して概日周期を一定に保とうとする安定性を表しているのです。恒温動物の体温調節と、中身は全く異なりますが、外温変化に対する安定化メカニズムという形式においては同じことなのです。

事実、アカパンカビでは、温度補償性を欠いたミュータントが知られています。

当然のことながら、概日周期の温度係数も、概日周期の長さと同じように、遺伝的であると同時に環境条件にも微妙に左右されます。

    この温度補償の具体的な分子メカニズムは全く未知ですが、概日リズムが生物時計として機能的であるためにはエッセンシャルな性質であろうと思われます。温度変化に応じてリズムのテンポが変わっていたのでは、時計としては信頼を置けないからです。
B自由継続周期の安定性

自由継続周期の温度補償性は、あるリズムを概日リズムと認定するための試金石の一つとされてきた重要な性質です。しかし、このほかの様々な環境因子の変動に対しても概日周期は極めて安定です。概日周期の温度係数の場合と同じように、環境変動に対して全く反応しない、というわけではないことに注意して下さい。

種に固有な仕方で反応するのですが、概日周期の変動幅が小さくなるように抑えられているということです。
 

    面白い例として、アショフの法則があります。節足動物の一部や昼行性哺乳類に例外があるので厳密には法則と呼べませんが、何らかの傾向があるのかもしれない、というほどの意味で受け取って下さい。

    昼行性動物の場合、τDD>τLL τ弱光>τ強光 という関係が多くの場合成り立ち、夜行性動物の場合は、逆の関係が成り立つことが多いのです。 言い換えると、昼行性動物の場合は、光が強いほど概日リズムの速度が速くなり、夜行性動物の場合は逆に、光が強いほど概日リズムの速度が遅くなります。ただし、何度も言うように、速度の変動幅はごく小さいことに注意して下さい。
     

      例えば、下記の Ashoff(1979)の文献で示されている哺乳類のうち、最高の変動幅をもつものの一つはハツカネズミ Mus musculus ですが、0.01ルックスや0.1 ルックスの光照度(光強度の一つの尺度、室内は約300ルックス、月光の最高は約0.2ルックス、炎天下で最高約10万ルックス)で約23.5時間の周期を示すのに対し、100ルックスで約26.5時間になるのに過ぎません。つまり、光強度を千倍〜一万倍あげても周期の延長は13% (3/23.5)に過ぎないわけです。因みに、このハツカネズミの完全暗黒中での周期は約23.5時間です。

      詳細なデータと議論は、J. Aschoff (1979) Z. Tierpsychol. 49: 225-249, Circadian Rhythms: Influencec of Internal and External Factors on the Period Measured in Constant Conditions. に譲ります。
       

    一方、概日周期を変える分子の探索は40年以上も続けられています。その主な目的は、概日リズムのペースメーカー(駆動体、オッシレーター、ギア系などとも呼ぶ)の分子的実体を探ることにあります。周期を変えることのできる薬剤のターゲットはペースメーカーと強く関係しているだろう、というわけです。この点については、概日リズムのメカニズムのセクションで考察することにして、ここでは、
     
      重水やアルコール類を始め様々な化合物が概日周期を変えることができますが、その変動幅が小さく抑えられている、という点で、温度変化や光環境の変化に対する安定性と共通している、という点を指摘しておきたいと思います。
要するに、概日周期の変動枠はだいたい±10%前後に納まっている、ということです。これを超えるような刺激が仮にあったとしても、そのときは概日リズム自体が発現しないという状況になります。

(3)24時間明暗周期に同調する

概日リズムは遺伝的に固有な周期を示す、内因的な生物リズムです。しかし、昼夜の自然サイクルに同調することがなければ、むしろ厄介な代物になるはずです。このことは、時差ボケや夜勤症候群を思い浮かべれば(或いは実際に経験すればもっと)簡単に肯けるでしょう。

    生物学的慣性
      重いものほど動かしにくいということは日常的に経験することです。その動かしにくさを、物理学では慣性、慣性質量、或いは質量(この三つはどれも同じ)として表現します。
      力=(慣性質量)×(加速度)
      重さ=(慣性質量)×(重力加速度)

      私たちが、昼夜の交替に直接的に反応しているだけならば、時差ボケや夜勤症候群などは起こり得ません。しかし、事態は全く逆です。私たちの生理状態は、私たちの体内で自発的に(無意識的に)刻まれる概日リズムの状態によって決まるのです。昼夜の信号は、概日リズムの「時刻あわせ」に使われているだけです。

      急激な昼夜サイクルの変化に、概日リズムの「時刻あわせ」が間に合わないという状態が、時差ボケです。

生物リズムが自由継続するとは、自然サイクルとは無関係に独自のリズムを刻むということです。例えば、睡眠ー覚醒のリズムが外の昼夜とは無関係に進行すれば、真夜中なのに覚醒度最高、真昼なのに眠気最高という状態が訪れてしまうので、困ってしまいます(少なくとも産業社会以前の社会では)。真夜中に眠気最高で、真昼に覚醒度最高という状態を毎日作り出すことによって、昼行性動物は日中の活動を最適化できるのです。植物であれば、真昼に光合成能力を最高になるような調節機構をもっています。

概日リズムが外の周期条件に合わせることを同調 synchronization とかエントレインメント entrainment といい、環境中の周期因子を同調因子 synchronizer とか Zeitgeber (時刻告知因子) 或いは単に a time cue といいます。

同調状態では、概日リズムの周期は同調因子の周期と一致し、したがってまた概日リズムの位相は同調因子の位相と一致します。

    あとで詳しく述べますが、両者の位相が一致するとは、例えば先の例では、昼行性動物の覚醒度の最高が、自然における真昼に訪れ、植物の光合成能力の最高が自然における真昼に訪れるということです。
また、一つの生物には数え切れないほどの概日リズムが動いているわけですが、これら諸々の概日リズムの位相のお互いの関係も固定されていることに注意して下さい。ただし、概日リズムどうしの位相関係が崩れるのは内的脱同調と呼ばれる特殊な状態か、移行期transientと呼ばれる状態にかぎられます(後述)。

殆どすべての生物にとって、最も強力な自然同調因子は、24時間の明暗周期です。人間も例外ではありません。昼夜の交替の中で最も確実な信号は明暗のサイクルですから、このことは驚くにあたりません。湿度や温度も日周変動しますが、不規則な変動(ノイズ)が混じりすぎているのです。これに引き換え、日の出や日没の時刻は、毎日規則的に変化していくので、生物にとっては信頼に足る日周信号と言ってよいでしょう。

尤も、24時間の温度周期も、概日リズムの同調因子となることができます。が、24時間の明暗周期と比べた場合には弱い同調因子なのです。つまり、互いに矛盾したサイクルを同時に与えられたとき、生物は明暗周期の方に優先的に同調するのです。

以下、同調のメカニズムについて説明します。

@概日リズムの位相

どのような周期現象も、振幅、周期、位相、波形という四つのパラメータを示します。このうち、特に周期と位相がよく研究されています。もちろん、振幅や波形も重要なパラメータであることは心拍リズムを想定するだけで容易に分かるでしょう。概日リズムの場合には、波形の重要性まで研究するに至っていない場合が大半だ、というのが現状です。

さて、一周期のどこにあるかという状態を表す言葉が位相 phase です。数学や工学では位相角とも呼び、一周期を360度で表現するのが普通ですが、生物リズム学ではこの位相角の代わりに概日時刻(または概日時間) circadian time という言葉を用い、一周期を24時間で表します。
 

    リズムは、位相角0゜から360゜まで連続的に変化し、その間には無数の状態があります。生物の状態を表すために実際上は、0.1゜単位で表現すれば十分すぎます(というか、それ以上の精度の研究は現実的でない)。

    このことを、概日時間(CT)で表現してみましょう。生物は、CT00からCT24の間を(無数の状態をとりながら)連続的に変化していきます。しかし、実際問題としては、CTxx.yyの桁(或いは秒のオーダー)まで表現すれば十分でしょう。

    生物の状態は概日リズム的に時々刻々と連続的に変化していきます。その各状態を表す言葉が位相や概日時刻です。このうち、代表的な位相については特別な言葉をあてて表現します。
     

      まず、主観的昼と主観的夜。CT00〜CT12までを主観的昼 subjective day、CT12〜CT24(=CT00)の間を主観的夜 subjective night と呼びます。
       
        植物でいうと光合成能力の高い状態、昼行性動物でいうと体温や覚醒度が高い状態が主観的昼の状態です。主観的「昼」という言葉を用いていますが、あくまでもこれは生物にとっての位相(内的位相)、すなわち生理状態であることに注意して下さい。

        地球の昼夜のサイクルに同調しているときには、主観的昼は地球の昼に訪れ、主観的夜は夜に訪れますが、自由継続状態においては、全く無関係になることに注意して下さい。
         

      CT00 主観的夜明け(日の出)
      CT06 主観的真昼
      CT12 主観的黄昏(日没)
      CT18 主観的真夜中
      CT24=CT00 主観的夜明け となります。

      概日周期が30時間の場合、CT00からCT24に戻るまでに、30時間かかります。つまり、この生物の場合には、(物理的時間の1時間)=(概日時間スケールの0.8時間)です。(30×0.8=24)。
       

A光パルスによる位相応答曲線

位相応答曲線

光パルスには概日リズムの位相をシフトさせる効果があります。

  • 位相シフトとは?  概日リズムの位相をシフトさせる環境刺激には光を始め様々な因子があります。ここでは、概日リズムを連続暗黒中で自由継続させた状態で光パルス刺激を与えた場合について説明します。

    位相シフト(図)をみてください。パルス刺激によって元のリズムより早まったリズムになることを位相前進といいます。特定の位相(例えばピークの位相)の訪れる時刻が早まる場合です(↑の図では赤実線)。また、元のリズムより遅れることを位相後退といいます。特定の位相(例えばピークの位相)の訪れる時刻が遅くなります(↑の図では青実線)。↑の図から分かるように、パルス刺激をいつ与えるかに応じて位相シフトのパターンが異なります。

(い)パルス位相依存性

位相シフト効果は、光パルスを与える位相に応じて変化します。一例として、ウスグロショウジョウバエ羽化リズムの位相応答曲線をみてください。

  • この図では横軸に「光パルスを与えた位相」をとり、この光パルスによって誘発された位相シフト(位相変位)を縦軸にプロットしています。この場合、50ルックスの光を連続暗黒中に一回だけ15分間照射することによって誘発された位相シフトを示してあります。

  • パルスを与えた位相に応じて位相シフトの様子が異なることが一目瞭然です。下記にその概略をまとめますが、その他さまざまな生物の位相応答曲線から明らかなように、下記にまとめる反応特性(パターン)はすべての概日リズムに共通の特徴で、生物の種類に応じて異なるものではありません。つまり、概日リズムに固有な特性で、24時間明暗サイクルに同調するために不可欠な特性となっているのです。

    • 主観的昼の大半は、位相応答性がゼロか弱い位相です。

    • 主観的黄昏前後から主観的夜の前半にかけて、光パルスによる位相後退が強まっていきます。

    • 主観的夜の後半から主観的曙にかけては、これとは逆に、光パルスによる位相前進が弱まっていきます。

    • 主観的真夜中付近では、位相後退効果が前進効果に切り替わります。

(ろ)パルス強度依存性

  • パルス強度は、光強度が大きいほど、また、パルス期間が長いほど大きくなります。同じ位相にパルスを与えるなら、強いパルスほど位相シフト効果が強くなります。同調の模式図では、強いパルスによる位相応答曲線を実線で、弱いパルスによる位相応答曲線を破線で示してあります。

    • 異なる強度のパルスを用いて同じ位相シフトをおこすためには、異なる位相にパルスを与えなくてはなりません。

    • 同じ大きさの位相前進効果を得るためにも、また同じ大きさの位相後退効果を得るためにも、弱いパルスほど主観的真夜中に近い位相でパルスを受ける必要があります。

      • 全く同じことですが、パルスが強ければ強いほど、主観的真夜中より遠い位相で与えられなければなりません。

    • この特性は、季節的に変化する日の出・日の入りの時刻に適応的に同調するうえでとても重要です(後述)。

    (は)位相応答の瞬間性

  • 光パルスによる位相応答は光パルスの直後、瞬間的に起こります。

  • 位相応答のこの瞬間性は、2パルス実験によって確かめられています。一回目のパルスを与えたあと、二回目のパルスを与えるのです。一回目のパルスによる位相応答が完了する時期が、二回目のパルスを与える前か後かに応じて、二回目のパルスによる位相応答パターンは異なる筈です。

    この原理を用いたウスグロショウジョウバエによる2パルス実験(図)によって位相応答の瞬間性が証明されています。

    B一日、一回の光パルスによる同調

    24時間明暗周期は、明期と暗期が24時間毎に繰り返されます。明期の長さが15分(暗期は23時間45分間)であれ、12時間であれ、概日リズムは24時間明暗周期に同調します。

    同調が成立している場合には、24時間毎に 刄モ=τ−24 だけ瞬間的に位相シフトします。

    • 一般に、夜行性動物はτ<24時間、昼行性動物はτ>24時間です。

    • 21時間周期の夜行性動物は日毎に3時間位相後退することによって同調します:24時間明暗周期よりも、リズムは3時間速く回転するので、日毎に3時間遅らせる必要があるわけです。

    • 27時間周期の昼行性動物は日毎に3時間位相前進することによって同調します:24時間明暗周期よりも、リズムは3時間遅く回転するので、日毎に3時間早める必要があるわけです。

    • 夜行性動物(τ<24)は主観的黄昏前後の光によって同調し、昼行性動物(τ>24)は主観的暁前後の光によって同調することになります。

    同調までの移行期での振る舞い

      以上のように、同調が成立した段階では毎日同じ位相に光パルスを浴びます。しかし、同調が成立するまではどうでしょうか?

    • 24時間より短い概日周期、例えば21時間、をもつ生物は、日毎に3時間ずつリズムを遅らさなければなりません。
      • 同調が確立した状態では、3時間の位相後退を生ずる位相、すなわち主観的夜の前半に光パルスが落ちます。
        この状態が確立するまでを、移行期 transient と呼びます。
         
          例えば、最初の光パルスをCT00に受けたとしましょう。この位相は、位相前進、例えば(概日的時間スケールで)5時間、を与える位相です。
          これにより、光パルス直後の位相はCT05に変化します。

          二回目の光パルスを受ける位相はどこでしょうか? 24時間後ですが、CT29=CT05ではありません。今の場合、概日周期は21時間ですから、24時間後というのはCT05より3時間以上進んだ状態にあります。

            (物理的時間の21時間)=(概日時間スケールの24時間)ですから、
            (物理的時間の24時間)=(概日時間スケールの27.4時間)です。

            したがって、二回目の光パルスを受ける位相は、より正確には、CT05+CT27.4=CT08.4となります。
             

          このCT8前後、つまり主観的昼の後半は、光パルスを受けても位相シフトを誘発しない位相です。
          したがって、二回目の光パルスは位相シフトを誘発しません。

          三回目のパルスは、CT08.4+CT27.4=CT11.8に落ちますが、これも位相シフトを誘発しません。
          四回目のパルスは、CT11.8+CT27.4=CT15.2に落ちます。主観的夜の前半なので、位相後退を誘発します。それが丁度物理的時間で3時間であるとしましょう。この3時間は、概日時間スケールでは3.4時間ですから、四回目のパルス直後の位相はCT11.8になります。

          光パルスの落ちる位相は、CT00→CT8.4→CT11.8→CT15.2→CT15.2→CT15.2→・・・というように、最初は不安定ですが4回目以降はCT15.2と安定化されます。同調の成立です。
           

    • 24時間より長い概日周期、例えば27時間、をもつ生物は、日毎に3時間ずつリズムを早めなければなりません。
      • 同調が確立した状態では、3時間の位相前進を生ずる位相、すなわち主観的昼の前半に光パルスが落ちます(目覚めの一発です)。
         
          例えば、前例と同じように、最初の光パルスをCT00に受けたとしましょう。前例では(概日時間スケールで)5時間の位相前進を与える位相としましたから、本例でもそのようにします。これにより、光パルス直後の位相はCT05に変化します。

          二回目の光パルスを受ける位相を計算します。
           

            (物理的時間の27時間)=(概日時間スケールの24時間)ですから、
            (物理的時間の24時間)=(概日時間スケールの21.3時間)です。

            したがって、二回目の光パルスを受ける位相は、CT05+CT21.3=CT02.3となります。
             

          CT02.3はCT00よりも、小さな位相前進を与える位相です。これを概日時間スケールで3時間としますと、パルス直後の位相はCT05.3となります。

          三回目のパルスは、CT05.3+CT21.3=CT02.6に落ちます。二回目よりほんの少し遅い位相です。したがって、この光パルスによって誘発される位相前進も、ほんの少し小さくなります。これを概日時間スケールで2.7時間(物理的時間では3時間)としますと、このパルスの直後の位相はCT05.3です。

          こうして、パルス位相は、順にCT00→CT02.3→CT02.6→CT02.6→・・・と、三回目で安定化されます。

    C昼夜周期の季節変化に対する適応

    光周性 その1:光周的位相調整

  • 冬至から夏至にかけて、日毎に日の出は早まり日の入りは遅くなります。この季節変化に適応するためには、冬至から夏至にかけて昼行性動物は日毎に位相を早め夜行性動物は日毎に位相を遅らす必要があり、また実際に行っています。どのようなメカニズムが働いているのでしょうか。

  • 24時間毎に 刄モ=τ−24 だけ瞬間的に位相シフトすることによって同調することに変わりはありません。以下、冬至から夏至にかけての夜行性動物(τ<24)の振る舞いについて考えます。

    @冬至から夏至にかけて日長は長くなりますから、パルス強度は強くなります。このため、光パルスによる位相後退効果が日毎に強まっていきます。

    • つまり、昨日よりは今日のほうが大きな位相後退を引き起こすのです。

      • もちろん、実際には毎日、同じ、刄モ=τ−24だけの位相後退を行っていないと同調できません。言い換えると、パルス強度の増大に伴う日毎の位相後退の増大を抑制して、日毎の位相後退を一定に保つ仕組みがあるはずなのです。

    • この仕組みを理解するためには、パルス位相の日毎の変化に着目する必要があります。すなわち、、、

      • 光パルス(つまり、環境位相)に対しリズムの位相が後退するということは、光パルスを受ける位相の方は日毎に早まるという事実です。このため、冬至から夏至にかけての日毎のパルス強度の増大は、位相後退効果の日毎の増大を抑える、↓のような効果を同時にもつことになるのです。

    A(主観的夜の前半の)より早い位相ほど光パルスによる位相後退効果は弱まります。

    Bこのように、以上の二つの効果が相殺しあって、毎日、同じ、刄モ=τ−24だけの位相後退を行って同調しているわけです。

    • 二つの効果とは、@日長延長(パルス強度の増大)による位相後退効果の増大とA@によってもたらされるパルス位相の早まりによる位相後退効果の減少のことです。

  • こうして、夜行性動物は冬至から夏至にかけて日毎に位相を遅らせることによって日没の遅れに適応していくことができるのです。

  • 夏至から冬至にかけては全く逆のことが起こります。また、昼行性動物(τ>24)は夜行性動物と全く逆の振る舞いを見せます。

  • 以上の関係は、同調の模式図に図解してあります

    D夜長測定

    光周性 その2:光周的誘導

  • ここでは、概日リズムの形式的特徴というテーマから大きくずれますが、光周的な日長または夜長の測定に概日リズムが関与している事実について説明します。