概日リズムは、次の三つの性質をもつ生物リズム(発振源が生物内部にあるリズム)です。
周期が長いことは、他の生物リズムにはない特徴である
温度による周期変化は極めて小さいこと(温度係数は0.85〜1.15)も他の生物リズムにない特徴である 温度に限らず、概日周期は環境変動に対し極めて安定である
外界の周期に同調することは、他の生物リズムと共通しているが、同調因子が24時間明暗周期である点に概日リズムの特徴がある。
(1)恒常的条件の下で約24時間周期のリズムを示す。 @概日リズムは生物リズムである(発振源が生物に内在的である)(リズムの駆動力は生物内部にある) 生物にはミリ秒オーダーの周期を示す神経放電のリズムから、秒のオーダーの心拍のリズム、、、という具合に、様々な周期の生物リズムが折り重なっています(生物リズムのスペクトル図)(私たちのリズムと鞭毛藻ユーグレナ)。 こうした生物リズムの内因性を疑う学者は殆どいないと思いますが、こと概日リズムに関しては、未だに懐疑的な人たちがたくさんいると思います。懐疑を誘う最も基本的な原因は、概日リズムの周期が約24時間である、という点にあります。
神経放電や心拍のリズム等の周期は、天体の運動周期とは全く無縁ですから、これらのリズムの発振源の内因性を疑う余地は全くありません。概リズムは、この点で対照的です。
いずれにせよ、問題としているリズムが、恒常的条件の下で約24時間の周期を示すなら、そのリズムの内因性を疑うことはできないでしょう。
第二に、周期が丁度24時間ではなく24時間より少しずれているという点も、リズムの内因性を証明するものです。恒常的環境を与えたつもりが、未知の24時間環境因子(測定器の24時間変動だったりする)を取り除くことを完全にできないということは大いにありうることです(だからこそ、「未知」の因子というのです)。しかし、生物の示す周期が24時間からずれているならば、この心配は要りません。
概日リズムの周期は約24時間で、遺伝的に決められています。つまり、種に固有な値をとると同時に、種内でも個体に応じてバリエーションがある、ということです。すべての遺伝的形質がそうであるように、遺伝的な概日周期も、具体的に現われる場合には、環境条件による微妙な修飾を受けて発現します。
こうした実験生物の場合には、多くの場合個体差をなくすことがエッセンシャルな課題となります。全く同じゲノムセットを共有する個体たちは互いにクローン系を構成し、株strainと呼ばれます。例えば、私の実験生物は Euglena gracilisのZ株、という具合です。 このような特別な条件を除き、自然条件のもとで自然に生息する生物たちは、同一種であろうとお互いに個体差があるのがふつうです(非性的生物を除く)。概日周期についても例外ではありません。
B概日周期はなぜちょうど24時間ではないのか? 個々の生命現象には【機能】が備わっていることが普通です。概日周期が24時間から少しずれていることにも、機能的意義があることが知られています。
約24時間であることの機能については、(3)24時間明暗周期に同調するC昼夜周期の季節変化に対する適応 (2)自由継続周期の温度補償性 @生命現象速度の温度依存性 一般に生命現象の速度は周囲温度に強く依存して変化します。 私たちに最も馴染みの深い温度調節は、鳥類や哺乳類など恒温動物(内温動物)の体温維持機構であろうと思われます。寒冷条件の下でも高い活動性を保つ、ということがこの機構の基本です。
しかし、生命現象が温度に強く依存するからこそ、恒温動物は体温を維持するための機構を備えて、外温にかかわらず高い活動性を維持しようとするのです。 こうした、温度依存性を示す指標として温度係数Q10がよく使われ、次式で定義されます。 ![]()
これに対し、純粋に化学的な反応の場合には、温度係数は2〜4の値をとります。「純粋に」ということは、酵素のような生体触媒が介在しない化学反応、という意味です。 一方、生化学反応(酵素反応など)や細胞活動の場合には、その温度範囲に応じて温度係数が大きく異なるのが普通です。
最適温度に至るまでは、温度上昇に応じて反応速度は増加していきます。このため、温度係数は1より大きな値をとります。ある臨界温度以下では反応速度がゼロのような反応がたくさんありますが、その温度領域から臨界温度を超えたところを温度範囲にとれば、温度係数は無限大の値となります。 いわゆる、生理学的な温度範囲で、かつ、最適温度より下の領域でみると温度係数は2〜4ということになります。
一般の生命活動が温度に大きく依存するのに対し、概日リズムの周期は殆ど温度に依存しません。温度係数は大体 0.85〜1.15の範囲に納まるのです。 この「温度に対する不依存性」を、温度補償性と表現します。それは、概日周期の温度不依存性が、純粋に物理的な過程の温度不依存性とは性質が全く異なるからです。言い換えると、概日周期の温度不依存性は、外温変化に対して概日周期を一定に保とうとする安定性を表しているのです。恒温動物の体温調節と、中身は全く異なりますが、外温変化に対する安定化メカニズムという形式においては同じことなのです。 事実、アカパンカビでは、温度補償性を欠いたミュータントが知られています。 当然のことながら、概日周期の温度係数も、概日周期の長さと同じように、遺伝的であると同時に環境条件にも微妙に左右されます。
自由継続周期の温度補償性は、あるリズムを概日リズムと認定するための試金石の一つとされてきた重要な性質です。しかし、このほかの様々な環境因子の変動に対しても概日周期は極めて安定です。概日周期の温度係数の場合と同じように、環境変動に対して全く反応しない、というわけではないことに注意して下さい。 種に固有な仕方で反応するのですが、概日周期の変動幅が小さくなるように抑えられているということです。
昼行性動物の場合、τDD>τLL τ弱光>τ強光 という関係が多くの場合成り立ち、夜行性動物の場合は、逆の関係が成り立つことが多いのです。 言い換えると、昼行性動物の場合は、光が強いほど概日リズムの速度が速くなり、夜行性動物の場合は逆に、光が強いほど概日リズムの速度が遅くなります。ただし、何度も言うように、速度の変動幅はごく小さいことに注意して下さい。
詳細なデータと議論は、J. Aschoff (1979) Z. Tierpsychol. 49:
225-249, Circadian Rhythms: Influencec of Internal and External Factors
on the Period Measured in Constant Conditions. に譲ります。
(3)24時間明暗周期に同調する 概日リズムは遺伝的に固有な周期を示す、内因的な生物リズムです。しかし、昼夜の自然サイクルに同調することがなければ、むしろ厄介な代物になるはずです。このことは、時差ボケや夜勤症候群を思い浮かべれば(或いは実際に経験すればもっと)簡単に肯けるでしょう。
私たちが、昼夜の交替に直接的に反応しているだけならば、時差ボケや夜勤症候群などは起こり得ません。しかし、事態は全く逆です。私たちの生理状態は、私たちの体内で自発的に(無意識的に)刻まれる概日リズムの状態によって決まるのです。昼夜の信号は、概日リズムの「時刻あわせ」に使われているだけです。 急激な昼夜サイクルの変化に、概日リズムの「時刻あわせ」が間に合わないという状態が、時差ボケです。 概日リズムが外の周期条件に合わせることを同調 synchronization とかエントレインメント entrainment といい、環境中の周期因子を同調因子 synchronizer とか Zeitgeber (時刻告知因子) 或いは単に a time cue といいます。 同調状態では、概日リズムの周期は同調因子の周期と一致し、したがってまた概日リズムの位相は同調因子の位相と一致します。
殆どすべての生物にとって、最も強力な自然同調因子は、24時間の明暗周期です。人間も例外ではありません。昼夜の交替の中で最も確実な信号は明暗のサイクルですから、このことは驚くにあたりません。湿度や温度も日周変動しますが、不規則な変動(ノイズ)が混じりすぎているのです。これに引き換え、日の出や日没の時刻は、毎日規則的に変化していくので、生物にとっては信頼に足る日周信号と言ってよいでしょう。 尤も、24時間の温度周期も、概日リズムの同調因子となることができます。が、24時間の明暗周期と比べた場合には弱い同調因子なのです。つまり、互いに矛盾したサイクルを同時に与えられたとき、生物は明暗周期の方に優先的に同調するのです。 以下、同調のメカニズムについて説明します。 @概日リズムの位相 どのような周期現象も、振幅、周期、位相、波形という四つのパラメータを示します。このうち、特に周期と位相がよく研究されています。もちろん、振幅や波形も重要なパラメータであることは心拍リズムを想定するだけで容易に分かるでしょう。概日リズムの場合には、波形の重要性まで研究するに至っていない場合が大半だ、というのが現状です。 さて、一周期のどこにあるかという状態を表す言葉が位相
phase です。数学や工学では位相角とも呼び、一周期を360度で表現するのが普通ですが、生物リズム学ではこの位相角の代わりに概日時刻(または概日時間)
circadian time という言葉を用い、一周期を24時間で表します。
このことを、概日時間(CT)で表現してみましょう。生物は、CT00からCT24の間を(無数の状態をとりながら)連続的に変化していきます。しかし、実際問題としては、CTxx.yyの桁(或いは秒のオーダー)まで表現すれば十分でしょう。 生物の状態は概日リズム的に時々刻々と連続的に変化していきます。その各状態を表す言葉が位相や概日時刻です。このうち、代表的な位相については特別な言葉をあてて表現します。
地球の昼夜のサイクルに同調しているときには、主観的昼は地球の昼に訪れ、主観的夜は夜に訪れますが、自由継続状態においては、全く無関係になることに注意して下さい。
CT06 主観的真昼 CT12 主観的黄昏(日没) CT18 主観的真夜中 CT24=CT00 主観的夜明け となります。 概日周期が30時間の場合、CT00からCT24に戻るまでに、30時間かかります。つまり、この生物の場合には、(物理的時間の1時間)=(概日時間スケールの0.8時間)です。(30×0.8=24)。
位相応答曲線 光パルスには概日リズムの位相をシフトさせる効果があります。
(い)パルス位相依存性 位相シフト効果は、光パルスを与える位相に応じて変化します。一例として、ウスグロショウジョウバエ羽化リズムの位相応答曲線をみてください。
(ろ)パルス強度依存性
(は)位相応答の瞬間性 この原理を用いたウスグロショウジョウバエによる2パルス実験(図)によって位相応答の瞬間性が証明されています。 B一日、一回の光パルスによる同調 24時間明暗周期は、明期と暗期が24時間毎に繰り返されます。明期の長さが15分(暗期は23時間45分間)であれ、12時間であれ、概日リズムは24時間明暗周期に同調します。 同調が成立している場合には、24時間毎に 刄モ=τ−24 だけ瞬間的に位相シフトします。
同調までの移行期での振る舞い
この状態が確立するまでを、移行期 transient と呼びます。
これにより、光パルス直後の位相はCT05に変化します。 二回目の光パルスを受ける位相はどこでしょうか? 24時間後ですが、CT29=CT05ではありません。今の場合、概日周期は21時間ですから、24時間後というのはCT05より3時間以上進んだ状態にあります。
(物理的時間の24時間)=(概日時間スケールの27.4時間)です。 したがって、二回目の光パルスを受ける位相は、より正確には、CT05+CT27.4=CT08.4となります。
したがって、二回目の光パルスは位相シフトを誘発しません。 三回目のパルスは、CT08.4+CT27.4=CT11.8に落ちますが、これも位相シフトを誘発しません。
光パルスの落ちる位相は、CT00→CT8.4→CT11.8→CT15.2→CT15.2→CT15.2→・・・というように、最初は不安定ですが4回目以降はCT15.2と安定化されます。同調の成立です。
二回目の光パルスを受ける位相を計算します。
(物理的時間の24時間)=(概日時間スケールの21.3時間)です。 したがって、二回目の光パルスを受ける位相は、CT05+CT21.3=CT02.3となります。
三回目のパルスは、CT05.3+CT21.3=CT02.6に落ちます。二回目よりほんの少し遅い位相です。したがって、この光パルスによって誘発される位相前進も、ほんの少し小さくなります。これを概日時間スケールで2.7時間(物理的時間では3時間)としますと、このパルスの直後の位相はCT05.3です。 こうして、パルス位相は、順にCT00→CT02.3→CT02.6→CT02.6→・・・と、三回目で安定化されます。 光周性 その1:光周的位相調整 @冬至から夏至にかけて日長は長くなりますから、パルス強度は強くなります。このため、光パルスによる位相後退効果が日毎に強まっていきます。
A(主観的夜の前半の)より早い位相ほど光パルスによる位相後退効果は弱まります。 Bこのように、以上の二つの効果が相殺しあって、毎日、同じ、刄モ=τ−24だけの位相後退を行って同調しているわけです。
光周性 その2:光周的誘導 |