生物リズム学概論       

A概日リズムと生命サイクル     
(ろ)概日リズムと細胞周期


生物リズムの意義は、この問題の最も熱狂的な研究者が期待し続けてきたよりも、はるかに超えたものとなるだろう。
それは、生物時計が物質の無機的機能と生物学的機能との間の明確な絆を構成するからである。
したがって、生物リズムの本性を理解することは、生命自体の創生をより深く理解することにつながる。
(JT Fraser, The Genesis and Evolution of Time,1982)
(自然界における5つの時間、道家達将・山崎正勝監訳を改変)

準備中

とりあえず、下記の英語要約を参照して下さい。
The 4th International Symposium on Bioscience and Human-Technology, Natl Inst Bioscience and Human-Technology, Tsukuba, Feb 5-6, 1997. Circadian control of cell division cycles in algae. Another tales of two clocks. (現在の主な研究課題)

また、98年度学会講演要旨もご覧下さい。 

 

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講義レジュメ

概日リズムによる細胞分裂タイミングの制御
概日リズムの三つの試金石と細胞分裂タイミング
  結論(1)細胞分裂のタイミングは概日リズムによって「関門制御」されている。
細胞周期(プロパーの)研究者による反論
  同調培養の場合
  自由継続条件の場合
  結論(2)概日リズムと細胞周期は独立なメカニズムである。両者がカップリングする時には、概日リズムが細胞分裂のタイミングを制御する。
概日チェックポイント機構(gating phenomena)
  概日チェックポイント
  DNAフローサイトメトリの実験から
    DNAフローサイトメトリ
    細胞周期と概日リズムが脱共役しているとき
    概日リズムが細胞分裂タイミングを制御しているとき
S期突入(G1期脱出)、G2/M期突入(S期脱出)、G1期突入(G2/M期脱出)の概日リズム
主観的昼には、G2/M期突入とG1期突入が抑制されている。つまり、概日チェックポイントは主観的昼におけるS期抑制、及びG2/M期抑制である。
S期突入(G1期脱出)は概日リズムを示すように思われるが、G1期抑制がかかっているのかどうかは不明。
     染色体観察の実験から
       概日チェックポイントの一つ、主観的昼におけるG2/M期抑制を特定するために染色体観察を行った。
       主観的昼にG2期の細胞は存在するのに、M期の細胞は存在しないから、G2期抑制されていることが明らかとなった。    


はじめに

細胞周期 cell cycle も概日リズムもどちらも、周期現象の駆動力が細胞自身にあるという点で、生物リズムと呼ぶことができます。非性的単細胞生物にとって、細胞周期 cell cycle は生命そのもの(或いは細胞そのもの)であり、生命の骨格リズムなのだ、という点については何度も述べてきました。これに対し、概日リズムは生命が24時間周期で変転する地球環境(生物的環境も含むことに注意)に適応するための、環境適応リズムです。

    細胞周期 cell cycle を欠落した細胞は存在し得ませんが、概日リズムを欠いても(少なくとも実験条件という「保護された」環境のもとでは)細胞周期 cell cycle は持続します。
細胞分裂は、細胞周期 cell cycle のひとこまであり、真核生物であれば有糸分裂期(M期)のことを指します。このタイミングが24時間周期でもってリズミカルに変動することは古くから知られていたのですが、このリズムが概日リズムであるということが証明されたのは、約40年前(1958年)のことです。以来、概日リズム的な細胞分裂タイミングを示す事例数は着実に増えてきました。その一方、細胞分裂のタイミングに対する概日リズムの制御について、主に、その制御介在の有無を巡って論争されてきました。

本稿では、この論争をまとめるとともに、概日リズムがどのようなメカニズムによって細胞周期 cell cycle のタイミングを制御しているのか、について現在明らかになっていることを説明します。

概日リズムによる細胞分裂タイミングの制御

まず、最大の誤解を解いておかなければなりません。すなわち、概日リズムは、現象論的に定義されている、という点です。言い換えると、分子メカニズムがどうあれ、細胞分裂のタイミングが先述の三つの試金石を満たすならば、それは概日リズムによって制御された現象なのだ、と結論できるという点です。

    細胞分裂という言葉は、有糸分裂または無糸分裂を指すのに用いられる言葉で、M期と同義です。M期の最後に細胞質分裂 cytokinesis がおこって、細胞が二つに分離します。
これと殆ど同じことですが、細胞周期研究者の中には、細胞分裂タイミングの約1日周期の変化を、概日リズムを介さずに説明しようと試みる人たちがいました。すなわち、細胞分裂タイミングの約1日周期の変化は、細胞周期のメカニズムによって引き起こされるのだ、と主張するのです。しかし、前段で説明したように、もしその約1日周期の変化が三つの試金石を満足するならば、それは概日リズムなのです。

つまり、この問題を巡っては少なくとも二つの問題があるのです。

    (1)細胞分裂タイミングは概日リズムによる制御を受けているか
    (2)もし、概日リズムであるならば、細胞周期のメカニズムと概日リズムのメカニズムはどのように関係しているのか
(1)細胞分裂タイミングが概日リズムであることの証拠

この証拠を提出することは簡単です。先述の三つの試金石をチェックすれば良いだけだからです。

既述のように、この証拠が初めて報告されたのは約40年前のことです(Sweeney, B.M & Hastings (1958) J. Protozool. 5, 217-224.)。赤潮の構成藻の一つ、海産の渦鞭毛藻 Gonyaulax polyedra (以下、ゴニアウラックス)を用いた研究です。その後、様々な生物を用いて細胞分裂タイミングの概日リズム性が調べられてきましたが、特に念入りに研究されたのは鞭毛藻の Euglena gracilis (以下、ユーグレナ)です。

これに対し、緑藻 Chlamydomonas reinhardtii (以下、クラミドモナス)の細胞分裂タイミングの場合には、つい最近まで概日リズムの制御を否定する見解が有力でした。PCL John を中心とする研究者たちは、様々な実験をおこなうことにより、ある場合には細胞分裂のタイミングのリズムが約一日から大きくずれることや、またある場合にはタイミングがリズミカルに変動しなくなること、またある場合には他の生物の概日リズムの位相を変異させることで知られる薬剤がクラミドモナスの細胞分裂タイミングには影響しないことなどを理由に、概日リズムの制御性を否定する「証拠」を出し続けてきたのです。

しかし、何度も述べるように、概日リズムであるかどうかは三つの試金石を満たすかどうかです。メカニズムは全く不問なのです。また、概日リズムがある条件では消失するという事実は、他の条件では細胞分裂タイミングが概日リズムとなる、ということを否定するものではありません。その他、更に細かいこともあるのですが、クラミドモナスにおける細胞分裂タイミングが概日リズムであることを立証したのは Goto, K. and Johnson, C.H. (1995) J. Cell Biol. 129, 1061-1069. です(Medlineによるabstract)。

(2)細胞分裂タイミングの概日制御:関門現象

次は、細胞周期時計と概日リズム(概日時計)の関係です。二つの考え方があります。一つは、細胞周期時計と概日リズムとは独立のメカニズムであるとする立場です。この場合、ある条件の下では、概日リズムが細胞周期時計の位相進行(例えば、細胞分裂のタイミング)を制御すると考えます。もう一つは、両メカニズムはリズム発振機構を共有していると考えます。

後者の立場の仮説で最も合理的なものは SW Chisholm を中心とする人たちの研究です(Vaulot, D. & Chisholm, S.W.(1987) J. Plankton Res. 9:345-366)。概日リズムの定義に関する彼女たちの誤解を別にすれば、その主張の要点は、細胞分裂タイミングの「約24時間周期リズム」は、細胞集団の平均的世代時間で説明できる、ということです。
 

    繰り返しますが、仮にそうだとしても、「約24時間周期リズム」が三つの試金石を満足する限り、それが概日リズムであることに変わりはありません(この点が、彼女たちの誤解)。言い換えると、彼女たちの試みは、細胞分裂タイミングの概日リズムが、どのようなメカニズムによって生成されているのか、という点を明らかにしようとするものです。
     
さて、では二つの考え方のうち、どちらが正しいのか?結論は前者の独立説です。その決定的な証拠も前記論文{Goto, K. and Johnson, C.H. (1995) J. Cell Biol. 129, 1061-1069.(Medlineによるabstract)}に提出しました。すなわち、クラミドモナスの細胞分裂タイミングの概日リズムの周期は、細胞周期の進行速度と無関係であることを示したのです。言い換えると、細胞分裂タイミングの概日リズムは、細胞周期の進行速度からは完全に独立なのです。この独立性は、細胞分裂タイミングの概日リズムを示す増殖曲線をみれば一目瞭然ですが、何故か、Chisholm らの仮説を否定するのに言及した人はいなかったようです。
    もう一つ、Chisholm らの仮説を否定する論拠を述べておきましょう。細胞集団の平均世代時間(細胞周期の長さの平均値)によって、細胞分裂タイミングの概日リズムを説明するためには、概日リズムの一サイクルで、すべての細胞が分裂を完了しないといけません。すなわち、例えば 細胞数 対 時間 をプロットした増殖曲線は(細胞が分裂する主観的夜と細胞が分裂しない主観的昼が交互に現われるため)階段状になるのですが、主観的夜の間に細胞数は二倍になるはずなのです(一つのステップで細胞数は二倍になる:このことをステップサイズが2である、といいます)。ところが、殆どの場合、ステップサイズは2未満です。

    彼女たちの仮説を更に否定するもう一つの論拠を挙げておきます。くどいですが。すなわち、彼女たちの仮説に随えば、培養の経過につれて、階段の平坦部がだんだん緩やかな坂になっていくはずです。細胞周期長の細胞間ばらつきのため。ところが、細胞分裂タイミングの概日リズムを示す増殖曲線は、いつまでも綺麗な平坦部を保つのが普通です。

次に、関門現象 gating phenomena について説明します。

この言葉は、多分、CS Pittendrigh がショウジョウバエの羽化が、主観的夜明け前後ににも限定される現象を指すのに用いたものでしょう。その弟子、LN Edmunds, Jr. が1960年代の後半から、ユーグレナの細胞分裂が主観的夜に限定される現象を指すのに好んで用いることになったのだと思います。

さて、前述のように、細胞分裂タイミングの概日リズムにおいては、通常ステップサイズは2未満です。このことの意味を少し考えてみましょう。多くの真核単細胞生物の場合、細胞質分裂 cytokinesis が起こるのは主観的夜のみです。主観的昼には細胞質が分裂しないので細胞の数は増えません。この細胞数一定の平坦期(主観的昼)に引き続き、主観的夜が訪れて細胞の数が増えます。

このとき、平坦期(主観的昼)にあった細胞のすべてが主観的夜に細胞質分裂するわけではありません(ステップサイズは2未満)。では、この主観的夜に分裂できなかった細胞はいつ分裂するのでしょうか?次の主観的夜か、次の次の主観的夜です。

では、何故、引き続く主観的昼には分裂できないでしょうか?最も自然なのは、主観的昼には分裂を抑制されている、と考えることでしょう。細胞周期長が「量子化」されていると考えることもできますが、概日リズムの制御が効いていない場合には細胞周期長が連続的に分布するとの証拠があります。

    例えば、ユーグレナを連続照明のもとに培養すると、細胞分裂タイミングの概日リズムが消滅します(概日リズム全般が消滅したかどうかを判定するための証拠はユーグレナにはありません)。このとき、光の強さに応じて細胞周期長が連続的に短縮されるのです(最短、約12時間)。

    したがって、細胞周期長の「量子化」が起こっていたとしても、それは、概日リズムによる制御に由来するのです。

主観的昼における分裂抑制という考え方は、次の点を考慮するといっそう支持されます。つまり、細胞分裂(M期)に要する時間は一般にごく短いということです。ユーグレナでもせいぜい4時間ほどです。仮に平均世代時間を30時間としてみましょう。細胞分裂タイミングの概日リズムの周期は26時間です。前述の最初の主観的夜に分裂できなかった細胞の細胞周期長を概算すると、まず、最初の主観的夜の直前の主観的昼の初めにG1期がスタートするとします(最短の見積です)。最初の主観的夜に分裂しないのですから、最短で見積もると、次の主観的夜の初めに分裂することになります。この間、26+13=39時間です。 この細胞は、恐らく最初の主観的夜の直後の主観的昼には(G1期スタートから数えて26〜39時間の間のどこかで)分裂準備が整っていたと考えるのが自然でしょう。ただ、それが主観的昼であるということだけが「準備未了」だというわけです。

後でもっと決定的な証拠について述べます。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

同調培養について