| 生物リズム学概論
A概日リズムと生命サイクル
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| 生物リズムの意義は、この問題の最も熱狂的な研究者が期待し続けてきた よりも、はるかに超えたものとなるだろう。それは、生物時計が物質の無 機的機能と生物学的機能との間の明確な絆を構成するからである。したが って、生物リズムの本性を理解することは、生命自体の創生をより深く理 解することにつながる。 |
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(JT Fraser, The Genesis and Evolution of Time,1982)
(自然界における5つの時間、道家達将・山崎正勝監訳を改変) |
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はじめに (1)生命の骨格リズム 生命とは遺伝的プログラムの実現としての生命サイクルである、と私は規定しました。非性的な単細胞生物の場合、生命サイクルは単に細胞周期 cell cycle のことです。性的な多細胞生物の場合には、受精卵の誕生から、成長・成熟して、再び受精卵として「生まれ変わる」までの過程になります。前者の位相進行を調節するメカニズムは細胞周期時計 cell cycle clocks とか、細胞周期エンジン cell cycle engine、或いは MPFタイマーなどと呼ばれています。後者の位相進行を調節するメカニズムは、発生時計とか発生・成熟時計と呼ぶことができるでしょう。 前ページ(@概日リズムの形式的特徴)で「位相」については説明しました。細胞周期の位相を最も大略的に分類しますと、S期(DNA複製期)→G2期(第二間期または有糸分裂準備期)→M期(有糸分裂期)→G1期(第一間期またはDNA複製準備期)→S期となります。性的生物の生命サイクルの位相は、例えば人間の場合、受精卵→胚→胎児→新生児→幼児→少年期→思春期→成人→受精卵などとなります。もちろん、既述のように、位相進行は連続的過程ですから、論理的には位相は無限個あることに注意して下さい。位相は、瞬間的状態なのです。 つまり、生命の瞬間は、必ず生命サイクルの位相となっているわけです。生命サイクルの位相をもたない「生命」は存在し得ないのです。もっと本質的なことは、生命の瞬間(生命サイクルの一位相)は、直前の位相によって作られ直後の位相を準備する、という点にあります。この位相進行こそ、生命の本質です。 その基本的な遺伝的プログラムについては、現代生物学の最もホットな研究課題になっています。
→発生生物学(英語)(とてもすばらしいサイトです。ひとの胚発生の写真だけでもご覧あれ) 生命サイクルのリズム(生命サイクルの位相進行)は生命そのものですから、生命の基本リズム(生命の骨格リズム)と呼んでよいでしょう。これに対し、概日リズムは、24時間周期で変転する地球環境(問題にしている一つの生物にとっては、他の生物もその一部)に対する適応のためのリズムとなっています。 生命サイクルのリズムは、概日リズムがなくても動きます。事実、細胞周期や発生に関する研究の99.99%は、概日リズムとの関係を遮断して行われています。しかし、自然界においては、生命サイクルの特定の事象(例えば、細胞分裂とか産卵や排卵)は、一日の特定の時間、つまり概日リズムの特定の位相にのみ起こるように調節されています。このように、ある事象が概日リズムの特定の位相にのみ all or nothing 的に生起することを、関門現象といいます。 したがって、生命を具体的に理解するためには、概日リズムによる生命サイクルの調節を明らかにしなければなりません。ここで、二つの点に注意しておきたいと思います。一つは、前述の通り、生命サイクルは概日リズムの関与がなくても進行する、という点です。もう一つは、概日リズムによる生命サイクルのタイミング制御は、生命サイクルの位相進行に対する抑制である、という点です。つまり、例えば、産卵の準備自体は生命サイクル時計の位相進行によって行われます。言い換えると、準備万端に整えるのは生命サイクル時計のはたらきによるものです。しかし、(生命サイクル時計としては)万事整っていても、適正な時間帯でなければ、抑制されるのです。
生命サイクルとしての細胞周期
以下の記述においては、概ね95年頃までの知見が用いられている。細胞周期調節のメカニズムの基本的枠組みは、80年代後半には解明されていて、それ以降の研究は、分子的な詳細化に努めている、といえるだろう。分子的詳細についてのレビューは、→JA Huberman による総説(英語)(updated on 12/03/96)の更新に期待したい。 細胞周期エンジンとチェックポイント 細胞周期エンジンと細胞周期マーカー(時計と針)
細胞周期の時間的順序を保証するメカニズム 相対的タイミング 正常な条件の下では、DNA複製が完了しないと有糸分裂は起こらない。このような厳密な時間的順序を保証するために、二つのメカニズムが作用している。 初期胚では、細胞周期エンジンの進行と末端事象の進行との相対的タイミングが調整されている。すなわち、MPFの活性化はDNA複製よりも遅く進行する。有糸分裂はMPFの活性化によって誘発される過程であるから、このタイミングの差により、有糸分裂が誘発される前にDNA複製が完了していることになる。また、活性化MPFの崩壊過程は、紡錘体の重合過程よりもゆっくりと進行する。有糸分裂アナフェーズ(後期)は活性化MPFの崩壊によって誘発される過程であるから、染色体の分離と両極への移動(アナフェーズの開始)は紡錘体重合が完了してからでないと生ずることはない。 チェックポイント 細胞周期の時間的順序を保証するためのもう一つのしくみは、末端事象からのフィードバックによる、細胞周期エンジンの抑制である。抑制される位相をチェックポイントという。主なチェックポイントは、スタート(G1期後期)、M期突入、とM期脱出の三つである。例えば、DNA複製が完了していないときや、DNAに障害が発見されたときには、M期突入ができないような抑制がかかる。
細胞周期エンジン(MPFサイクル)は自発的な振動系である。この自律振動をつくり出す分子メカニズムの全貌は謎であるが、その基本的枠組みは明らかとなっている。すなわち、MPF活性の自動制御的な振動である。
細胞周期エンジンは、MPFが自己増幅的に活性を高めてM期に突入する過程と、MPFが自己崩壊することによってM期を脱出する過程、及びMPFの崩壊系が鎮静化して新たな有糸分裂サイクルに入る過程の三相に区分することができる。 MPFの活性化 右図A、Bにみられるように、第一相においてはサイクリンBが漸次的に蓄積していく。この蓄積は、サイクリンBの崩壊装置:ユビキチン依存性の蛋白質分解系が鎮静化し、サイクリンBの合成が再開されることによって始まる。
MPFの活性化とともに細胞はM期に突入する(転換1)。メタフェーズでMPF活性は最大となる。 MPFの崩壊
サイクリンBの蓄積(MPF崩壊系の抑制) 第三相は、間期が開始する過程(転換3)である。この転換3、すなわちサイクリンB崩壊活性の減少過程だけは、有糸分裂サイクルに外的な刺激、例えばG1サイクリンの蓄積によって誘発される。初期胚の卵割では、G1サイクリンが常時蓄積しているために、サイクリンB崩壊活性はすぐに低下する。このため、サイクリンB崩壊後、直ちにサイクリンBの蓄積が再開される。
以下においては、これら三つの転換をもう少し詳しく見ることにする。
@MPFの活性化 サイクリンBが閾値を超えて蓄積しても、MPFの活性化はしばらくおきない。この潜伏期間の間に、MPFを中心として自己増幅回路が働いてMPFが活性化される。 チロシン15の燐酸化(Wee1キナーゼ)
これに対し、スレオニン14やチロシン15が燐酸化されていると、スレオニン161が燐酸化されていてもMPFは不活性な状態にある。この不活性型MPFをpre
MPFともいう。MPF活性化の潜伏期間において、MPFを不活性に保つうえで重要な役割を果たす酵素として注目されているのは、Wee1キナーゼである。この酵素はp34cdc2キナーゼのチロシン15を燐酸化する。
チロシン15の脱燐酸化(Cdc25ホスファターゼ) Cdc25ホスファターゼとMPFは正のフィードバックループ1を形成して、相互増幅的に活性を高める。すなわち、不活性型MPF(preMPF)を脱燐酸化することによって、活性型MPFに転換するのに対し、活性型MPFはCdc25ホスファターゼ活性を促進するのである。
チロシン15が関係しないケース アフリカツメガエルの初期胚や出芽酵母の場合には、チロシン15の燐酸化が起こらない。このため、Cdc25ホスファターゼの活性化がMPF活性化の律速段階にはならない。
AMPFの崩壊 MPFが活性化されて、最高活性を示すようになると細胞はメタフェーズに入る:紡錘体が重合して、凝縮染色体は赤道面に配列する。 未受精卵のメタフェーズ抑制 ひと女子は、約70万?200万の一次卵母細胞が第一減数分裂前期で停止した状態で生まれる。このうち、思春期までに約4万ほどが生き残り、約500個ほどが排卵される。排卵周期で濾胞が成熟すると、一次卵母細胞は前期抑制を解除されて第一減数分裂を終え、二次卵母細胞を生む。引き続いて第二減数分裂に突入するが、メタフェーズが訪れた瞬間に排卵される。受精するとメタフェーズ抑制は解除される。 カエルの未熟卵母細胞(一次卵母細胞)はG2期で停止している。濾胞細胞からプロゲステロンが分泌されるとG2期抑制は解除され、未熟卵母細胞は第一減数分裂を行って直ちに第二減数分裂に突入して成熟する(二次卵母細胞)。
同じように、受精によって細胞内のカルシウム濃度が一過的に増加する現象も一般的である。このカルシウム上昇が、メタフェーズ抑制の解除に不可欠な過程であることが、カエルの場合には証明されている。CSFは、c-mosプロトオンコジーン(前癌遺伝子)の産物とよく似たプロテインキナーゼで、MPFによるMPF崩壊の誘導を抑制する働きがある。これに対し、カルシウムにはMPF崩壊の作用がある。そのため、受精によって、十分にカルシウム濃度が上がれば、c-mos(CSF) によるMPF崩壊抑制に打ち勝って、MPFの崩壊=メタフェーズ抑制の解除が誘発されることになる。 二つの経路 メタフェーズを脱出すると、アナフェーズ(姉妹染色分体の分離、両極への移動)、テロフェーズ(細胞質分裂)と続く。この順に生起するのがふつうであるが、両過程は全く独立したメカニズムによって制御されている。すなわち、テロフェーズの生起は、アナフェーズの終了に依存した過程ではない。 両過程に共通することは、ユビキチン依存性の蛋白質分解系の活性化によって誘発されるという点である。この活性化によって、一方で未知の蛋白質が分解されることによって、アナフェーズの開始が誘導されるとともに、他方ではサイクリンBが分解されることによってMPF活性が低下し、これによってテロフェーズの開始が誘発される。 メタフェーズ脱出:ユビキチン依存性蛋白質分解系の活性化 サイクリンBが分解されなくとも、姉妹染色分体は正常に分離し、両極へ移動する。出芽酵母では、MPFが不活性化されないのにテロフェーズに進む変異株、すなわちアナフェーズをスキップする変異株が単離されている。 このように、ユビキチン依存性蛋白質分解系によって分解される蛋白質がアナフェーズ誘導:ふつうの条件におけるメタフェーズ脱出(姉妹染色体の分離)には不可欠である。ユビキチン依存性蛋白質分解系によって分解される蛋白質は、「破壊ボックス」と呼ばれる共通配列をもつ。有糸分裂中に、この破壊ボックスがユビキチン化され、分解の目印となる。 一つの候補として有力視されているのは、CENP-E蛋白質である。これは、キネシン様蛋白質で動原体に結合して、染色体移動または紡錘体伸長に関与している。 テロフェーズ誘導:サイクリンBの分解 サイクリンBの破壊ボックスは有糸分裂中にユビキチン化される。ユビキチン依存性蛋白質分解系が活性化されると、ユビキチン化されたサイクリンBは分解され、その結果、MPF活性も低下する。低MPF活性によって、テロフェーズが誘導され、引き続き細胞質分裂が起きる。MPFの完全低下でもって、細胞周期エンジンはリセットされることになる。 ユビキチン依存性蛋白質分解系の活性化 この分解系の活性化はアナフェーズ誘導とテロフェーズ誘導に必要である。では、この活性化のメカニズムはどうなっているのかというと、ほとんど謎である、といってよい。しかし、少なくとも、メタフェーズで達成されるMPFの高い活性が必要である。この意味では、MPFの自己崩壊過程として特徴づけることができる。 BMPF崩壊系の抑制:G1サイクリン 出芽酵母で示されているように、ユビキチン依存性蛋白質分解系を抑制するためには、G1サイクリンが必要である。つまり、サイクリンB分解系の活性は、M期後半だけではなくG1期にも高い。このため、サイクリンB(MPF)はG1サイクリン出現の後にしか出現できない。このことは、酵母だけではなく、哺乳類体細胞の場合にもほぼ確かめられている。 初期胚の細胞周期では、G1サイクリンが常時存在している。このため、サイクリンB崩壊活性はテロフェーズ開始後直ちに消滅する。その結果、サイクリンBの蓄積はテロフェーズ終了後直ちに再開される。このことが、初期胚の細胞周期でG1期が省略されるメカニズムの一つである。 卵母細胞や初期胚を除き、細胞周期は一般に生長を伴う。ふつう、この細胞生長はG1期において行われる。細胞生長が十分に進むと、細胞はG1期後半におけるチェックポイント「スタート」を通過する。この「スタート」を通過すると、細胞は有糸分裂サイクルへ進むことを約束された状態になり、環境条件が悪化してもDNA複製、有糸分裂を完了する。この意味で、スタート通過を「分裂のためのコミットメント」ともいう。ただし、このコミットメントが、分裂酵母のようにG2期に達成される場合もある。 いずれにせよ、一般の細胞周期においては、スタート通過の分子メカニズムは、G1サイクリンの上昇によるサイクリンB崩壊活性の低下(サイクリンB蓄積の条件)にある。 第二減数分裂におけるS期の省略 第一減数分裂サイクルにおいて、DNA複製を終えてG2期(カエル)またはプロフェーズ(ひと)に抑制された一次卵母細胞のゲノム数は4、すなわち四倍体(4n)となっている。再開した第一減数分裂を終えると、卵子は二倍体(2n)となり、直ちに第二減数分裂サイクルに突入する。このときS期は省略される。このため、受精に参画する卵子は半数体(n)である。 どのようなメカニズムによって、G1期、S期をスキップするのだろうか?
三つのチェックポイント 癌化について ガン細胞は、脱分化、侵襲性の増大、薬剤耐性の増大なとたくさんの特徴を示す。ガン細胞が遺伝的不安定性をもたらすような突然変異をもち、それによって細胞進化を加速するという仮説が提唱されたのは今から20年ほど前のことになる(P.Nowell, Science 194:23-, 1976)。今日までの証拠はすべて、この仮説を支持している。 ガン細胞における主な遺伝的変異の一つは、DNA修復酵素(ミスマッチ修復、切り出し修復)に関するものである。この遺伝子に変異があると、DNA傷害を修復できないので、遺伝的不安定性は増し、癌にかかりやすくなる。もう一つ重要な遺伝的変異は、細胞周期のチェックポイントの欠陥に関係する。細胞周期におけるさまざまな異常を監視して、「正しい」細胞だけを位相進行させるメカニズムがチェックポイントである。これに欠陥が生ずれば、不良な細胞が再生産されることは明らかである。 ゲノム伝達に関係するのは、DNA、紡錘体、紡錘体極の三つであり、チェックポイントにおいて監視されている。DNA監視に欠陥があれば、染色体の欠失、増幅、転座などがもたらされるし、紡錘体監視に欠陥があると、染色体の全量欠失または全量捕獲が起きる。紡錘体極監視の欠陥は、ゲノムの倍数性の変化がもたらされる。こうした染色体異常はすべてのガン細胞進化に共通して観察される。
DNA傷害チェックポイント DNA傷害は、少なくとも二つのチェックポイントで監視される。一つは、S期突入チェックポイントであり、もう一つはM期突入チェックポイントである。このチェックポイントに停止している間に、細胞はDNA傷害を修復する。 S期突入チェックポイントで最もよくわかっているのはp53癌抑制遺伝子の機能である。DNAに傷害があると、p53蛋白質が増量する。これによって、p21を含む一連の蛋白質の合成が誘導される。p21は、細胞周期エンジンを阻害して、その位相進行を停止させる。その主な時期はG1期である。ひと癌の約50%で、この遺伝子に欠陥(変異)がある。 DNA傷害がより深刻な場合には、細胞は細胞周期を抑制する代わりにプログラム細胞死(アポトーシス)を起こす。このときもp53が動員される。しかし、p53はp21を誘導する代わりに、別のメカニズムを働かせる。これによって、DNAに傷害のある細胞は死滅する。 しかし、そのメカニズムに遺伝的変異が生ずると、アポトーシスすべき深刻なDNA傷害を持った細胞はアポトーシスすることができずに、増殖する:p21経路は働かないから。こうして、その細胞系列の遺伝的不安定性は増し、癌化する可能性がある。例えば胸腺では胸腺細胞の選別にこのアポトーシスを用いるが、これに異常が生ずると、リンパ芽球性のリンパ腫が発現する可能性がある。事実、胸腺細胞や他の細胞を放射線照射するとp53が増量してアポトーシスが誘発されるが、リンパ腫に関係する癌遺伝子BCL2があるとこのアポトーシスを抑制する。 癌遺伝子の発現チェックポイント 癌遺伝子が発現しても、p53が増量し、細胞周期停止かアポトーシスがもたらされる。同じことが、DNA癌ウィルスが感染するとアポトーシスが誘発される。これによってウィルスは増殖できなくなる。このため、DNA癌ウィルスは、p53を迅速に抑制するなど、抗アポトーシス能力を進化させている。このようなDNA癌ウィルスは、溶菌サイクルの完結まで宿主細胞を延命させることができる。 低酸素チェックポイント
M期突入チェックポイント DNA複製複合体によるフィードバック 未複製のDNAや損傷DNAの存在によって、M期突入が抑制される。DNAが複製している最中とか、損傷DNAを修復している間には、DNA複製複合体が存在する。恐らく、この複合体からのシグナルが引き金となってM期突入が回避されていると考えられている。M期突入のためには、p34cdc2キナーゼが活性化されること(チロシン15の脱燐酸化)が必要であるが、DNA複製複合体が存在すると、チロシン15が燐酸化されてp34cdc2キナーゼが抑制されてしまうらしい。こうして、S期を完了しない細胞がM期に突入することは避けられる。 rum1によるフィードバック では、DNA複製複合体が存在しないG1期において、細胞がM期に突入しないのは何故か。もちろん、ふつうには、G1期においてはまだ細胞周期エンジンがM期突入の段階には達していない。ところが、rum1を欠失した酵母をG1期スタート前の位相に抑制すると、M期に突入してしまうのである。スタート後、S期に抑制した場合には、M期に突入しない。恐らくrum1産物は、G1期スタート前の位相においてp34cdc2キナーゼの活性化を抑制するのであろう。 哺乳類の細胞にカフェインを与えると、この抑制が解除される。 哺乳類の細胞では、このフィードバック抑制は、細胞周期エンジンを制御するほかに、細胞生長も制御する。例えば、DNA複製阻害剤で処理された細胞は蛋白質合成も抑制されるので、コントロール細胞のG2期の大きさを越えて生長することはできない。これに対し、齧歯類の培養細胞での実験によると、DNA複製を阻害されても細胞は限りなく大きく生長し、阻害解除後に死ぬ。DNA複製を阻害している間、同時に蛋白質の合成を阻害してやると、生長は抑制され細胞死を免れる。 したがって、細胞周期エンジンに対するフィードバック抑制がかかった状態での細胞生長は、プログラム細胞死を誘導するものと思われる。或いは、この細胞生長は、細胞周期エンジンをどんどん進めることによって、フィードバック抑制が効かなくなっているのかもしれない。
M期脱出チェックポイント M期の脱出は、メタフェーズ(中期)からアナフェーズ(後期)への移行、すなわち姉妹染色体の両極への移動によって特徴づけられる。この移行が、ユビキチン依存性蛋白質分解系の活性化によって開始されると、アナフェーズ、テロフェーズにおける末端の事象はすべて自動的に進行し、細胞はG1期に突入することになる。 メタフェーズでは、紡錘体の重合が完璧であるかどうかが監視されるので、紡錘体重合チェックポイントともいう。紡錘体の重合が完結しないと、MPFの崩壊は抑制され、M期を脱出することはできない。紡錘体重合の未了シグナルや不良シグナルは、ユビキチン依存性蛋白質分解系の活性化を抑制しているものと思われる。 このチェックポイントでメタフェーズ抑制がおきる例としては、紡錘体の欠落、単極性の紡錘体、紡錘体上における一本の染色体の配列不良などがある。MAD (Mitotic Arrest Defective)やBUB (Budding Uninhibited by Benzimidazole) に変異があると、このチェックポイントは無効となり、紡錘体重合が不良のまま、M期を脱出してしまう。 このチェックポイントに関係しているもう一つの成分は、Mps1pキナーゼである。このプロテインキナーゼは、細胞周期において二重の役割をもっている。一つは、G1期における紡錘体極の複製で、もう一つは紡錘体重合チェックポイントの監視である。 酵母で Mps1pキナーゼを過剰発現させると、紡錘体重合の不良がなくても、メタフェーズ抑制される。すなわち、ふつうは重合不良、未了のシグナルはMps1pキナーゼを活性化することを通じてメタフェーズ抑制を起こすが、このシグナルがなくても人為的にこのキナーゼの活性を高めてやればメタフェーズ抑制が起きるのである。 Mps1pキナーゼはMad1pを燐酸化することによって、メタフェーズ抑制を起こす。 ひと癌の約50%において、p53癌抑制遺伝子が変異している。p53は、DNA損傷チェックポイントに機能しているほか、Mps1pキナーゼとよく似た作用も示すとの証拠がある。p53機能を欠損すると、中心体(微小管形成中心、紡錘体極)の複製制御が傷害され、紡錘体重合チェックポイントが無効になってしまうのである。このフィードバック抑制に関係しているのは、微小管そのものではなく、中心体を核とした微小管形成中心である、との証拠がある。
弱いX線照射によってDNAを損傷させると、哺乳類の細胞周期はスタート(リストリクションポイント)やメタフェーズで抑制される。また、S期に弱いX線を照射すると、DNAの複製開始点の新規な生成が抑制されて、DNA損傷が修復されるまでS期の進行は抑制される。 毛細管拡張性の運動失調症(Ataxia telangtasia)は劣性の遺伝病で、X線照射によってDNAが損傷しても、DNA複製に対するフィードバック抑制がかからない。この患者では皮膚の血管障害、免疫系の欠陥や筋肉の相互調整の失調がおこるが、リンパ系の癌にかかる確率が高い。この患者の細胞をX線照射しても、DNAの複製開始点の新規生成を抑制できないし、G2期抑制(M期突入抑制)もスタート抑制もかからない。DNA損傷によるすべてのフィードバック抑制が欠落しているようだ。 ひとの癌で最もよく観察される変異は、p53の変異である。正常なp53は癌抑制遺伝子で、その産物は、スタート通過を抑制する。正常なp53産物(蛋白質)は、DNA損傷によるスタート通過の抑制に関与している。弱い紫外線またはX線照射を受けると、p53蛋白質のレベルは、その半減期が延びることによって(安定性が増加することによって)、上昇する。p53が異常であると、G1期抑制が効かなくなるがG2期抑制はふつうと変わらない。ひとの癌にみられるその他たくさんの劣性変異も、こうしたチェックポイントの障害に起因するものと考えられる。 |
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