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97年度第2講
ゾウリムシの生命サイクル
@最も身近で「単純な」単細胞生物の一つであるゾウリムシでさえ、性的な多細胞生物とよく似た生命サイクルのパターンを示します。 Aゾウリムシの生命サイクルのタイミングは、単なる物理的時間の経過によって決められているのではなく、生命活動の量(特に、細胞周期の回転数)によって決められています。 Bただし、それが一日のうちのどの時刻におきるかは概日リズム(⇒概日リズムと発生・成熟時計)によって決められています。 ゾウリムシは繊毛虫(門、綱)に属するプロチストで、同じ繊毛虫テトラヒメナよりも大きく、顕微操作(核の移植や微小電極の挿入、顕微注射など)が容易なため細胞生物学のモデル的生物となっています。ゾウリムシには後生生物と同じような生活史があり、接合によって誕生してしばらくは接合能力のない未熟な状態ですが、細胞分裂を繰り返しているうちにやがて性的に成熟し、他の接合型のゾウリムシと接合する能力をもつようになります。接合したりオートガミーしたりすると新しい遺伝子組成を備えたゾウリムシが誕生します。
(い)ゾウリムシの接合 接合は、接合型の異なるゾウリムシ同士で行われます。この接合型はメンデル遺伝にしたがう遺伝的なものです。接合型を決めるのは繊毛に含まれる糖蛋白質の種類によっています。異なる接合型のゾウリムシ同士は互いの繊毛を接着させることを通じて接合を開始します。 小核と大核
大核は接合後には崩壊してしまいますが、接合によって誕生した新しい小核によって作られます。崩壊する大核は接合前の小核のゲノムの複数コピーであり、新生した大核は接合によって生まれ変わった小核のゲノムの複数コピーです。こうして接合によってゾウリムシは生まれ変わることになります。 小核の減数分裂
この減数分裂の過程で相同染色体同士の遺伝的組み換えが起きます。そのため、このゾウリムシを生んだ「親」二匹に由来する相同染色体が混ぜ合わされて一本の染色体に乗ることになります。つまり、一方の親の小核に由来する染色体Aと他方の親の小核に由来する染色体A’が、減数分裂によってかき混ぜられて新しい染色体BとB’に変身することになります。異なる記号で表示しましたが、遺伝子の種類が変化するわけではなく、一つ一つの遺伝子がコードする情報(つまり塩基配列)が変化するのです。したがって、配偶子にせよ小核にせよ自己のゲノムとは異なるゲノムをもっていることに注意することが肝腎です。 この組み換えは組み換え酵素によって触媒されていますから、つまり「生物学的メカニズム」を用いて行われているという点から何らかの進化的価値があるものと思われます:性の究極要因の一つがここに隠されていると考えてよいでしょう。
小核の交換と合体
相手の小核と融合して合体すると受精が成立し、新しい二倍体の小核が誕生します。接合に関与した自己自身は、自己の半分の遺伝子を引き継ぎますが、相手にも自己の半分を引き渡しますから、自己の遺伝子は新しい二匹のゾウリムシに完全に残されることになります。 接合によって誕生した(または生まれ変わった;変身した)ゾウリムシは二重の意味で親の(変身前の)ゾウリムシとは異なっています。第一は、すでに述べたように接合に関わる半数体(n)の小核は減数分裂による祖父母の相同染色体の組み換えによる新しいゲノムセットをもっていることです。第二に、これが異性の半数体(n)小核と合体することによって新しい二倍体(2n)の小核になるからなのです。 古い大核の崩壊と新しいゾウリムシの誕生
自家生殖
接合と老化と寿命死
さて、若いうちに(老化する前に)接合すれば未熟なゾウリムシとして生まれ変わり、再び成熟に向かって無性的に増殖していくことができます。誕生してから接合するまで、もっぱら無性的に増殖しますから、新生するゾウリムシはすべて全く同一のゲノムをもっていることになります。こうした集団をクローンと呼びます。一匹の新生ゾウリムシが51回分裂すると250=1.1x1015, すなわち約1000兆個のゾウリムシ細胞からなるクローン集団になります。 このクローン集団は、後生生物の一個体と相似な(相当する)関係にあります。というのは、このクローン集団における個々のゾウリムシたちには(ゲノムを共有しているという特性のため)進化的な競合がありえないからです。むしろ、このクローン集団内で何がしかの「協力」があっても進化的には不思議ではありません:そのような協力があるかどうかは今のところ未知ですが。ただ、メカニズム的には後生生物の一個体とは明らかに異なっています。例えば、ふつう、後生生物の体細胞は異なった細胞型として体細胞間の分業が行われていますが、ゾウリムシのクローン集団において個々のゾウリムシが分業をしていると考えることはできません。また、後生生物では体細胞系列と生殖細胞系列の分離が認められますが、ゾウリムシのクローン集団内部でこのような分業は認められません。たまたま、接合する機会のあったゾウリムシが後代に子孫を伝えるだけなのです。
後生生物において最も重要な機能は増殖です。生殖細胞系列を後代に伝えた後は体細胞系列の方はどうなっても(進化的には)かまわないのです。これに対し、ゾウリムシの場合にはこの分業がありません。クローン内のゾウリムシは互いに無関係に生存している(ようにみえる)ため、どれが不滅のゾウリムシとなるかは全くの偶然に委ねられています。ゾウリムシはこの協力関係の欠如と偶然性のために、無性的な細胞分裂を繰り返すことによって成熟ゾウリムシの数を増やし、接合チャンスの増大をはかっているとみることもできます。遺伝的には全く同一なのであるから、そのうちの一匹のゾウリムシが接合に成功すれば、その遺伝子が半分ずつ新しい二匹のゾウリムシに受け継がれることになって(進化的には)割が合うのです。下手な鉄砲も数打てば当たるという戦略なのでしょう。 寿命死のタイミング
なぜ寿命があるのに↑のような方法だと不滅なのでしょうか?
ゾウリムシは接合や自家生殖をする限り寿命死を避けられるということが今はわかっているので、上述のように、不滅性を簡単に説明することができます。ところが、このことが明らかでない時代には寿命死を証明することには特別の工夫が必要なのです。1950年代前半、ソンネボーンがゾウリムシの寿命を証明するために用いた工夫は毎日継代培養法という方法です。すなわち、ゾウリムシが毎日一回分裂するごとに一匹ずつ別の培養皿に移植するのです。これによって、一匹ずつの運命が明らかとなったわけです:自家生殖を行わなかったものはやがて死んだ、ということです。 ソンネボーンはこの実験によってゾウリムシ(より正確にはその仲間のヒメゾウリムシParamecium aureliaの寿命死を証明しただけでなく、そのタイミングに関しても面白いことを発見しました。つまり、ヒメゾウリムシの寿命は種ごとに異なっていて、そのタイミングは細胞分裂の回数によって決まるというのです。シンジェン1では約350回、シンジェン2では約300回、そしてシンジェン3では約180回で寿命死が訪れます。この回数は接合によって新生ゾウリムシが誕生してからの細胞分裂の回数のことです。 細胞分裂の回数とは、つまり細胞周期の回転数です。細胞周期が回転する間にゾウリムシは何を数えて寿命のタイミングを決定しているのでしょうか?今のところ、そのメカニズムは全くの謎といってよいでしょう。ただ重要なことは、寿命死を決めるタイミングが物理的時間ではないという点です。ゾウリムシの増殖にとって快適な環境条件にあれば、シンジェン1の細胞周期350回転というのは、例えば4ヶ月に相当しても、この物理的時間は条件が悪ければ12ヶ月にも、2年にも、50年にものびることになるからです。 性成熟と自家生殖のタイミング
イマチュリンを老化ゾウリムシに注射してやると、そのゾウリムシは成熟段階に戻ります。イマチュリンを成熟ゾウリムシに注射してやると未熟段階に戻ります。こうして、イマチュリンこそ加齢を計測する時計物質ではないかと期待されたのです。しかし、接合を経験しないときのその後に許される細胞周期回転数は、イマチュリン注射を受けないときより多くはならず(全く変わらないし)、イマチュリンの含量は、ゾウリムシの加齢に応じて次第に減少するというようなパターンを示しません:未熟期に一過的に増量し、その後はずっと低いレベルに維持されるというような変化パターンなのです。こうしたことから、残念ながら、イマチュリンはゾウリムシの齢を決める機能を持った物質ではないことが明らかとなったのです。イマチュリンは接合能力に関する「回春」効果物質または強精剤といってよいでしょう。 一方、自家生殖のタイミング決定については、細胞周期のうちDNAの複製の回数が決め手であること、細胞分裂の回数は関係ないことを示唆する証拠が得られています。正常な条件では細胞周期の一回転の間にDNA複製と細胞分裂はこの順序で一度ずつ生じますが、実験的に大核の一部を除去してやりますと、ゾウリムシには正常な大核量を保持するホメオスタティックな機構が働いて、細胞周期が一回転する間に細胞分裂を伴わないDNA複製を行うのです。このようにして、DNA複製回数と細胞分裂回数に食い違いができるような条件にして、どちらがタイミング決定と連動しているかを探った訳です。さて、大核の4分の3を除去した場合には、2回ほどこのようなDNA複製が行われます(4→1→2→4:最初の矢印は4分の3切除による減少、2、3番目の矢印は核の複製による倍加)。非処理コントロールの自家生殖がn回転の細胞周期で生じたとします。大核除去のゾウリムシで自家生殖が生じたのは、n回のDNA複製、つまり(n−2)回の細胞分裂、n回の細胞周期のときです。こうしてDNA複製がn回行われることが必要であることが推論されたのです。 DNA複製以外の細胞周期過程もDNA複製回数と同じ回数だけ生じます:今の場合は細胞分裂だけが二回省略されています。したがって、この実験から直ちにDNA複製回数が決め手であると結論するわけにはいかないことに注意してください。なお、ゾウリムシでは染色体末端のテロメアと呼ばれる配列は、動物の場合とは違って、DNA複製ごとに少しずつ短縮していくということはない、ということが明らかになっています。
Proc Natl Acad Sci USA 1994 Mar 1;91(5):1955-8 (は)老化するのは小核か大核か? 後生生物の生殖系列の不滅性を勘案すれば、ゾウリムシの小核も老化しないことが示唆されます。また、日々の実戦部隊で働く大核こそ活性酸素の傷害を受けるはずで、老化の「すり切れ説」によれば大核こそ老化するものとと示唆されるわけです。後生生物個体で老化して死ぬのは、からだであって生殖細胞系列ではないことを思い出しましょう。 樋渡のグループはこれを実験的に証明しました。性成熟直前の若い細胞から小核を除去し、この若いゾウリムシの細胞質に、老化したゾウリムシから抜き取った小核を移植してやるのです。すると、若いゾウリムシは老化ゾウリムシの小核になっているににもかかわらず、非処理コントロール(若い細胞質+若い小核)と同じ生存率(残された細胞周期回転数)を示したのです。こうして、老化という側面に関する限り、老化したゾウリムシの小核は若いゾウリムシの小核と全く変わることはないことがわかりました。逆にみると、小核を除去した老化ゾウリムシに若いゾウリムシの小核を移植しても若返らせることはできません。 これに対し、大核を除去した老化ゾウリムシに若いゾウリムシの大核を移植すれば若返らせることができるでしょう。また、逆に、大核を除去した若いゾウリムシに老化ゾウリムシの大核を移植すると直ちに老化させることができるでしょう。 以上、ゾウリムシの性と老化については、主に「性の源を探る」(樋渡、1986、岩波新書)を参照しました。 ⇒樋渡グループの研究要約集
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