人にとってクルマとは何か

(1991年)

第1章 自動車とは何か

 自動車はアヘンである。その使用者に、おのずとそれへと手を伸ばさしめる点においてアヘンであるのみならず、彼らの健全かつ正常な判断力を失わせる点においても、自動車はまぎれもなくアヘンである。自動車は、文明の利器となるはずであった。だが今日、自動車は文明を掘りくずす凶器である。自動車は人間の能力を拡張するはずであった。だが自動車は、人間の非人間的なる傾向をこそ拡張する道具である。
 私たちは自動車を、一〇〇年にわたっていとおしんできた。最初、自動車の発明は、私たちの生活に革命をもたらす、大いなる福音と見えた。だが、人々がこれを多く生みだせば生みだすほど、これに生活の多くを委ねれば委ねるほど、それは真綿ののようにジワジワと人間の首を絞め上げ、ついに人間の心も魂も、根こそぎにしてしまったのである。
 そうではないか。
 子どもたちが毎年七〇〇人も殺され、数十万人も傷つきその痛みに号泣しているというのに、自動車運転の是非を根底から問おうという声さえ出てこぬとすれば、いったいどこに人間がいるのか。本来子どもを保護すべきおとなたちが、おとなによって保護されるべき子どもたちに犠牲をもたらしているのみか、この犠牲は、それにつりあうはずもない、実にささいな、取るに足りない理由によってもたらされているとしたら、いったいどこに人間がいるのか。大気は汚され、街々が喧騒のちまたと化し、危険によって子どもが道という道から駆逐され、子ども固有の遊ぶ権利を剥脱されているというのに、おとなたちがわれもわれもとくに手をのばして、この奇怪な事態を問うことすら忘れているとしたら、いったいどこに人間がいるのか。

目 次

               
第Ⅰ部 自動車とは何か

第1章 自動車とは何か
 1 利己心を拡大する道具(一部上掲)
 2 自動車による利己心の芽ばえ
第2章 自動車事故
 1 事故の不可避性
 2 自動車の破壊力
 3 交通殺人、交通傷害
第3章 身体と精神への影響
 1 排気ガスによる大気の汚染
 2 騒音による睡眠妨害、精神の不安定化
 3 振動、低周波振動
 4 スパイク粉塵(車粉)
 5 その他の害
第4章 弱者への影響
 1 子どもへの影響
 2 お年寄り、身障者への影響
 3 無法駐車がもたらす危険
第5章 以上の諸害についての総括
 1 自動車の社会的費用
 2 自動車と基本的人権
 3 利己性の肥大化・再編
 4 自動車による道徳の退廃

             
第Ⅱ部 解決の方向

第6章 移動手段としての自動車
 1 速度制限
 2 走行場所の制限
 3 自動車の構造の改造
 4 運転者の制限
 5 自動車使用の公準としての利他的目的
 6 車の絶対量の削減
 7 新陳代謝エネルギーを第一とする
 8 中間考察――以上の方策についての諸注意
第7章 物流のための自動車
 1 日常的消費物資の輸送
 2 建設用物資の輸送
終 章 解決へ向けて

あとがき