ちひさきものたちへ

 

私はトキソプラズマを研究している。トキソプラズマは、真核性単細胞生物で細胞内寄生性の原虫である。この微生物の何がおもしろいのか?どこがすばらしいのか?この質問は、私が実家に帰省した時、両親や親戚達と会って話をするといつも聞かれる。「バイキンの研究して、何が面白いの?(名古屋弁風に)」って。私はバイキンを説明する時に、ウイルス、細菌、寄生虫の違いから始め、これらの微生物がいかにして生き延びているかを延々と話し、最後には原虫が最も巧みな生存戦略を持っているとして話を終える。たいていの場合、子供達や、今時の女子高生にも「バイキン研究の大切さ」が理解してもらえる。このエッセイで、どのバイキンが一番面白く素晴らしいかを論じることは無謀で危険な試みなので、私がなぜトキソプラズマが好きか?について書かせていただきたい。

トキソプラズマ(以後トキソ)は、イラストで示したようにバナナや米粒のような形をしている。私の留学時代の同僚の女性(今ではこの分野をリードしている研究者)が、トキソの形態観察をしながらラブリーと言っていたのが印象深い。最近は、私も顕微鏡でトキソを観察しているとラブリーな気持ちになってくる。しかしこのトキソ、かわいらしい(?)形とは裏腹に極めてずる賢い。その小悪魔的な振る舞いが私を虜にさせるのかもしれない。トキソが生きていくためには、パトロンとなる宿主細胞が必要である。トキソは宿主細胞の栄養を取り込んで生きていくが、宿主細胞が栄養豊富になるように働きかけたりもする。さらに、トキソは宿主細胞から栄養を奪うだけでなく、宿主細胞が死なないような細工もできる。つまり、トキソの戦略は宿主細胞が死なないようにがんばらせて栄養分を稼いでもらい、それを吸い取って自分が元気になっているのである。では、宿主細胞の結末は如何に?元気に成長したトキソはアクティブに宿主細胞の元を離れ、新しい宿主細胞を見つけに旅立ってしまう。残るのは、元の宿主細胞の残骸。若い時期に似たような経験をした人もいるのではないだろうか。

 実験動物を使ってトキソの研究をしていると、いろいろなことに気付かされる。生体内にトキソが感染すると、当然トキソを排除するような免疫応答が誘導される。免疫細胞が反応しやすい場所に居れば、トキソにとっては都合が悪い。トキソは貪食細胞に取り込まれても消化されないような機構を持っているため、生体内を移動するための交通手段として貪食細胞を利用している。そして、免疫細胞が作用しにくい場所、脳や筋肉まで移動し、姿を変えて存在を消してしまう。嵐が過ぎ去るのをじっと待っているのである。このようなトキソの振る舞いを見ていると、実社会との共通点も見えてくる。上司や部下との付き合い方や組織内での立ち振る舞いなど、まるで教えを受けているようである。私は現在大学の教員であるが、トキソと宿主の関係を見ていると、自分ははたして学生達にとっていい宿主なのかと問う日々である。

 トキソはどのように宿主の代謝機構を制御して自身の増殖に有利なようにしているのか、トキソはどのように感染細胞を抗ストレス状態にして非感染細胞をストレス感受性にしているのか、トキソはどのようにして宿主の免疫反応を撹乱、回避しているのか。これらが、現在の私の研究テーマである。これらの課題に答えが見出すことができれば、私の抱いている人生の問いに対する解が見つかるかもしれない。この原虫から学ぶことは色々ありそうである。