放牧酪農現場における食の安全

 

研究室 獣医疫学研究分野
Lab for Veterinary Epidemiology
事業推進担当者 門平 睦代(Mutsuyo Kadohira)

 

研究要旨

 COE 研究員として本研究室に配属された林と共に, 食の安全と家畜福祉の観点から放牧酪農に注目し「北海 道足寄町の放牧酪農3牧場における牛の繁殖と乳生産お よび疾病発生状況」について記述的疫学研究を平成18 年度(1年間)だけ実施した。3軒の酪農家だけを対象 とした萌芽的研究ではあるが,栄養や繁殖関連のデータ を活用することにより周産期病などの疾病発生の仕組み 究明につながる結果が示唆された。また,学部生の卒業 研究としても同じ酪農家を対象にして家畜福祉・行動学 の面から疫学調査を実施した。畜主の考え方次第で牛が より健康になり,人の負担も軽減できるということが確 認できた。また,ケニアの大牧場で実施されている放牧 酪農形式に注目する一方,国内では参加型手法を活用し た家畜衛生管理問題解決のための戦略を研究中である。

足寄の放牧酪農における生産性指標に 関する記述的疫学分析

 両年度に分娩した乳牛の平均産次は3.5~3.8で牧場間 に差はなく(P>0.05),平成17年度の北海道での平均産 次2.7より高い値であった。各牧場および各年度での初 回授精受胎率は40.8~57.1% であった。各牧場での平均は, 分娩後初回授精日数73~89日,空胎日数130~151日,分 娩間隔396~417日,授精回数2.3~2.5回,授精延回数当 たりの受胎率40.0~42.9%,発情発見率63.8~66.0%,そ して妊娠率25.5~28.3% であった。乳生産性について, 両年度共に乳量と乳中体細胞数の各牧場での年度平均は 北海道平均より低かった(P<0.05)。時期による変化では, 昼夜放牧時の乳脂肪率が低く,P/F 比とMUN 濃度が高 い傾向を示した。昼夜放牧時には,粗飼料としてチモシ ーなどを主とする乾草やサイレージを約1~2 kg/日/頭(現 物),併給飼料として粗蛋白質(CP)含量が16% 程度の 配合飼料を約0.15~9kg/日/ 頭(現物)給与した。放 牧終了前から冬期にかけての日中放牧時や舎飼い時には, 粗飼料としてグラスサイレージを飽食させ,CP 含量が 18% 程度の配合飼料を約1~9 kg/日/ 頭(現物),年 間を通してビートパルプを約1~3 kg/日/ 頭(現物) 給与していた。放牧をしていない酪農家と比較して消化 器病が少ないことが特徴であるが,生殖器病,泌乳器病, 妊娠・分娩期に関係した疾病は同じように発生する。四 半期毎の疾病発生状況に特徴は認められなかった。繁殖 成績と乳量およびバルク乳成分との相関はなかったが, 分娩3ヶ月前から次回受胎までの疾病の発生回数が分娩 後初回授精日数,空胎日数,分娩間隔,授精回数と正の, 産次が初回授精受胎率と負の相関を示した。疾病による 繁殖性の低下と高産次による初回授精受胎率の低下が示 唆された。

ケニアの大牧場における放牧酪農

 予備調査により,ケニア・ライキピア県における大規 模牧場の経営体系は,世界でも注目されるべき優れた放 牧利用の事例であると確信した。そこで,わずかな土地 利用の変化により土壌浸食などが起こり農業地としての 利用が困難になりやすい半乾燥地域に位置するケニア・ ライキピア県の大規模牧場と周辺の小規模農家を対象と して,畜産活動が環境に与える影響について調査する。 管理方法,生産性,疾病有病率の他に,家畜を飼育する ことによる土地利用状況などの通常の環境への影響だけ ではなく,牧場内外の野生動植物についてもデータを収 集し,なぜ,大規模牧場の畜産経営が過放牧を防ぎ,環 境保全にも貢献しているのかを総合的に探ることが本研 究の目的である(平成19年度科研費課題として申請中)。 代表者は平成15~17年度にかけて南部アフリカ地域3カ 国で小規模農家レベルでの畜産振興を妨げる研究を実施 した。政府の組織,人材や財政の脆弱性など3カ国で共 通の問題もあれば,マラウイにおける育種遺伝形質の改 良やタンザニアでの家畜疾病情報システムなど国・地域 特有の問題も指摘された。アフリカ,とくに雨量の少な い地域,での農業活動としての畜産は住民の生活の質向 上のためには重要な産業であると認識されたが,過放牧 など畜産開発は常に環境破壊の重要な要因としてマイナ スの印象がある。実効性のある環境保全型の畜産振興手 法の開発は焦眉の課題である。

参加型手法を活用した 家畜衛生管理問題への取り組み

 多くの獣医師自身が農家に何度も同じ指導をしても実 践してくれないなど,農家への知識と技術が求められる ことが経験談などとして発表されている。つまり「実践 する」のは生産者であり,獣医師や酪農家の指導を担当 する畜産関係者が生産者のやる気を起こさせ,両者が積 極的に関わり合うことで生産者と獣医師のコミュニケーションの改善ができる。ひとつの解決方法としては生産 者の参加による疫学研究の実施である。参加とは生産者 がデータを集めるだけではなく,計画の段階から結果に もとづく対策の立案やその実行までのすべての過程での 責任分担を意味している。また一方で,獣医師など調査 主体者の生産者に対する認識,すなわち誰が生産の主体 者であるのかという喚起も期待されている。著者らはこ れらの考えにもとづいて,現場における生産者の参加に よる疫学研究を提案し,概ね以下のような変化が生産者 に生じると考えている。1.問題把握力の増進,2.ア クション学習,3.自信にもとづく実践である。このよ うに生産者が疫学研究の全過程に関与することで,獣医 師など外部関係者は生産者だけが知る情報を入手しなが ら生産者のやる気を起こすことができる。この研究は継 続中であるが,事例も多くなり,生産者が参加する疫学 研究の実践方法など日本でも役に立つと考えられる応用 方法を提案することができるであろう。

発表論文

著者名
論文タイトル
掲載雑誌
ページ
発行年
平田昌弘、門平睦代、水谷文美、松本葉、小疇浩、佐藤雅俊 大規模牧場が野生動植物の保全に果たす役割についての予備調査-ケニア高原の事例から-
帯大研報 27 69-75 2006
平田昌弘、門平睦代、水谷文美、松本葉、小疇浩、内田健治、元島英雅 アフリカ大陸東部の乳加工体系 帯大研報 27 105ー112 2006
堀北哲也、水谷英一郎、大塚洋功、市沢美香、末宗範子、神保尚史、門平睦代 関連機関と連携して用いた参加型手法による酪農経営改善の試み 日本家畜臨床学会会誌 29(3) 104ー105 2006
堀北哲也、古屋浩、門平睦代 酪農における参加型手法による生産者主体の問題解決への取り組み 日本家畜臨床学会会誌 28(2) 65ー66 2005
門平睦代、堀北哲也、西川芳昭 食の安全にむけた新たな取り組み-生産者の参加による家畜衛生管理問題解決のための疫学研究手法- 家畜診療 52(9) 557ー564 2005
足寄町における放牧酪農の風景
図1
ケニアの大牧場での乳搾り
図2