ウイルス性感染症の予防・診断法に関する研究

 

研究室 特定疾病分野
Research Unit for Emerging and Re-emerging Disease 
事業推進担当者 今井 邦俊(Kunitoshi Imai),小川 晴子(Haruko Ogawa)

 

研究要旨

 2003年以後世界中に発生が拡大している高病原性鳥 インフルエンザによって人の死亡例が続出している事は 非常に憂慮される。  人から人へ伝搬可能な強毒ウイルスに変異すれば制御 困難な世界的大流行を招く危険性があり,人獣共通感染 症の問題として取り組むべき重要課題である。新型ウイ ルスの発生時には新たなワクチンが流行最盛期に投与さ れる事が想定されるが,それらのワクチンにはより迅速 に強い効果を発揮する事が求められる。本研究では,イ ンフルエンザワクチンの抗原性を増強する為に人と鶏が 共通して保有する自然抗体を活用する新たな方法を確立 すべく研究を行なっている。一方,銅イオンにインフル エンザウイルスを不活化する効果がある事を見出し,そ の作用機序と安全性を明らかにすべく研究を行なってい る。医療現場や畜産現場に広く応用可能な製材の開発は インフルエンザ感染の制御に大きく貢献する可能性があ ると考えられる。また,発生時の迅速な診断は,蔓延防 止に非常に重要であるために簡便・迅速な新しい診断法 の開発を行う。インフルエンザに限らず家畜及び家禽に おける感染症は「食の安全」に直結する重要な問題であ り,その予防と制御への取り組みは近年益々求められて いる。様々な病原体に接触する機会を持つ家畜にとって 自然免疫能を高める事は健康維持に極めて意義を持つと 考えられる為,家畜において自然免疫賦活化効果を発揮 する可能性のある物質について研究を進めている。

自然抗体を活用したインフルエンザ ワクチンの抗原性の増強

【目的】 本研究は人と鳥類が共通して保有するα-ガラ クトース抗原(Gal)に対する自然抗体(抗Gal)を 活用してインフルエンザワクチンの抗原性を増強し人 と鶏のワクチンに応用する事を目的とする。同様の目 的でこれまで行なわれて来たGal をアジュバントとし て利用するガンワクチンの研究を発展させてインフル エンザワクチンに応用しようとするものである。

【結果】 インフルエンザウイルスに糖転移酵素を用いて 酵素学的にGal を発現させた不活化ワクチンを作製し, 鶏に投与してワクチン効果を評価した。Gal を発現さ せたワクチンは同抗原を発現しないワクチンと比較し て,より早期により高い抗インフルエンザ抗体の上昇 を誘導する可能性を示唆する結果が得られた(図1)。 現在追加実験を実施中である。Gal を発現する細胞に おいてインフルエンザウイルスを増殖させる事により Gal を発現するウイルスを容易に得る事ができると考 えられる。鶏繊維芽細胞にGal の生成酵素であるα-1, 3galactosyltransferase (GT) の遺伝子を導入し,同細 胞がGal を発現する事を確認した。Gal 定常発現鶏繊 維芽細胞を用いてGal 発現インフルエンザワクチンを 作製しそのワクチン効果を検討すべく実験を進めている。

【考察】 私達はガンワクチンにいわゆるアジュバントと してGal を発現させる事により抗Gal を保有する動物 においてガンワクチンの抗原性を増強できる事を報告 してきたが,同様の方法でインフルエンザワクチンの 抗原性も増強できる可能性を示唆する結果が得られた。 新たなワクチン製造法も検討されてはいるが,現在の ところは大量のインフルエンザワクチンの製造には鶏 卵が用いられている。遺伝子導入によりGal を発現す る鶏を作出できればその鶏卵を用いてGal を発現した インフルエンザワクチンの大量生成が可能となると考 えられる。鶏始原生殖細胞を用いた遺伝子改変鶏の作 出を目指している農業・食品産業技術総合研究機構の 田上とともにGal を発現する遺伝子改変鶏の作出を目 指して共同研究を開始している。

銅ゼオライト含有布のインフルエンザ ウイルス不活化効果

【目的】 銅に抗菌作用がある事は古くから知られてきた が,私達は吸着効果を有する結晶性鉱物であるゼオラ イトを担体として銅イオンを吸着させた布(銅ゼオラ イト布)にインフルエンザウイルスを不活化する効果 がある事を見出した。ウイルス不活化様式及びその作 用機序を明らかにする目的で研究を行っている。

【結果】 銅ゼオライト布を浸漬した水に弱毒型鳥インフ ルエンザウイルス(H9N2) を添加しMDCK 細胞にお けるウイルスの増殖性を調べると,浸漬した銅ゼオラ イト布の量依存的にウイルスは不活化され細胞への感 染性が失われる事が明らかとなった。キレート効果を 有するEDTA の添加により銅ゼオライト布によるウ イルス不活化効果が消失する事,またゼオライトのみ を含有する布にはそのような効果が認められない事か ら,不活化効果は銅イオンによって引き起こされてい ると考えられた。ウイルス粒子の形態への影響を電子 顕微鏡で調べたところ,ウイルス粒子の著しい膨化や 変形が認められた。また,銅ゼオライト布により処理 されたウイルスタンパクを電気泳動で解析すると正常 ウイルスには存在しない大きさのタンパクが検出され, ウイルス不活化効果と関連する可能性が考えられた。 感染性を失ったウイルスが,細胞への接着・侵入・複 製のいずれの過程において障害されているのかを知る 目的で現在実験を行なっている。インフルエンザウイ ルスのNucleoprotein (NP) に対するモノクローナル抗 体を用いた細胞内染色により,銅ゼオライト布により 処理されたウイルスは細胞内での増殖が著しく損なわ れている事が確認できた(図2)。家禽の飲水中や鶏 舎のフィルターへの応用が期待できる事から,同布を 浸漬した水を長期間マウスに摂取させて安全性を確認 している。また,不活化効果は高病原性鳥インフルエ ンザウイルスに対しても認められた。

【考察】 銅ゼオライト布がインフルエンザウイルス不活 化効果を有しかつ安全な物質であれば,畜産分野での 広い応用が期待できると考えられる。インフルエンザ ウイルスに対する効果の作用機序を明らかにするとと もに,他のウイルスに対する効果も比較検討していく 予定である。

迅速・簡便な新しい鳥インフルエンザ ウイルス抗体検出法の開発

【目的】 鳥インフルエンザウイルス(AIV) の抗体検査に は,OIE により推奨されている寒天ゲル内沈降テス ト(AGPT) が世界的に広く使われている。本法は, AIV の亜型に関係なく抗体を検出できることから, 野外家禽群のモニタリングに適しているため我が国で も用いられている。しかし,感度が低いことと,判定 までに少なくとも48時間以上要すること,および多数 検体を調べるためには,多量の陽性抗原と陽性血清を 必要するためにこれらの作製に多くの時間と労力がか かる欠点がある。このため,迅速でより感度が高い簡 便な抗体検出法の開発が求められている。今回,組換 え蛋白を用いたAIV 抗体検出法の開発を行った。

【結果】 大腸菌を用いて発現させたA/chicken/Yokohama/ aq/55/01(H9N2) のNucleoprotein (NP) の組換 え蛋白を精製後,NP をラテックスビーズのカルボキ シル基に結合させた(NP-LA)。NP-LA を用いて抗体 検出用ラテックス凝集抑制テスト(NP-LAT) を開発し, その有用性を検討した。   5 μl のNP-LA と等量と血清を5分間混合し,時間 内に明瞭な凝集を示した検体を抗体陽性と判定した。 血清は鶏肝臓パウダーによる吸収後実験に供した。そ の結果,SPF 鶏(149検体)では,非特異的反応は認 められなかった。NP-LAT は,各種亜型抗体を検出 できた。また,AIV 感染後15週まで鶏血清を継時的 に調べたところ,NP-LAT はAGPT より長期間抗体 を検出できた。

【考察】 今回開発したNP-LAT は,AGPT に比べて感 度が高く,迅速であることが明らかとなったが,今後 は他の鳥類の血清や多数の野外血清を用いてその有用 性を検討する必要がある。

発表論文

著者名
論文タイトル
掲載雑誌
ページ
発行年
K. Imai, K. Nakamura, M. Mase, K. Tsukamoto, T. Imada, and S. Yamaguchi Partial protection against challenge with the highly pathogenic H5N1 influenza virus isolated in Japan in chickens infected with the H9N2 influenza virus
Archives of Virology in press    
Nakamura K, Waseda K, Yamamoto Y, Yamada M, Nakazawa M, Hata E, Terazaki T, Enya, A, Imada T, Imai K. Pathology of cutaneous fowlpox with amyloidosis in layer hens inoculated with fowlpox vaccine. Avian Diseases 50 152ー156 2006
Tanimura N, Tsukamoto K, Okamatsu M, Mase M, Imada T, Nakamura K, Kubo M,Yamaguchi S, Irishio W, Hayashi M, Nakai T, Yamauchi A, Nishimura M, Imai Pathology of fatal highly pathogenic H5N1 Avian influenza virus infection in large-billed crows (Corvus macrorhynchos) during the 2004 outbreak in Japan. Veterinary Pathology 43 500ー509 2006
Mase Masaji, Eto Mariko, Tanimura Nobuhiko, Imai Kunitohsi, Tsukamoto Kenji, Horimoto Taisuke, Kawaoka Yoshihiro, Yamaguchi Shigeo Isolation of a genotypically unique H5N1 influenza virus form duck meat imported into Japan form China. Virology 339 101ー109 2005
Imai Kunitoshi, Ishihara Ryoko, Nishimori Tomoko. First Demonstration of Bovine Herpesvirus 2 Infection among Cattle by Neutralization Test in Japan. Journal of Veterinary Medical Science 67 317ー320 2005
Anti-H9N2 IgM titers in chickens after the 1st immunization with Gal-H9N2 or H9N2
図1
Galを発現させたワクチン(Gal-H9N2)は同抗原を発現しないワクチン(H9N2)に比較しより早期により高い抗インフルエンザ抗体の上昇を誘導する?
NP-LATによる鳥インフルエンザウイルス抗体の検出
図2
A1:抗体陽性(強凝集像);A2:抗体陽性(凝集像); B:抗体陰性(未凝集像)