細胞内寄生菌の感染防御法および診断法に関する研究

 

研究室 家畜微生物研究分野
Lab for Veterinary Microbiology
事業推進担当者 度会 雅久(Masahisa Watarai)

 

研究要旨

 動物由来細菌感染症において特に問題となっている細 胞内寄生菌の感染防御法および診断法の検討を行った。 本研究では,ブルセラ属菌とLawsonia intracellularisの 感染について解析を行った。ブルセラ属菌のマクロファ ージ内への侵入にリピドラフト形成が必須であることを 示した。リピドラフトは細胞内寄生菌が宿主細胞内へ侵 入する際のシグナル伝達に重要な役割を果たしており, リピドラフトの形成を制御することによって感染を制御 する方法を見いだすことができると考えられた。人工培 養が困難とされているL. intracellularisの培養細胞を用い た培養法を検討し,患畜検体からの菌の分離が可能であ ることを示した。分離された菌から抗原および抗体を作 製し,血清学的診断法へ応用することが可能であること を示した。本研究によって得られた成果を応用し,豚増 殖性腸炎の特異的な診断法が開発されることにより,食 の安心・安全を確保することに貢献できるものと思われた。

リピドラフトを介したブルセラ属菌の細胞侵入機構

 細胞内寄生菌はファゴソームとリソソームの融合を阻 止することによってマクロファージ内で増殖するものと 考えられている。このメカニズムは未だ不明な点が多い が,申請者のこれまでのブルセラ菌を用いた実験により, 菌の細胞侵入時におけるマクロファージ表層に存在する 分子の選別が重要であることが示された。ブルセラ菌を 含むファゴソームにはリピドラフトの構成分子が集積し, 膜貫通型蛋白質が排除される。我々の研究と同時期に細 菌以外のウイルス,原虫の感染にもリピドラフトの関与 が示唆されている。そこで本研究ではリピドラフトが微 生物感染におけるゲートウェイとしての機能を持つとい う仮説を立て,これを実験的に立証し,そこから得られ た成果を基盤にした新たな感染防御法の構築を模索した。 具体的には,ブルセラ菌の産生する病原因子が宿主細胞 に及ぼす作用を解析し,菌のマクロファージ内増殖のメ カニズムの解明を試みた。ブルセラ属菌に対するマクロ ファージ上のレセプターはいくつか存在すると考えられ る。本研究ではSR-A がB. abortus のLPS に対するレセ プターとしての役割を持つことが示された。また,B. abortus のLPS はネズミチフス菌のLPS と抗原性は異な るが,SR-A との結合様式に関しては類似性が認められた。 SR-A を介した細胞内シグナル伝達機構は不明な点が多い。 膜貫通型蛋白質として知られるSR-A が菌の感染時にリ ピドラフト中に集積することから,細胞内へのシグナル 伝達に何らかの役割を持つことが推測される。virB4 変 異株の感染では,リピドラフトにおけるSR-A の集積が 認められないことから,LPS 以外の細菌側因子がSR-A のリピドラフトへの集積に何らかの関係があると考えら れた。これらのことから,細菌側の病原因子がSR-A の リピドラフトへの集積を促進し,SR-A を介したシグナ ル伝達が菌の細胞侵入および細胞内増殖に重要な役割を 果たしていることが示唆された。

ブルセラ属菌感染による マウス流産モデルの構築

 ブルセラ症の最大の特徴は流産を引き起こすことであ り,そのメカニズムを解明するためにマウスを用いた流 産モデルの作成を行った。ブルセラ菌はマクロファージ 内で効率よく増殖することが知られているが,本研究に おいてマクロファージ以外の特殊な細胞に効率よく感染 することが示唆された。ブルセラ菌は妊娠した動物に感 染すると胎盤における菌の著しい増殖が認められる。マ ウスを用いたモデル系を構築し,この現象が再現できる ことを示した。感染マウスの胎盤を病理学的に解析した ところ,菌は栄養膜巨細胞内で著しい増殖を示すことが 認められた。マウスを用いた感染モデル系によりブルセ ラ菌の野生株を感染させた場合,流産が引き起こされる ことが認められた。一方,細胞内増殖能を欠くvirB4 変 異株では流産は認められなかった。さらに野生株の感染 によって末梢血中のIFN-γ濃度が胎盤形成期(妊娠7.5 日~)において一過性に増加することが示された。感染 前にIFN-γ中和抗体をマウスに接種することにより, 流産が阻止された。菌感染により母体のTh1/Th2サイ トカインのバランスが崩壊し,妊娠の維持が阻害される ことにより流産するものと考えられた。また,栄養膜巨 細胞が菌の胎盤内増殖において重要な役割を果たしてお り,菌の細胞内増殖が流産に必須であることが示唆され た。栄養膜巨細胞は胎盤形成において重要な役割を果た していると考えられているが,その詳細な機能は不明な 点が多い。菌が栄養膜巨細胞に感染し,その機能を阻害 することによってTh1/Th2 サイトカインバランスの崩 壊および胎盤形成阻害が引き起こされ,流産する可能性 も考えられる。そこで我々は菌の栄養膜巨細胞への感染 が流産を引き起こす主要因の一つと考え,そのメカニズ ムの解析を分子レベルで行っている。現在,栄養膜巨細 胞上の受容体の検索を行っている最中であり,その後受 容体と結合する菌側因子の検討を行う予定である。

豚増殖性腸炎診断法の構築

 Lawsonia intracellularisは豚,馬等の家畜およびウサギ, ハムスター等の実験動物における増殖性腸炎の原因菌で ある。その生態は不明な点が多く,培養法も確立されて いない。広い宿主域を持ち,サルにも感染することから 人への感染も懸念されている。診断法として確立したも のは存在していないが,糞便から本菌DNA の検出が PCR によって可能であることが報告されている。しかし, このPCR 法による検出は感度が低くL. intracellularis の汚染状況の詳細は不明のままである。本研究では培養 細胞を用いた菌の培養法および免疫学的診断法の検討を 行った。McCoy 細胞を用いた培養細胞系を用いること によってL. intracellularis の感染が疑われる動物の腸管 から効率よく菌分離できることを示した。菌体表層蛋白 質LsaA の合成ペプチドに対する抗血清は細胞内増殖し た菌の検出に有用であることが認められた。さらにこの 合成ペプチドを抗原として用いたELISA 法は増殖性腸 炎の血清学的診断に有効である可能性が示唆された。 LsaA に対する抗体を用いた免疫磁気ビーズ法による糞 便からの菌の検出法を構築した。我々の方法によって分 離されたブタ由来株とウサギ由来株の抗原性を比較した ところ,差異があることが認められた。L. intracellularis の培養細胞を用いた培養は他の研究グループから も報告されてはいるものの,結果の再現性に疑問がもた れている。我々の培養法においても長期間継代培養する のは困難であり,さらなる改良が必要である。L. intracellularis は由来する動物種によって抗原性に差異があ ることが認められ,血清型別および共通抗原の同定によ り,特異的診断法の確立および疫学調査への応用に有用 な情報提供となり得る。さらに糞便からの菌検出法を確 立することにより,より簡便で迅速な診断法へ応用でき るものと考えられた。本研究によって得られた成果を応 用し,豚増殖性腸炎の特異的な診断法が開発されること により,食の安心・安全を確保することに貢献できるも のと思われる。

発表論文

著者名
論文タイトル
掲載雑誌
ページ
発行年
Watarai, M., Kim, S., Erdenebaatar, J., Makino, S-I., Horiuchi, M., Shirahata, T., Sakaguchi, S., and Katamine, S. Cellular prion protein promotes Brucella infection into macrophages. J. Exp. Med. 198 5ー17 2003
Kim, S., Watarai, M., Suzuki, H., Makino, S-I., Kodama, T., and Shirahata, T. Lipid raft microdomains mediate class A scavenger receptor-dependent infection of Brucella abortus. Microb. Pathog. 37 11ー19 2004
Watarai, M., Yamato, Y., Horiuchi, N., Kim, S., Omata, Y., Shirahata, T., and Furuoka, H. Enzyme-linked immunosorbent assay to detect proliferative enteropathy in rabbits infected with Lawsonia intracellularis. J. Vet. Med. Sci. 66 735ー737 2004
Watarai, M., Yamato, Y., Murakata, K., Kim, S., Omata, Y., and Furuoka, H. Detection of Lawsonia intracellularis by using immunomagnetic beads and ATP bioluminescence. J. Vet. Med. Sci. 67 449ー451 2005
ブルセラ属菌感染による流産
図1
(A)流産したマウスの胎仔。(B)胎盤の病理組織像。茶色に染色されているのは菌を示している。(C)拡大図。矢印は栄養膜巨細胞を示している。
Lawsonia intracellularisの細胞内増殖像
図2
上図は豚腸管の病理組織像。茶色に染色されているのは菌を示している。下図はMaCoy細胞内で増殖する菌(緑色)。