細菌性人畜共通感染症の発症機構に関する研究

 

研究室 食品有害微生物分野
Laboratory of Food Microbiology and Immunology
事業推進担当者 牧野 壮一(Sou-ichi Makino),川本 恵子(Keiko Kawamoto)

 

研究要旨

 近年,各種原虫病,鳥インフルエンザ,SARS や西ナ イル熱などのウイルス病,炭疽やMRSA などが引き起 こす細菌感染症,更にはBSE など,危険度の高い新興・ 再興感染症の発生が世界各地で発生し報告されている。 日本においても,公衆衛生学的に国民の健康を守り,食 の安全を確保するためにも,これら感染症を制御する対 策の確立が急務となっている。そこで本研究では,これ ら感染症の発生機構や病態形成の機序の解明し,的確か つ迅速な診断・予防法を確立することを目的とする。特 に細菌性感染症で,炭疽菌,ブルセラ菌,野兎病菌,鼻 疽・類鼻疽菌などの危険度の高い感染症を主体に,検出・ 診断法,発症機構の解明,ならびに新たなワクチン開発 のための基礎研究などを行った。

炭疽菌の検出・診断法の確立 および感染機構に関する研究

 炭疽菌は草食動物中心に起こる急性敗血症性人畜共通 感染症である。わが国での発生は少ないが,世界中では 多く発生し,その対策には苦慮している。その原因は環 境中の汚染であり,芽胞として数十年存在し感染を繰り 返す。一方,炭疽の予防にはワクチンが有効であるが, その効果は不完全である。その原因は炭疽の発症機構の 解明が不十分による。以上より,炭疽の汚染状況を把握 する技術の確立と,炭疽の発症機構の細胞レベルでの解 明を通し,炭疽を制御する新技術開発を目的とした。
  防御抗原の精製およびその抗体作成による検出系を確 立し,ワクチン接種群や感染群由来血清を用いて,その 有用性を確認した。また,炭疽菌のpathogenic island 様領域を同定し,莢膜発現を増強する新たな遺伝子を見 出した。さらに,抗芽胞抗体を作成し,その特異性を蛍 光染色にて炭疽菌,B. cereus,B. subtilis,B. thuringiensis の芽胞を用いて比べ,病原株の有無に関係なく炭 疽菌芽胞表層と特異的に反応した。ウエスタンブロッテ ィング法にて,芽胞上の250 kDa および25 kDa の反応 の強いバンドが病原株および非病原株に共通に検出され た。また,マウス腹腔内に炭疽菌芽胞(5×103)と各種 濃度の抗芽胞抗体(0.01,0.1,0.5 mg)を接種し,死亡 率と臓器(肝臓,脾臓)内菌数を計測した。その結果, 抗体を加えていないマウス群では芽胞接種後3日以内に 死亡したが,抗体処理群では,抗体量に比例して死亡率 が低くなり,芽胞に対する抗体が炭疽菌の感染を防御す ることが明らかになった。

ブルセラ症の診断法の開発

 ブルセラ症は,ブルセラ属菌によって起こる感染症で, 種によって,主に感染する動物が異なる。Brucella abortus がウシ,B. melitensis がヒツジ・ヤギ,B. suis がブタ, B. canis がイヌに主として感染し,ヒトはこれらの感染 した動物との接触によって,あるいは,ブルセラ菌によ って汚染された動物由来の製品との接触によって感染す る。即ち,動物のブルセラ症が多く見られる場所ではヒ トのブルセラ症もよく発生する。従って,動物へのワク チン接種などによるブルセラ症の撲滅が本感染症のヒト への蔓延を防ぐ最適な方法であるといえる。ヒトのブル セラ症は全身症状を呈し,あらゆる臓器に感染を起こす ことで知られており,その症状に特異的なものはなく, 発熱,発汗,疲労,体重減少,うつ状態などの症状がみ られる,いわゆるやる気をなくすような倦怠感が長期間 継続し慢性化する特徴がある。さらに,ブルセラ菌は実 験室内感染の危険性が高く,噴霧状態での感染が容易に 起こる。そのため,生物兵器として使われることが心配 されている。一般的にブルセラ症の診断は抗体価の上昇 で調べるが,ヒトにおけるブルセラ症の診断法は確立さ れておらず,実際は家畜の国際標準法に従って行われて いる。しかしこの国際標準法では,Yersinia enterocolitica O9 との交差反応が強いこと,ワクチン接種群におけ る抗体価が高いことなどがあり,確実なブルセラ症の診 断はできない。そこで,外膜蛋白を抽出し,ブルセラ症 のワクチン接種群,そして他の感染症との交差反応の少 ないELISA 法を確立し,その有用性をモンゴルにて検証した。

野兎病菌と鼻疽/類鼻疽菌の 検出及び診断法に関する研究

 生物兵器として使用可能な細菌として炭疽菌,ペスト 菌,鼻疽/ 類鼻疽菌,野兎病菌などが想定されるが,検 査・診断法がまだ確立されていない菌種は鼻疽/ 類鼻疽 菌と野兎病菌である。そこで,本研究では,両者の検出・ 診断法の確立及び治療・予防法の開発や改良を行い,患 者検体および環境中からの迅速な検出および診断法の開 発を行った。鼻疽は本来動物,特にウマの疾病で,土壌 中に存在する。創傷感染や飛沫感染による肺炎,あるい は眼球結膜に付着し涙嚢の感染と鼻出血をおこすが,ヒ トの感染例は姿を消しつつある。一方,類鼻疽はヒトの 疾患で,亜熱帯から熱帯地方の土壌に分布し東南アジア では患者数は高く,致死率も高い危険な疾患である。創傷感染による潰瘍,リンパ節の腫脹,肺炎などを呈する。 野兎病は,野生の動物の病気で,ヒトも感染する。症状 はペストに似て重症化しやすい。野兎病菌の検出は外膜 蛋白であるFopA とMMP 遺伝子を利用したPCR およ びそれらの融合蛋白の精製とその抗体により確立した。 また,類鼻疽菌の検出には,莢膜領域を用いて類鼻疽特 異的検出系をPCR 法にて確立した。また,LPS をhot phenol 法で抽出し,Luminex 蛍光ビーズに共有結合 させ,抗原検出系を確立した。類鼻疽菌のLPS ビーズ は鼻疽菌とB. thailandensis を免疫したウサギ血清と交 差したが,B. thailandensis によるヒト感染症は発生が ないので,ヒトの診断法としては実質的な問題はない。 また,鼻疽菌は類鼻疽菌の鞭毛が欠損したもので,LPS の抗原も一致しているので識別できないが,本検出系は 類鼻疽菌と鼻疽菌を同時に測定できるので,病原菌検出 系としては実用性が高いと判断した。この方法は,類鼻 疽菌,鼻疽菌以外の病原菌とは反応しなかったため,有 用な検出系になるといえる。

発表論文

著者名
論文タイトル
掲載雑誌
ページ
発行年
Makino, S-I., Watarai, M., Cheun, H. I., and Uchida, I. Role of the lower molecular capsule, which was released from the cell surface of Bacillus anthracis, on the pathogenesis. J. Infect. Dis 186(2):227-33. 227-233 2002
Cheun, H-I., Makino, S-I., Watarai, M., Erdenebaatar, J., Kawamoto, K., and Uchida,I. Rapid and effective detection of anthrax spores in soil by PCR J. Appl. Microbiol. 95 728-733 2003
H.I. Cheun, K. Kawamoto, M. Hiramatsu, H. Tamaoki, T. Shirahata, S. Igimi and S.-I. Makino. Protective immunity of SpaA-antigen producing Lactococcus lactis against Erysipelothrix rhusiopathiae infection. J. Appl. Microbiol. 96 1347-1353 2004
Erdenebaatar J, Bayarsaikhan B, Yondondorj A, Watarai M, Shirahata T, Jargalsaikhan E, Kawamoto K, Makino S-I Epidemiological and serological survey of brucellosis in Mongolia by ELISA using sarcosine extracts. Microbiol. Immunol. 48 571-577 2004

Jargalsaikhan. E., Kawamoto, K., Kobayashi, Y., Uchida, I., Rana, N., Makino, S-I
Significant passive protective effect against anthrax by antibody to B. anthracis inactivated spores that lack two virulence plasmids.
Microbiology 152 3103-3110 2006
炭疽菌の病原因子と感染経路
図1
炭疽菌は芽胞としてマクロファージに取り込まれ,発芽過程を経て毒素産生と莢膜形成を伴い,最終的に宿主を死に至らしめる。
ブルセラ感染とワクチン接種牛の判別
図2
ワクチン接種群(V)では我々の作成した検出系では弱い反応しか起こさないが、感染牛(I)では反応が強い。