ベクターコントロールに向けた感染抵抗性要因の遺伝学的解明

 

研究室 原虫進化生物学研究分野
Lab for Protozoan Evolution
事業推進担当者 嘉糠 洋陸(Hirotaka Kanuka),福本 晋也(Shinya Fukumoto)

 

研究要旨

 マラリア原虫に対する昆虫の感染抵抗性因子を探索す る目的で,研究代表者らが世界に先駆けて立ち上げた「齧 歯類マラリア原虫ーショウジョウバエ感染系」を利用し, 異所発現トラップ法によるスクリーニングを実施した。 その過程でFurrowed とよばれる因子の同定に成功した。 研究代表者らのこれまでの研究結果から,この Furrowed はC 型レクチン構造を持つ膜型タンパク質で あり,ショウジョウバエやハマダラカの中腸上皮に発現 し,中腸を通過するマラリア原虫オーキネートもしくは 中腸体腔側に形成されるマラリア原虫のオーシスト形成 を抑制することが明らかとなった。Furrowed はC 型レ クチン構造を介してマラリア原虫を直接認識する。また Furrowed は,細菌感染における機能解析から昆虫の液 性免疫の重要なステップである抗菌ペプチド産生に関わ ることが明らかになった。このFurrowed は中腸におい て免疫応答をサポートする重要な因子であると同時に, 研究代表者らの到達目標である「ベクターコントロール に向けた感染抵抗性要因の遺伝学的解明」に直接結びつ く成果として期待され,現在さらなる解析を進めている。

病原体媒介節足動物の 感染抵抗性メカニズム

 本研究は,蚊,ハエ,ノミやシラミなど節足動物を媒 体とした疾病に対し,昆虫自体が保有する感染抵抗性を 調節する方法を探索し,病原体を保持することが不可能 な昆虫(“アンチ・インセクトベクター”)を作出するこ とを目的とし,このベクターを優占種とすることにより 感染症の制圧を目指す基礎研究基盤とするものである。 それぞれの疾病を引き起こす病原体(ウイルスや寄生虫) が節足動物の体内で成長・増殖し,それらの病原体が宿 主に伝播されることにより感染が成り立つ。このような 病原体媒介節足動物はインセクトベクター(“運び屋昆虫”) と呼ばれ,農作物,家畜,野生動物,そして伴侶動物(ペ ット)に疾病を媒介し広く被害を及ぼしている。またこ れらの中には人間と動物間に病原体が相互伝播する人獣 共通感染症を媒介するものも多数存在し,対策が不可欠 となっている。そこで本研究では,病原体を媒介する昆 虫が持つ固有の免疫応答を改変することにより,その体 内で病原体の生活環が機能し得ない状態を作り上げるこ とを最大の目的とする。これはこれらの感染症が,その 発生様式上,節足動物の媒体を必須としている点に着目 した概念である。本研究では,媒介節足動物の感染抵抗 性状態を遺伝学的手法により作り出し,その要因および メカニズムを明らかにすることによって,ベクターコン トロールに向けた病原体排除方法の確立を目指す。

新規C 型レクチンFurrowed の発見

 マラリア原虫に対する感染抵抗性遺伝子を探索する目的で,研究代表者らが世界に先駆けて立ち上げた「齧歯 類マラリア原虫-ショウジョウバエ感染系」を利用し, 異所発現トラップ法によるスクリーニングをおこない, その結果Furrowed とよばれる因子の同定に成功した。 このFurrowed をアンチ・インセクトベクターの開発の ための重要因子とするためには,実際にマラリア原虫を 媒介するハマダラカにおいてその機能が保存されている ことが必須である。そこで研究代表者らは,ハマダラカ の一種であるAnopheles gambiae ゲノムからfurrowed のホモログ遺伝子を同定した。この遺伝子産物であるハ マダラカFurrowed は,ショウジョウバエと同様の構造 を取るC 型レクチン膜タンパク質であった。ハマダラカ Furrowed を認識するモノクローナル抗体を作成し,そ の発現パターンをハマダラカ成虫にて観察したところ, 極めて興味深いことにメスの中腸においてFurrowed が 吸血依存性に発現上昇することが明らかとなった。この 結果から,マラリア原虫オーキネートが中腸を通過する 際にFurrowed が作用する可能性が示唆され,次に示す RNA 干渉実験をおこなっところ,RNA 干渉法によって ハマダラカFurrowed の機能を阻害した場合では,マラ リア原虫オーシスト数が有意に増加することが明らかと なった。よってハマダラカにおいてFurrowed はマラリ ア原虫オーキネートを積極的に排除している可能性が高 まり,それを裏付けるようにハマダラカFurrowed のC 型レクチンドメインのタンパク質は,マラリア原虫オー キネート表面に直接結合することが明らかとなった。

インセクトベクターによる ベクターコントロール

 本研究の「ベクターコントロールに向けた感染抵抗性 要因の遺伝学的解明」という目標に対し,ショウジョウ バエ及びハマダラカにおけるFurrowed タンパク質の新 しい機能の発見という成果は目覚ましく,これまでの本 研究の進展を踏まえると,その到達目標はほぼ達成され たと考えられる。
  新規のベクターコントロール手法開発において,極め て重要である点は免疫応答改変を可能にする感染抵抗性 制御因子をなるべく多数用意することが必須である。そ れはインセクトベクターによって媒介され,農作物,家 畜,野生動物,伴侶動物に被害を及ぼす疾病は多種多様 であり,また病原体の種類も然りであることに起因する。 そのような節足動物媒介性疾病へのアプリケーションを 考えた際に,インセクトベクターに原虫・細菌・ウイル スなどの異なった病原体に対して抵抗性を付すことがで きるだけの感染抵抗性因子が必要となる。これまでの本 研究の遂行により,既に研究代表者らは十数種類に至る 感染抵抗性制御因子を得ることに成功し,Furrowed を 中心に新たな免疫応答システムの存在を示唆する結果も 手中にある。よって,アンチ・インセクトベクターの開 発のみならず,本研究を通じて見出された感染抵抗性シ ステムの生物学的付加価値が高まることが強く期待され る。これらの感染抵抗性制御因子の解析を滞りなく進め, 今後は実際のインセクトベクターを用いたさらなる機能 解析に加え,Furrowed などの感染抵抗性制御因子を発 現する遺伝子組換え節足動物の作成を目指す。

発表論文

著者名
論文タイトル
掲載雑誌
ページ
発行年
Hirotaka Kanuka, Erina Kuranaga, Tetsuo Hiratou, Hideyuki Okano, and Masayuki Miura Drosophila Caspase Transduces Shaggy/GSK-3b Kinase Activity in Neural Precursor Development EMBO Journal 24 3793ー3806 2005
Hirotaka Kanuka, Tetsuo Hiratou, Tatsushi Igaki, Hiroshi Kanda, Erina Kuranaga, Kazunobu Sawamoto, Toshiro Aigaki, Hideyuki Okano, and Masayuki Miur Gain-of-function screen identifies a role of the Sec61alpha translocon in Drosophila postmitotic neurotoxicity Biochim Biophys Acta 1726 225ー237 2005
Bryce Nelson, Shin-ich Nishimura, Hirotaka Kanuka, Erina Kuranaga, Masato Inoue, Gen Hori, Hiroyuki Nakahara,and Masayuki Miura Isolation of gene sets affected specifically by polyglutamine expression: implication of the TOR signaling pathway in neurodegeneraton Cell Death Differ 12 1115ー1123 2005
Erina Kuranaga, Hirotaka kanuka, Ayako Tonoki, Kiwamu Takemoto, Takeyasu Tomioka, Masatomo Kobayashi, Shigeo Hayashi, and Masayuki Miura Drosophila IKK-related kinase controls caspase activity through IAP degradation Cell 126 583ー596 2006
青沼宏佳、嘉糠洋陸 寄生虫に対する貪食ー“似て非なる者”の認識メカニズム 蛋白質核酸酵素 51 131ー137 2006
FurrowedはC型レクチン構造をもった膜レセプター様因子である
図1
Furrowedタンパク質はC型レクチンドメイン、10回の補体様ドメインの繰り返し、および膜貫通領域を持ち、ショウジョウバエとハマダラカのゲノム中に1個ずつ存在する。哺乳類ホモログ(P-selectin)も存在し、EGFドメインを有する以外は構造上の特徴がよく保存されている。
Furrowedはハマダラカ中腸において吸血依存性に発現誘導され、マラリア原虫に直接結合する
図2
Furrowedタンパク質は、ハマダラカ中腸において吸血依存性にその発現が上昇し、またマラリア原虫オーキネートに直接結合する。Furrowedの人為的な機能阻害はマラリア原虫オーシストの増加を引き起こすことから、FurrowedはそのC型レクチンドメインを介して、マラリア原虫の増殖または分化を抑制していると考えられる。