原虫病制圧を目的としたベクターコントロールシステムの開発

 

研究室 節足動物衛生工学分野
Lab for Molecular Anthropodology
事業推進担当者 藤崎 幸蔵(Kozo Fujisaki)

 

研究要旨

 原虫病の多くは吸血性節足動物(ベクター)によって 媒介されるため,ベクターの防圧(ベクターコントロー ル)は原虫病制圧のための直接的で有力な対策となりう る。とくにマダニは,Babesia やTheileria 症などの,日 本を含む世界各地の畜産に甚大な経済的被害を長年与え ている原虫病だけでなく,バイオテロや,人獣共通の新 興・再興感染症の起因病原体として重要な,様々のウイ ルス,リケッチア,細菌などの媒介者でもあることから, その防圧の重要性は世界的に極めて高い。加えて,現行 の殺ダニ剤主体のマダニ防圧は,薬剤抵抗性を獲得した マダニの頻出や,環境・乳肉の薬物残留汚染などによる 様々な問題が,世界各地で顕在化しており,厳しい状況 に直面しており,有効性と安全性に優れた新規防除技術 の開発の緊急性は,これまた世界的に極めて高い。この ような現況を打破するための新規のマダニコントロール 手段として,本COE プロジェクトでは,抗マダニワク チン,バイオ殺ダニ剤,原虫媒介阻止ワクチンなどを開 発することを目的とした研究を実施することにした。

マダニ生物活性分子の網羅的同定

 本課題の最も主要な研究骨子は,マダニの生存に重要 な役割と機能を発揮する物質(マダニ生物活性分子tick bioactive-molecules:TBM と総称)の探索とその特性 の分子・遺伝子学的な解明を行い,ワクチン候補物質と しての可能性を検証することである。人獣寄生性マダニ として国内外で重要性の高いフタトゲチマダニHaemaphysalis longicornis を用いて,他に類のないマダニの長 期寄生・大量吸血と消化の分子機構を支える酵素や蛋白 などの吸血・消化関連生物活性分子(BD-TBM)の全 容の解明のために必須の,吸血・消化の中枢となってい る唾液腺と中腸のcDNA ライブラリー構築と,EST に よる網羅的解析を実施した。また,抜群に高いマダニの 病原体媒介能の根幹であるが,他の節足動物に比べて不 明な点が多いマダニの自然免疫の分子機構について,こ れを支える酵素や蛋白などの自然免疫関連生物活性分子 (IM-TBM)の特性・機能を解明し,これらが病原虫媒 介に果たす役割を明らかにするために,局所性のIMTBM の解明を目的とした中腸のcDNA ライブラリーの 構築とEST による網羅的解析を実施した。

(1)これらの研究によって,フタトゲチマダニ雌成ダニ の唾液腺と中腸のGene Index (HL SagGI,HLMgGI) が構築された。

(2)EST データベースの解析によって,摂取血液蛋白 の分解に関連すると思われる複数の酵素分子(アス パラギン酸プロテアーゼ,ロイシンアミノペプチダ ーゼ,セリンプロテアーゼなど)の性状・機能の解 明が進展した。また,マダニ自然免疫関連の分子と して,各種Babesia 原虫に対しin vivo とin vitro で 顕著な殺虫効果を有するロンギシンが発見され,マ ダニと媒介原虫の共進化の視点から注目された。こ れらのTBM のうち,アスパラギン酸プロテアーゼ, ロイシンアミノペプチダーゼ,ロンギシンに関して は特許申請を行った。

マダニ生物活性分子の機能解析

(3)特性がほぼ解明されたセリンプロテアーゼ(HlSP) について述べると,cDNA は全長1,570 bp,推定さ れるHlSP 前駆体はアミノ酸464残基で,21残基か らなるシグナル配列の他,哺乳類ではエンドサイト ーシスに関与するとされるcomplement C1r/C1s, Uegf, and bone morphogenic protein-1 (CUB) 及び low-density lipoprotein receptor class A (LDL) ドメ インを含んでおり,分子量は50.4kDa,等電点は8.2 であると考えられた。また推定アミノ酸配列は節足 動物及び哺乳類由来のセリンプロテアーゼ様酵素と 高い相同性を示した。内在性HlSP は,等電点8, 分子量50 kDa 付近に確認され,幼ダニ・若ダニ・ 成ダニの全てにおいて発現するとともに,中腸上皮 細胞に確認され,吸血によってその発現量は増加す ることが示された(図1)。また,組換え体HlSP はウシ血清アルブミンを低分子の断片に分解すると ともに,ウサギ血球を溶解した。セリンプロテアー ゼ特異基質に対するpH および温度依存性を調べた ところ,rHlSP の至適pH は4-5,至適温度は25℃で 酵素活性は広い温度域において維持されていること が確認された(図2)。これらの成績から,HlSP は マダニの吸血行動に重要な役割を果たしていること が明らかとなった。

(4)これらの消化関連酵素の検討によって,マダニの摂 取血液蛋白の75% 以上を占めるヘモグロビン(Hb) の消化プロセスに関与するプロテアーゼ群の概要は, マダニと同様にHb を細胞内(食胞)で消化するマ ラリア原虫にほぼ同様であるという,興味深い結果 が明らかになった。すなわち,マダニ中腸ライソゾ ームに取り込まれたHb 分子はアスパラギン酸プロ テアーゼによってヘムとグロビンに分解される。グロビン蛋白はシステインプロテアーゼによってペプ チド断片化され,この断片が細胞質内でロイシンア ミノペプチダーゼによって数分子のアミノ酸まで分 解されて,産卵・脱皮用の栄養として供される一連 の消化酵素カスケードが,ほぼ明らかとなった。

ワクチン候補としてのマダニ生物活性分子

 現段階で本研究に残されている課題は,これまで明ら かにされた吸血・消化に関連するTBMs について,早 急にワクチン候補物質としての可能性を検証し,遺伝子 を導入したヘルペスウイルスについては,抗マダニウイ ルスベクター組換えワクチンとしての有用性を確認する 必要がある。さらに組換えバキュロウイルス(AcNPV) についても,組換え体がバイオ殺ダニ剤としての可能性 を有するかどうかを前年からの継続課題として検討しな ければならない。また,抗原虫作用が明らかとなったロ ンギシンをはじめとするマダニ体内の抗菌ペプチドにつ いては,種類や発現動態を明らかにするとともに,これ らと反応する原虫側分子についても明らかにし,分子間 クロストークの解明を図る必要がある。また,TBMs はマダニ以外の寄生虫の防圧にも適用可能なものがある と考えられることから,マダニで得られた研究成果を, ひろく吸血性の家畜加害性寄生虫のコントロールシステ ムの樹立に役立てるための努力を行う必要がある。

発表論文

著者名
論文タイトル
掲載雑誌
ページ
発行年
Matsuo T, Inoue N, Ruheta M.R, Taylor D & Fujisaki K Tickcidal effect of monoclonal antibodies against hemocytes, Om21, in an adult female tick, Ornithodoros moubata (Acari Argasidae) J. Parasitol. 90 715ー720 2004
Miyoshi T, Tsuji N, Islam M.K, Kamio T & Fujisaki K Cloning and molecular characterization of a cubilin-related serine protease from the hard tick Haemaphysalis longicornis Insect Biochem. Mol. Biol. 34 799ー808 2004
Matsuo T, Okoda Y, Inoue N, Xuan Z & Fujisaki K Fate of GFP-expressed Escherichia coli in the midgut and reaction of hemocytes in a tick, Ornithodoros moubata (Acari: Argasidae) Exp. Parasitol. 108 67ー73 2004
Miyoshi T, Tsuji N, Islam M.K, Kamio T & Fujisaki K Enzymatic characterization of a cubilin-related serine proteinase from the hard tick Haemaphysalis longicornis J. Vet. Med. Sci. 66 1195ー1198 2004
Miyoshi T, Tsuji N, Islam M.K, Kamio T & Fujisaki K Gene scielncing of a cubilin-related serine proteinase from the hard tick Haemaphysalis longicornis J. Vet. Med. Sci. 66 1471ー1473 2004
フタトゲチマダニの内在性HlSPの局在
図1
免疫組織化学染色法によって内在性HlSPは中腸で発現することが確認された。
pH及び温度依存性のセリンプロテアーゼ(HlSP)活性
図2
組換えHlSPは広範なpH及び温度で活性が認めらる。これはドラスチックに変化する外環境(生活環)に対するマダニの適応・進化を強く示唆するものと考えられる。A:pHによる影響 B:温度による影響