食の安全確保研究グループ総括
  大動物特殊疾病研究センター長  牧野 壮一

はじめに

 近年,腸管出血性大腸菌O157感染症,牛海綿状脳症(BSE), 低脂肪による黄色ブドウ球菌食中毒など,食の安全を巡 る諸問題が続発し,かつてないほど国民の安全な食品確 保に対する関心と要望は強くなっています。また,わが 国は東南アジア諸国から多種・多様の食品や食材を輸入 しており,これら東南アジア諸国においては,食中毒菌 や高病原性鳥インフルエンザなどの新興・再興感染症の 原因となる病原体,そして農薬の残留など,種々の病因 物質によって食品が汚染されることが多く,輸入食品を 介してこれらの病因物質がわが国に持ち込まれる可能性 が高くなってきています。さらに,海外渡航者の増加に 伴って,輸入感染症の国内への侵入も危惧されています。 そのため,食品汚染の実態や輸入感染症の発生状況を詳 細に検討し,原虫や細菌・ウイルスによる輸入食品媒介 感染症や食中毒の発生を未然に防止する対策が必要とな っています。
  「食の安全確保」研究グループでは,農場から食卓ま での食品の流れの中で,原虫病を媒介するカやダニ等の ベクターコントロール,食品媒介感染症等のヒトへの健 康被害に与える影響や程度(リスク),食品の安全確保 のためのフードシステムの構築に関して総合的に研究し てきました。その結果,食に関わる原虫病,細菌,ウイ ルス感染症の感染機構の解明や新たな検出・診断法の確 立や予防法などが開発されました。さらに,新たな食肉 処理技術の開発や,感染症の発生が社会に与える影響に ついての研究が進展されました。今後,これらの技術や システム,人材を基礎に国際的な機関とも連携をはかり, 世界的な研究拠点を形成するため,より一層の発展を図 りたいと考えています。

図1

(1) 原虫病に対する診断技術の開発

 食品媒介性原虫病としてクリプトスポリジウム症やト キソプラズマ症が重要であるが,それらに対する最新の 血清ならびに遺伝子診断法を世界に先駆けて開発し,そ れぞれ農場における集団下痢症での原因調査や海外の疫 学研究において,その有用性を確認した。それらの技術 を他の原虫病にも応用し,例えば,ウマバベシア症の診 断に組換え抗原を用いたELISA が開発され,今後農水 省動物検疫所の輸入馬へのスクリーニング方法として導 入予定である。また,15分以内で判定可能なICT がウ マバベシア症に対して確立され,簡易迅速血清診断法と して流行地での原虫病診断法として普及が期待される。 また,複数の原虫遺伝子を増幅可能なPCR 法や簡便で 迅速な遺伝子増幅法として近年注目されているLAMP (Loop-mediated Isothermal Amplification)法も確立さ れた。これらの新規の診断法の開発が評価され,原虫病 研究センターは国際獣疫事務局(OIE)のレファレンス・ ラボラトリーとして認定された。

図2

(2)ベクター・コントロール・シ ステムの開発

 原虫病の多くは吸血性の蚊やダニ(ベクター)によっ て媒介されるため,ベクターの防圧は原虫病制圧のため の直接的で有力な対策となり,原虫の食品汚染の制御に もつながる。そこで,抗マダニワクチン,バイオ殺ダニ 剤,マラリア媒介阻止可能な蚊の作出のための基礎的研 究が推進された。ダニの遺伝子を網羅的に検索した結果, ダニの新たな消化関連酵素が多数発見され,吸血行動に 重要な役割を果たしていることが明らかとなった。また,マラリア原虫の蚊の体内の発育を阻止する新たな遺伝子 が同定された。今後,これらの成果がベクターのコント ロールに応用されることが期待される。

(3) 食品媒介感染症の制御

 食料が農場から食卓,更には体内に至る流通・代謝過 程の中で,人体に危害をもたらす可能性のある要因を科 学的に解析し,その危害の予防法や排除技術の開発に資 する科学的根拠を構築することを目的として研究が進め られた。病原性大腸菌O157,サルモネラ,リステリア 等の食品媒介感染症,特に細菌性感染症における原因病 原体の検出と予防法技術やシステムの開発,安全性評価, 薬剤抵抗性・感受性の評価,内因性及び外来性物質の安 全性評価,安全性評価手法の開発に関する研究を行い, 食中毒の発生に迅速に対応可能な体制の確立が図られた。

(4) 食品媒介感染症の制御

 危険度の高い新興・再興感染症の発生が世界各地で発 生し,日本においても,公衆衛生学的に国民の健康を守 り,食の安全を確保するためにも,これら感染症を制御 する対策の確立が急務となっている。そこで,炭疽やブ ルセラ症の発症機構や病態形成の機序を解明し,簡便か つ迅速な診断法が確立された。また,高病原性鳥インフ ルエンザ研究では,ウイルスの不活化法,自然抗体を活 用したワクチンの抗原性の増強法およびラテックスビー ズによる簡便な診断法が開発された。また, BSE の病態 や診断法に関する研究にも多くの進展が見られ,今後の 社会貢献が期待される。

図3

(5)食品安全性に対応したフード システムの構築

 農場から食卓までの安全確保のうち,食肉乳製品の化 学的,衛生的な安全性の検討,安全性に関するトレーサ ビリティーの構築に関する研究を推進した。その結果, 食肉のトレーサビリティーに資する新たなシステムを開 発し,実際に運用した。また牛・豚枝肉の洗浄方法を検 討し,水道水に比べて,有機酸,特に乳酸が細菌の増殖 抑制と中枢神経組織の除去に効果的であることが明らか となった.また,更にヴェトナムにおけるブタの飼育形 態および原虫感染との関連を調査し,今後の途上国にお ける原虫病の実態調査,予防に関する基礎的な情報を収 集することができた。

将来への展望

 本COE プログラムは,“食の安全確保に関する世界 規模での研究教育拠点形成”を目的としてスタートしま した。特に,わが国と食品面で関係の深いアジア地域に 主眼を置き,人材育成も視野に入れたプログラム展開を 行ってきました。病原体の基礎研究から,検出・診断法 の開発など応用面での研究,そしてJICA を通じての国 際貢献,大学院畜産衛生専攻や学部学生への食品衛生教 育,食品衛生や畜産衛生面での行政への貢献,国際獣疫 事務局との連携など,国内外に大きく貢献できたと思っ ています。現在,多くの研究機関で“食の安全”が当然 のように考えられていますが,本プログラムの展開が今 日の食品衛生の改善や進展に果たしてきた役割は少なく ないと考えています。今後はこれらの技術や知識をグロ ーバルな視点で展開して,畜産衛生分野における卓越し た拠点形成を推進する必要があると考えています。