拠点総括

    研究プロジェクトリーダー 五十嵐郁男

「原虫病」と「畜産衛生学」のつながり

 本プログラムの研究対象である「原虫」は,真核性単細胞の微生物であり,ある種の原虫は人や動物に寄生して重度の病気を引き起こしています。原虫の遺伝子構造,構成タンパク質,発育様式,生活環はウィルスや細菌などの病原性微生物に比較してより複雑であり,更に病原性原虫の多くが宿主の免疫を巧みに回避する機構を有しており,ワクチンや治療薬開発の障害となっています。このように,原虫病は世界的規模で人や動物に大きな打撃を与えており,特に開発途上国では動物性蛋白質資源の生産の重大な障害となっています。また,世界貿易の自由化に人や食料の国際的移動が益々増加し,原虫病や人獣共通感染症が世界規模で移動・拡散する危険性が増大しています。特に我が国は半分以上の食物を海外より輸入しており,食物の安全と安心の確保が国民の極めて大きな関心事となっており,新興・再興感染症に対する対策も重要となっています。このように,原虫病は人の公衆衛生,畜産物の生産向上の大きな障害となっており,人や食品のグローバル化に伴い,原虫病を中心とした感染症に対する研究・教育分野の活性化が必要とされています。そこで,本プロジェクトは,獣医・畜産系大学では唯一の全国共同利用施設である原虫病研究センターを中核として,獣医学・畜産科学両領域の有機的な融合による新たな教育研究基盤を構築し,原虫病を中心とした感染症研究の世界的研究拠点の形成,「食の安全確保」に貢献しうる,世界に伍する能力を持った若手研究者の養成を重要目標としました。

図1

原虫病を核とした“食の安全”教育研究拠点の「両軸」

動物および人獣共通感染性の原虫病の基礎研究および応用研究を一層飛躍進展させるために,「動物性蛋白質資源の生産向上」研究サブグループと「食の安全確保」研究サブグループの2研究グループ体制を構築し,各研究グループにより原虫病の制圧を中心とした研究を推進しました。具体的には,原虫のゲノムや抗原機能解析,原虫の宿主細胞侵入機構の解明,原虫病に対する治療・ワクチン開発,家畜生産病の予防,原虫病の診断法の開発・疫学調査,原虫媒介性節足動物の免疫機構・ワクチンの検討,原虫病・食中毒・BSE・鳥インフルエンザに対する診断・サーベイランスシステムに関する研究を推進しました。また,本プログラムでは,原虫病を中心とする感染症や開発途上国での家畜生産性向上や,食品の生産・加工・流通・消費など食の流れ全体を捉えるフードシステムの構築等の問題に対し,大学などの学術拠点が果たす役割として,「牧場から食卓まで」を一貫して対象とする学際的学問領域の確立が望まれている。そこで本学は,本プロジェクに参画する教員を中心に,獣医学と畜産科学を融合させ,従来とは一線を画す新しい大学院「畜産衛生学」専攻の設置を計画しました。さらに,JICA との連携により実施している「上級原虫病研究コース」や国内外の大学,研究機関,国際機関との連携をはかり,世界の中でただひとつしか存在しない,畜産衛生学に重点化した世界オンリーワンの国際的教育研究機関への飛躍的発展を目指しました。

図2

原虫病領域研究水準の実質的グローバル化

本プログラムの特徴は,教員・若手研究者・大学院生が一体となって畜産衛生学の基礎研究成果を応用展開する実践的科学の場にあることです。また,本学の教育研究理念の骨子である「食の安全の確保」を目指した畜産衛生学分野では,近年の食糧流通および人獣共通特殊疾病流行のグローバル化に対応するため,研究水準のレベルアップと国際化が強く求められています。本学では,原虫病研究センターと大学院畜産学研究科博士課程が連携してこのような社会要求に答えるべく,本プログラムによる拠点形成サポートを最大限に生かして,研究レベルを質・量ともに飛躍的に押し上げました。その実績として,最近5カ年での国際的学術雑誌掲載論文数が約300報に達し,当該分野での着実かつ地道な実学的研究成果の蓄積に加え,生命科学系三大誌(ネイチャー・サイエンス・セル)に掲載されるような革新的学術成果が得られました。これらの成果は,全学の教員数が150名の単科大学として大変際立った成果であり,畜産衛生学領域において世界トップ5の学術拠点を目指していた本学にとって,その名に相応しい研究水準を獲得したと考えられます。また,これらの研究成果は国内外からも高く評価され,本プログラムの事業推進担当者である若手教員がプロジェクト研究代表者となった総額1-5億円規模の外部資金獲得(3件),スイスに拠点を置く研究財団(Foundation for Innovative New Diagnostics)から総額12万ドルの外部資金獲得などの大型外部資金が得られています。

図3

食の安全を担う若手専門家のための新たなキャリア・パス

 

 本学21世紀COE プログラム実施中盤まで,全国共同利用施設である原虫病研究センターを核に,岐阜大学大学院連合獣医学研究科および岩手大学大学院連合農学研究科からの人材確保を行ってきました。これまでの本学の拠点形成活動が多方面から評価され,平成16年度に本学独自の大学院畜産学研究科畜産衛生学専攻修士課程,18年度には博士課程の設置が認められました。本専攻は,主としてCOE プログラムに参画している教員で組織されており,「食の安全」に関する大学院としてその独自性は世界的にも際立っております。また,学生の3分の1以上がアジア・アフリカ地域からの留学生であり,「魅力ある大学院教育」イニシアティブ・プログラムにも採択されております。原虫病を中心とする感染症,食の安全を担う高度な専門技術者・分野指導者・研究者などを継続的に輩出することが可能となり,名実共に畜産衛生学に特化した国際的教育研究拠点形成が達成されました。

原虫病研究の国際的“ハブ”としての貢献

 原虫病研究センターは,JICA 長期研修コース,機関研究員,客員教授の招聘,国内外の大学や研究所との共同研究を推進する等国内外の研究員に広く活用されており,さらに平成17年度には国際監視部門(新規3研究分野)が増設され,世界トップレベルの原虫病総合研究施設として認知されつつあります。また,国際協力機構(JICA)との連携による「上級原虫病研究コース」は開発途上国から毎年10名の研修員を受け入れ,10年間に渡り実施されてきました。平成17年度からは,本コースを拡大・発展させ,原虫病研究の他にウィルス,細菌感染症の課題を加えた「食の安全確保のための人畜共通感染症対策コース」を実施しています。これらの研究員の中から,各国の畜産衛生学分野のリーダーが輩出されており(南アフリカAgricultural Research ouncil(ARC)家畜ビジネス部門室長,中国延辺大学農業分校学長など),研究生,大学院博士課程学生,ポスドクとして原虫病研究センターへの受入れによる再教育など,本プログラムは国際的人材育成にも大きく貢献しています。さらに,原虫病研究センターは,動物や動物由来製品の輸出入に関連する国際規約を作成し,人や動物の安全上必要な条件を規定する唯一の獣医国際機関である国際獣疫事務局(OIE)のリファレンス・ラボラトリーに認定され,原虫株試料保管や国際的診断法の実施機関として重要な業務を担っています。

図4


世界に冠たる「畜産衛生学」専門教育研究拠点へ


  本学は我が国で唯一の獣医畜産系単科大学として,日本の食糧基地・北海道十勝平野にあって農畜産に関する基礎研究を行い,当該分野のリーダーとなりうる高度専門家の育成を展開しています。平成12年度に日本でただ1ヶ所の獣医畜産系全国共同利用施設である原虫病研究センターが設置されて以来,同センターを本学における教育および研究の中心として据え,大学院重点化単科大学の将来構想の下,畜産衛生に特化した教育研究を実施してきました。本21世紀COE プログラム「動物性蛋白質資源の生産向上と食の安全確保-特に原虫病研究を中心として-」の推進により,大学院畜産衛生学専攻博士課程の設置が認められました。また,平成17年度より文科省の事業として感染症の分野の研究の活性化と人材育成を目的として,「新興・再興感染症研究拠点形成プログラム」が実施されており,原虫病研究センターも原虫病を主体とする人獣共通感染症の制圧の分野を担っております。その結果,原虫病研究センターは畜産衛生学専攻博士課程の重要な構成組織となりました。これから本拠点は,畜産衛生学に重点化したアジア・環太平洋地域を代表する獣医・畜産系単科大学から,イギリス・ドイツ・米国・南アフリカなどの当該分野での世界「トップ5」に名を連ねる,拠点動物および人獣共通原虫病の研究を中心とする世界的教育研究拠点としてさらに継続的に発展すべく,今後も最大限の努力を傾注致します。

図5