抗感染因子としてのミルクオリゴ糖の動態に関する研究

 

研究室 乳衛生研究分野
Lab for Milk hygiene
事業推進担当者 浦島 匡(Tadasu Urashima),中村 正(Tadashi Nakamura)

 

研究要旨

   

 病原性細菌やウィルス, 原虫が宿主に侵入する際,宿 主上皮細胞上の複合糖質の糖鎖をレセプターとして付着 し,感染を開始することが知られている。ヒトなどのミ ルクオリゴ糖はレセプターと化学構造が類似しており, 可溶性レセプターアナローグとして病原体の宿主への付 着を阻止したり,乳児腸管内でビフィズス菌の増殖を促 進する働きが知られている。しかし多数のヒトミルクオ リゴ糖の個々の詳細な機能については,十分な解明がさ れていない。その解明の一環として,泌乳開始1~3日 間の乳において代表的なミルクオリゴ糖の定量分析を行 い,Campylobacter jejuni による乳児下痢予防効果をも つ2ʼ-FL は1日目に含量が高いこと,プレバイオティク ス作用の示唆されるLNT は1日目よりも2日目,3日 目で増加することを明らかにした。また,全ヒトミルク オリゴ糖画分や代表的な個々のオリゴ糖について,ヒト 腸管由来細胞の病原菌認識分子Toll 様受容体(TLR) の発 現への影響を調査し,TLR2 , 4 , 6 などの発現上昇への影 響を明らかにした。一方,各種の病原体感染のレセプタ ー構造調査のためのツールとして活用目的で,広範囲な 動物の乳からミルクオリゴ糖ライブラリーの構築を行っ た。他機関においてその一部を活用し,Laishmania major の宿主侵入機構解明にも役立てられた。

   

ヒト初乳における中性および酸性 オリゴ糖の定量分析

 ミルクオリゴ糖はヒト初乳中に22~24g/L, 常乳中に 12~13g/L の濃度で含まれる。それは人乳中ではラクト ース, 脂質につぐ3番目の固形成分である。その生理的 役割は,レセプターアナローグとして乳児腸管上皮に病 原性細菌が付着するのを阻止する,プレバイオティクス として乳児腸管内ビフィズスフローラの形成を促進する, 抗炎症作用などの免疫調整作用を有するなどが示唆され ているが,個々のオリゴ糖が実際にどの程度含まれ,ど のような生理的意義を有するか,明らかにはされていな かった。本研究では,代表的な中性オリゴ糖10種類,酸 性オリゴ糖9種類について,糖鎖の標識方法の検討を行 い,逆相系における高速液体クロマトグラフィーの条件 を検討して,泌乳開始1~3日での定量分析を行った。 その結果,ミルクオリゴ糖の中でとくに優先的なのは, 2ʼ-FL, LNFP1, LNDFH1, LNT であり,Campylobacter jejuni による下痢防止に効果をもつ2ʼ-FL は泌乳開始1 日目にとくに含有量が高いこと,ビフィズス因子の本体 と仮説化されているLNT は泌乳開始日より2~3日で 増加することが示された。これは乳児に対し,ミルクオ リゴ糖によるレセプターアナローグとしての感染防御効 果は出生直後にとくに重要であり,その後そのプレバイ オティクス作用によってビフィズスフローラが形成され, 間接的な感染防御効果が高まることを示唆している。ま た,Helicobacter pyroli による感染に防御効果のある3ʼ-SL は泌乳開始日に含有量が高く,母から子への同菌の感染 をミルクオリゴ糖が予防することを示唆している。一方, それらの定量によってヒトの乳においては,タイプ1型 のミルクオリゴ糖(Gal (β1-3) GlcNAc を含む)がタイプ 2型のもの(Gal (β1-4) GlcNAc)よりも優先的であるこ とが明らかになった。類人猿を含めて他種の乳ではタイ プ2型のものしか含まないか,タイプ2型の方が優先的 である。上の性質はヒトの進化過程で獲得されたもので あり,乳児腸管内ビフィズスフローラ形成への寄与によ る新生児保護機構がヒトの生存に重要な役割をもった可 能性を示唆している。

ミルクオリゴ糖がヒト腸管由来細胞HT-29 のToll 様受容体発現に及ぼす影響

 ミルクオリゴ糖にはレセプターアナローグとしての感 染予防効果,ビフィズス菌の定着, 増殖を促進する効果, ならびに乳酸菌などのプロバイオティクスと組み合わせ ることによる免疫調整効果のあることが知られている。 感染防御の機構としては,病原菌が付着するレセプター 糖鎖とミルクオリゴ糖の構造類似性による付着拮抗阻害 が示唆されているが,一方においてミルクオリゴ糖によ る病原菌認識分子Toll 様受容体(TLR)への刺激も予 想される。ミルクオリゴ糖による腸管内有用菌定着なら びに病原菌排除のメカニズムの解明と,産業的に使用可 能なオリゴ糖のプロバイオティクスおよびシンバイオテ ィクスとしての利用目的のために,全ヒトミルクオリゴ 糖画分(HMO),ウシ初乳酸性オリゴ糖画分(aBMO), 市販のガラクトオリゴ糖(GL)および人乳中に代表的な オリゴ糖(2ʼ-FL, 3-FL, LNT, LNFP1, 3ʼ-SL, 6ʼ-SL, LST c) および粗精製したガラクトオリゴ糖(4ʼ-GL, 6ʼ-GL)を用 いて,ヒト腸管由来HT-29細胞におけるTLR 発現への 影響を検討した。プレートに培養したHT-29細胞にそれ ぞれの画分を2段階の濃度で投与して,さらに24時間培 養し,細胞を回収してからTLR2,TLR4,TLR6および MD2mRNA 発現量を逆転写Real-Time PCR を用いて比 較検討した。HMO の投与区では,濃度によって TLR2mRNA またTLR4mRNA 発現量が有意に上昇した。 GL 投与区では,低い方の濃度でTLR2mRNA 発現量が 有意に上昇した。その結果,ヒトミルクオリゴ糖や市販 ガラクトオリゴ糖が病原菌認識分子Toll 様受容体を刺 激することが示唆された。精製したオリゴ糖を用いた分 析では,6ʼ-SL,6ʼ-GL 投与がTLR2発現量を有意に上昇し, TLR4発現に対してはLNFP1, また6ʼ-GL 投与が有意に 上昇した他,3ʼ-SL, また 6ʼ-SL 投与でも増加の傾向が見 られた。TLR6発現に対しては,6ʼ-GL 投与が有意に上 昇した。この結果から,これらの受容体の発現に対し, ガラクトースの6位に置換を受けた糖が効果を有するこ とが示唆された。一方,MD2mRNA 発現に対しては, いずれのオリゴ糖投与区も効果をもたなかった。これらの結果,ミルクオリゴ糖による有用菌の定着また病原菌 の排除機構として,ミルクオリゴ糖自身による腸管細胞 の刺激の関与がはじめて提案された。

糖鎖を介した相互作用解析用ツールとしてのミルクオリゴ糖ライブラリーの構築

 病原性細菌やウィルス, 原虫の宿主上皮細胞への感染は, 宿主細胞表面における糖タンパク質や糖脂質の糖鎖と病 原体のレクチンとの相互作用や,反対に宿主側のレクチ ンと病原体表面の糖鎖との相互作用を介して開始する。 一方,炎症反応にも糖鎖を介したクロストークの関与が 示されている。すなわち,炎症をもたらす内皮細胞と血 小板や白血球との接着には,P-, E-セレクチンとシアリ ルルイスxなどの糖鎖との相互作用が関与している。そ のような各種の病原体や病原体の生産する毒素のレセプ ター糖鎖を解析し,将来的に糖鎖を感染予防,治療剤と して利用するためには,多様な構造をもった糖鎖をライ ブラリーとして揃えることが必要である。ライブラリー 用の糖鎖としては糖タンパク質や糖脂質から切り出した 糖鎖の他,複合糖質の糖鎖と類似した多様な化学構造を もち,グラム単位での回収が見込まれるミルクオリゴ糖 もその重要な対象である。浦島はこれまでに,ヒト,ウ シなどの家畜, 各種の野生動物の乳から,ABH 抗原, α-Gal エピトープ,Lewis a, b, x, y などの多様な構造を もったミルクオリゴ糖を分離, 精製, 構造解析し,ミル クオリゴ糖ライブラリーの構築に努めている。また上の ような糖鎖を介した相互作用を研究対象としている研究 機関に供与し,病原体の感染機構の解明にも役立ってい る。一例としては,病原性原虫Laishmania major が宿 主に感染する際に,その表面糖鎖と宿主側のガレクチン との相互作用の関与が示唆されてきたが,その関与には 病原体側のポリガラクタンと宿主側のガレクチン-3お よび9との親和性が係わることが,供与したワラビー由 来のミルクオリゴ糖を使用したモデル実験などによって, 国内外の他研究機関によって調べられた。このように糖 鎖を介した相互作用の解析用ツールとしてミルクオリゴ 糖ライブラリー構築は,今後も求められている。

発表論文

著者名
論文タイトル
掲載雑誌
ページ
発行年
T. Urashima, S. Asakuma, M. Messer Milk Oligosaccharides Comprehensive Glycoscience (ed. J. P. Kamerling), Elsevier   2007年刊行予定
T. Urashima, M. Kitaoka, S. Asakuma, M. Messer Milk Oligosaccharides Advanced Dairy Chemistry, The 3rd ed. (eds. P. McSweeney and P. Fox), Springer     2007年刊行予定
S. Asakuma, T. Urashima, M. Akahori, H. Obayashi, T. Nakamura, K. Kimura, Y. Watanabe, I. Arai, Y. Sanai Variation of neutral oligosaccharides levels in human colostrum Eur. J. Clin. Nutr.     2007年刊行予定
Y. Uemura, S. Asakuma, T. Nakamura, I. Arai, T. Urashima Occurrence of a unique sialyl tetrasaccharide in colostrum of a bottlenose dolphin (Tursiops truncatus) Biochim. Biophys. Acta 1725 290 - 297 2005
T. Nakamura, H. Kawase, K. Kimura, Y. Watanabe, M. Ohtani, I. Arai, T. Urashima Changes in bovine colostrum of milk sialylglycoconjugates during early lactation J. Dairy. Sci. 86 1315 ー 1320 2003
泌乳初期におけるヒトミルクオリゴ糖含量とその意義
図1
主要なヒトミルクオリゴ糖のうち、Campylobacter jejuniに対する感染防御能のある2'-FLは、泌乳開始1日で高く、ビフィズス因子と考えられるLNTは2〜3日で増加する
ミルクオリゴ糖によるシンバイオティクス効
図2
ヒトミルクオリゴ糖はヒト腸管細胞の病原性認識分子Toll様受容体mRNA発現を刺激する