動物の原虫感染に対する抵抗性遺伝子の発生工学的研究

 

研究室 ゲノム機能学分野
Research Unit for Functional Genomics
事業推進担当者 鈴木 宏志(Hiroshi Suzuki)

 

研究要旨

α-tocopherol transfer protein (α-TTP)遺伝子欠損マウスがマラリアおよおびトリパノソーマ感染に対して抵抗性を示すことを示した。α-TTP活性の抑制は、原虫に酸化的なストレスをもたらし、このことが原虫の増殖を抑制することを明らかにするとともに、α-TTP活性の抑制とクロロキンの併用がマラリア感染に対しより効果的な治療法になる可能性を示した。さらに、α-TTP遺伝子欠損マウスに感染したマラリア原虫は、酸化的ストレスを回避するために成熟赤血球よりも網状赤血球に感染の場を求めることを明らかにした。α-TTP活性の抑制は、原虫感染の予防あるいは治療法のひとつとして有効であると考えられる。

α-tocopherol transfer protein欠損マウスにおける原虫感染抵抗性

 宿主の栄養状態と原虫感染症との関係については,古くから注目されており,多くの研究がなされている。特に,マラリアあるいはトリパノソーマ感染症とビタミンE との関係については,宿主および寄生原虫の双方に対する酸化的ストレスの影響の観点から,ビタミンE 欠乏食を用いた動物実験や疫学的観察等の多くの研究がなされてきたが,宿主のビタミンE 欠乏状態が原虫感染症抵抗性に働くとの報告がある一方で,感受性に働くとの主張もなされており,結論が出されないまま残された課題となっていた。そこで,“酸化ストレス”による効果的な原虫感染治療法あるいは感染抵抗性動物の開発の可能性を探るため,ビタミンE を肝臓から循環中に転送し,血中のビタミンE 濃度を規定している蛋白であるα-tocopherol transfer protein (α-TTP) を欠く遺伝子欠損マウスを発生工学的手法によって樹立し,この循環中ビタミンE 欠乏性の酸化ストレスモデルマウスにマウスマラリアを感染させた。その結果,この遺伝子欠損マウスでは,マラリアおよびトリパノソーマ感染に対して有意な抵抗性を示すこと,および赤血球内のマラリア原虫のDNA は酸化的障害を受けていることを観察し,宿主のビタミンE 欠乏は,原虫感染症抵抗性に働くことを証明した。欠損マウスに感染した原虫は,成熟赤血球よりもむしろ網状赤血球に多く感染する傾向が認められた。また,マラリア感染におけるクロロキン投与とα-TTP活性の抑制効果は顕著であり,クロロキンは通常の臨床用量の1/2以下で十分な治療効果を発揮したことから,薬剤抵抗性原虫対策としての有効性も示唆された。

トリパノソーマ感染におけるエリスロポエチン投与の効果

 野生型マウスに造血因子エリスロポエチンを投与することによって人為的多血症を誘起することで、トリパノソーマ感染抵抗性に導くことが可能であること、さらに、この効果は、造血因子の投与によりトリパノソーマDNAに酸化的障害に起因することを明らかにした。造血系への刺激による赤血球数の増加が、循環中の酸化的ストレスを増大させ、このことがトリパノソーマ原虫の増殖抑制に働いているものと考えられる。C57BL/6J系マウスに1 x 10^3個のT. congolenseIL3000株血流型虫体を腹腔内投与によって感染させた場合、循環中における急速な原虫の増殖と貧血が観察され、通常、感染10日目前後までには全例が死亡する。しかしながら、ヒト遺伝子組換えエリスロポエチン製剤を感染日から8日間(5000 IU/kg/day)連続して腹腔内投与を行うと、感染20日目までは全例生存し、感染30日目では50%、感染60日目においても25%のマウスが生存するとういう極めて顕著な延命効果が認められた。また、エリスロポエチン投与の延命効果、原虫増殖抑制効果について、イセチオン酸ペンタミジン製剤と比較検討した結果、エリスロポエチンはペンタミジンと同等あるいはそれ以上の貧血改善、原虫増殖抑制および延命効果を持つことが明らかとなった。さらに、原虫DNAの酸化的障害の指標として8-OHdG)を用いて解析した結果、T. congolense原虫は、エリスロポエチンの投与によってDNAに酸化的障害を受けていることが明らかとなった。

マラリア感染防御におけるスカベンジャーレセプターの機能

 スカベンジャーレセプター(SR-A)は変性LDLの取り込みを指標にクローニングされたが、広範なリガンドを持っており、細菌、ウイルス感染において重要な役割を担うことが知られている。しかし、原虫感染におけるこの受容体の寄与については、ICR x 129 を遺伝的背景に持つSR-Aノックアウトマウスを用いた実験で、ノックアウトマウスは野生型と比較してPlasmodium berghei感染において高い感受性を示したという報告(Nogami et al., 1998)があるものの、その詳細は未だ明らかになってはいない。そこで、C57BL/6Jを遺伝的背景に持つSR-Aノックアウトマウスを用いて、マウスマラリアであるPlasmodium berghei NK65およびPlasmodium yoelii 17Xに対するSR-Aの関与を検討した。SR-AノックアウトマウスにP. berghei NK65およびP. yoelii 17Xを感染させた結果、野生型として用いたC57BL/6Jと比べ、生存率の有意な差は認められなかった。パラシテミアと血液性状(ヘマトクリット、白血球数、赤血球数、血小板数)においても、遺伝子型の違いによる有意な差は見られなかった。マウスにおけるマラリア感染において、系統の違いが感受性に影響することはよく知られており、遺伝的背景が抵抗性の違いに影響を及ぼしている可能性がある。また、以前の報告(Nogami et al., 1998)では、慢性的な動向を示しているマラリア感染において、SRはその防御機能を示していたが、本実験のような急性致死性感染においては、SR-Aのマラリア感染における宿主防御機能は大きくないことが示唆された。

発表論文

著者名
論文タイトル
掲載雑誌
ページ
発行年
Inoue, M., Xuan, X., Fujisaki, K., Igarashi, I. and Suzuki, H.  Role of type I/II scavenger receptors in malarial infection in C57BL/6J mice. Am.J.Trop.Med.Hyg.  75 178-181 2006
Suzuki, T., Ueta, Y, Y., Inoue, N., Xuan, X., Saitoh, H. and Suzuki, H.  Beneficial effect of erythropoietin administration on murine infection with Trypanosoma congolense.  Am.J.Trop.Med.Hyg.  75 1020-1025 2006
Ye, X., Hama, K., Contos, J. J. A., Anliker, B., Inoue, A., Skinner, M. K., Suzuki, H., Amano, T., Kennedy, G., Arai, H., Aoki, J. and Chun, J.  LPA3-mediated lysophosphatidic acid signalling in embryo implantation and spacing.  Nature  435 104-108 2005
Tamura, Y., Osuga, J., Adachi, H., Tozawa, R., Takanezawa, Y., Ohashi, K., Yahagi, N., Sekiya, M., Okazaki, H., Tomita, S., Iizuka, Y., Koizumi, H., Inaba, T., Yagyu, H., Kamada, N., Suzuki, H., Shimano, H., Kadowaki, T., Tsujimoto, M., Arai, H., Yamada, N. and Ishibashi, S.  Scavenger receptor expressed by endothelial cells I (SREC-I) mediates the uptake of acetylated low density lipoproteins by macrophages stimulated with lipopolysaccharide.  J. Biol. Chem.  279 30938-30944 2004
Kuronuma, K., Sano, H., Kato, K., Kudo, K., Hyakushima, N., Yokota, S., Takahashi, H., Fujii, N., Suzuki, H., Kodama, T., Abe, S. and Kuroki, Y.  Pulmonary surfactant protein A augments the phagocytosis of Streptococcus pneumoniae by alveolar macrophages through a casein kinase 2-dependent increase of cell surface localization of scavenger receptor A.  J. Biol. Chem.  279 21421-21430 2004
マラリア感染赤血球のコメットアッセイ
図1
野生型マウスの赤血球では核を持たないため、核染色施した蛍光が観察されない(A)。マラリア感染野生型マウスから採取した赤血球では、マラリア原虫の核がドット状に染色されている。これに対し、マラリア感染α-TTP欠損マウスから採取した赤血球では、核の障害を示す、明瞭なコメットテイルが観察される。
抗8-OHDG抗体を用いた間接蛍光抗体法によるマラリア感染赤血球の評価
図2
α-TTP欠損マウス由来の感染赤血球内には、酸化的ストレスによるDNAの障害マーカーである緑色の抗8-OHDG抗体陽性像が認められるが、野生型マウス(C57BL/6J)由来の赤血球では、マラリア原虫の核(赤色)は染色されているが、抗8-OHDG抗体陽性像はほとんど観察されない。
抗8-OHDG抗体によるT. congolense原虫DNAの酸化的障害の検出
図3
EPO投与マウス由来の感染赤血球内には、抗8-OHDG抗体陽性像が認められる。非投与マウス由来の赤血球では、トリパノソーマ原虫の核(赤色)は染色されているが、抗8-OHDG抗体陽性像は観察されない。