自殺原虫ワクチンの実験モデル開発

 

代表研究者:杉本千尋
共同研究者:井上 昇

研究課題の背景・目的

 

 原虫は宿主の免 疫応答から逃れるための細胞内寄生・抗原変異・免疫かく乱など多種多様な生存戦略を有しているためワクチン開発は極めて困難である。このため,真に安全か つ有効な原虫病ワクチンを開発するために発想の転換による新たなワクチン開発戦略の構築が求められている。多くの原虫病では,無症状で持続感染している宿 主には同種原虫の重篤な感染が起こらない"感染免疫"が成立する。したがって,原虫病に最も効果的なワクチンは弱毒生ワクチンであるが,原虫が病原性を発 揮する機構は極めて複雑であり,自然突然変異に依存した従来の弱毒化技術では有効なワクチン開発は困難である。本研究では動物体内での原虫増殖を人為的に 操作することを目的に,テトラサイクリン誘導性プロモーターや原虫発育ステージ特異的プロモーター制御下で致死遺伝子を発現する"自殺原虫"を作製する。 さらに,原虫病の病態回復や免疫増強に即した有用生理活性分子を自殺原虫に産生させることで,ワクチン効果・高い安全性・生体機能調整効果・免疫賦活効果 などを合わせ持った全く新しい多機能ワクチンの開発を最終目的とする。本研究によって極めて安全性が高い原虫病生ワクチンが開発できることが予想される。

研究課題の概要

1.自殺遺伝子導入・発現法の検討

スイッチオン→(例) 有害遺伝子をスイッチオンすることで原虫を自滅させる。
スイッチオフ→(例) 必須遺伝子をスイッチオフすることで原虫を自滅させる。

1)テトラサイクリン誘導性double strand RNA interference法または時期特異的プロモーターと致死変異遺伝子を組み合わせて自殺原虫を作製する。

2)In vivoで致死遺伝子が確実に誘導されるか否かを検討し,ワクチン効果についても検討する。

3)自殺原虫にサイトカイン,生理活性蛋白質などの遺伝子を導入,発現させた場合のワクチン効果と生理活性について検討する。

4)自然宿主における各種原虫感染症に対する自殺原虫ワクチンの効果を総合的に検証する。

 これらの研究と並行して,宿主体内あるいは宿主細胞内での発育に重要な役割を果たす原虫蛋白質の同定とそれらの機能解析,遺伝子解析を行う。さらにこれらをスイッチオフした場合どの様な表現型となるか検討を行う。

2.迅速で簡便なトランスジェニック原虫作製法の開発

 これまでに数多 くのウイルスや細菌などが遺伝子発現用或いは生ワクチン用ベクターとして研究・開発されているが,いまだ有効な原虫ベクターは開発されていない。そこで, 本研究では遺伝子発現用或いは自殺型生ワクチン用の原虫ベクターを開発するためにトキソプラズマ原虫のベクター化を試みる。その第一歩として,薬剤耐性遺 伝子と自然発光遺伝子を選択マーカーとした迅速で簡便な組換えトキソプラズマ原虫作製法について検討している。

得られた成果

1. テトラサイクリン誘導性double strand RNA interference (RNAi)法による必須遺伝子の誘導的発現阻止

 トリパノソーマ コンゴレンセ(Tc)は家畜のアフリカトリパノソーマ病を起こす原虫である。TcでのRNAi法は確立されておらず,Tcに対する自殺型ワクチン開発の第一段階としてTcにおけるRNAi法の開発を試みた。その結果,細胞骨格蛋白質であるβチュブリン,蛋白合成に必須なリボソームP0サブユニットおよびミトコンドリアHSP70に対するRNAiに成功した。P0およびHSP70は必須遺伝子であり,それぞれの遺伝子に対するRNAiによってTcが死滅することも確認できた。これらの知見は自殺原虫ワクチン作製を推進する上で極めて有用である。

2.簡便かつ高感度な原虫検出法の開発

 自殺原虫ワクチンの安全性を評価するためには自殺誘導後に体内から原虫が完全に排除されたことを証明する必要がある。そこで我々はLAMP法を用いたトリパノソーマ高感度検出法の開発を試みた。LAMP法は定温でDNA合成反応を行う画期的な方法で,感度および特異性はPCRと同等かそれ以上である。我々は原虫検出法として世界ではじめてLAMP法を応用し,トリパノソーマの高感度検出に成功した。本法は各種原虫の高感度診断法にも応用可能であり,自殺原虫ワクチンの評価系としても有用である。

3.原虫蛋白質の機能解析

 赤血球寄生性原 虫に発現する蛋白質の機能解析を,特に赤血球膜蛋白質との相互作用の観点から検討した。その結果,馬バベシア原虫ならびに牛タイレリア原虫から宿主細胞膜 蛋白質と相互作用する蛋白質を同定した。これらの原虫蛋白質は赤血球への接着,侵入,細胞内増殖と脱出に関与していることが推測されることから,原虫に対 するワクチン開発上の素材として用いることが可能と考えている。

今後の展望

 本研究計画によ る原虫病生ワクチン開発は,これまでワクチン開発の律速段階であった原虫の弱毒化と安全性の確立を原虫に自殺遺伝子を導入することで一気に解決する点が独 創的かつ先駆的である。これまでも病原性関連遺伝子の破壊などによって原虫を弱毒化する試みはなされてきたが,病原性因子が複雑であるため成功例はない。 そこで我々は「病原因子の発見と破壊」という手法から発想を転換し,テトラサイクリンなどの遺伝子発現誘導因子,あるいは原虫発育時期特異的プロモーター の制御化でワクチン効果発揮後に自滅する「自殺原虫の作製」を計画した。自殺原虫の優れた点はその高い安全性と生理活性物質などの同時発現が可能である点 で,全く前例のない多機能生ワクチンの開発が期待できる。

Suicidal protozoa, a new strategy for the development of protozoan vaccines

Vaccine development for protozoan diseases is an important but cumbersome subject for scientists. Most protozoan parasites can evade host immune responses in highly sophisticated ways, such as antigenic variation and intracellular parasitism. However, once a host animal is infected and recovers from the infection of a certain type of protozoan parasite, it can overcome subsequent infections from the same parasite. Such a phenomenon is called concomitant immunity. In our research, an effort was made to use concomitant mmunity in the development of vaccines for protozoan diseases. Suicidal protozoa mean an attenuated protozoan parasite having inducible lethal mutation. Unlike the usual strains of attenuated vaccines for protozoan parasites, the growth of suicidal protozoa can be manipulated in inoculated animals. Thus, the suicidal protozoa will be used as a safe and effective vaccine. Foreign gene expression, double-stranded RNA interference (dsRNAi), and related molecular biological techniques will be used to develop these suicidal protozoa. We expect the suicidal protozoa project will be a solution of vaccine development of protozoan diseases. It is anticipated that the suicidal protozoa will result in solutions to problems related to the development of a vaccine against protozoan diseases.

The results from this project are summarized below.

1) A system of tetracycline-inducible dsRNAi in Trypanosoma congolense has been developed. Inhibition of tubulin gene expression resulted in abnormal cell morphology. Inhibition of the mitochondrial HSP70 gene of T. congolense by RNAi was revealed to be lethal.

2) Loop-mediated isothermal amplification (LAMP) has been developed as a sensitive detection method of trypanosomes from infected animals. Diagnostic methods based on LAMP will be used for highly sensitive diagnoses of various protozoan diseases.

3) Several molecules of Babesia and Theileria parasites that interacte with host erythrocyte membrane proteins have been identified. These molecules may be playing critical roles in the intraerythrocytic growth of the parasites and may be used in the development of a recombinant vaccine.