老化のメカニズム
(ほ)老化のメカニズムを巡って


In Search of the Secrets of Aging(米国国立老化研究所)
 Gerontology(Joao Pedro de Magalhaes)


@はじめに
A個体老化と細胞老化
Bカロリー制限と活性酸素
C遺伝的メカニズム
D老化、ガン、細胞死
E老化、松果体、概日リズム

@はじめに

 

老化のメカニズムについては古くから基本的に二つの学説、つまりプログラム説擦り切れ説が対立してきました。二つの基本学説のそれぞれにいろいろなバリエーションがありますが、概念的には(形式的には)この二つに分類できるでしょう。老化の進化学説(究極要因)から予想されるメカニズムは擦り切れ説の方です。

  • 淘汰圧は、できるだけ老化を遅延したり抑制するメカニズムを進化させるはずなのです。それでも高齢個体になるほど淘汰圧は弱くなるので老化を進化的に淘汰することはできなかった、と考えることができます。言い換えると、老化プログラムは生物学的メカニズムではなく、老化遅延プログラムとか老化抑制プログラムの方こそが生物学的メカニズムなのだ、と予想されるのです。

  • 生物学的メカニズムとは、生物学的仕事を遂行する生物学的装置(つまり蛋白質またはその作用ネットワーク)のことを指しています(⇒生物のエネルギー変換)。細胞機能を実際に行っている分子的実体は、各種の酵素、輸送蛋白質、細胞骨格蛋白質などの蛋白質です。この蛋白質の生産自体にも自由エネルギーを消費しますし、この蛋白質の作用にも自由エネルギー消費が必要です。つまり、生物が生命を維持するために必要な過程が「生物学的仕事」であり、その手段が「生物学的メカニズム」です。

    • 言い換えると、老化遅延プログラムや老化抑制プログラムの方は生物学的仕事として行われ(蛋白質の重層的作用ネットワークとして行われ)、自由エネルギーを主体的に(つまり蛋白質作用として)消費するのに対して、老化「プログラム」の方には対応する生物学的メカニズムはないだろう、ということです。老化遅延プログラムあるいは老化抑制プログラムの(不可避的、熱力学的)崩壊はあっても、その生物学的崩壊(生物学的仕事の達成目標としての崩壊)はないだろうし、まして、老化「プログラム」の生物学的発現はありえないだろう、ということです。

老化は生存力や繁殖力の加齢に伴う全般的低下です。老化のメカニズムを探る上では、何よりも老化の現象論を明らかにする必要があるでしょう。しかし、現象論だけでは老化の因果関係は掴めません。そこで、生理学や遺伝学の助けを借りる必要があります。

現象論的に見ると、ホメオスタシスの中枢である視床下部や免疫機能の中心となる胸腺などの機能低下が重要であるように思われます。最近、松果体機能が老化抑制に重要であるとの知見も増えて来ました。

さて、では、こうした臓器の加齢に伴う機能低下はどのようなメカニズムで引き起こされるのか?原因は、それらの臓器自体の内部にもあるでしょうし、外部にもあるでしょう。

  • 仮に、加齢とともにある臓器が純粋にその臓器の内的要因だけで退縮する一方、その退縮がほかの臓器や個体全体の老化にとっての外的要因となるとすれば、その臓器を老化のペースメーカーと呼ぶことができるでしょう。哺乳類の場合、松果体がそのような老化のペースペーカーだと考える人たちがいます。

  • パラビオーシス

一方、臓器の老化は一般にその臓器を構成する細胞の細胞老化細胞死によってもたらされることは明らかです。では、細胞老化や細胞死はどのような要因によってどのようなメカニズムによって引き起こされるのか?老化のメカニズムを理解する上でこの点を明らかにすることが重要です。

  • Hayflick (1961) は、細胞には分裂寿命があるということを発見しました。ヒトですと約50回ほどです。しかし、これが個体寿命の要因となっているとの証拠は全くないと思われます。同じように、体細胞のテロメアは細胞周期が回転するごとに短縮していきますが、これを細胞の分裂寿命と考えることはできても、個体寿命の要因と考えることには無理があります。

  • 今のところ、哺乳類の寿命を実験的に延長することのできる唯一の方法は制限給餌(カロリー制限)です。代謝を抑えるわけですから、代謝活動に伴う活性酸素の生成も低下することになるでしょう。老化の擦り切れ説の一つとして、活性酸素による損傷の加齢による蓄積を老化の原因とする仮説がありますが、制限給餌による寿命延長はこの仮説を支持するものと考えてよいでしょう。

    • 制限給餌による寿命延長のメカニズムは実際には後述するようにもっと複雑です。活性酸素による損傷蓄積が老化の要因であるにしても、損傷蓄積は代謝速度だけで決まるわけではないからです。活性酸素を生成しないようにする「回避」能力、いったん生成した活性酸素を除去する能力、さらには活性酸素によって生じた損傷を修復する能力など、いろいろな要因が絡んでいるからです。

    • 因みに、同じサイズの鳥と哺乳類はほぼ同じ固有代謝率を持ちますが、限界寿命の方は鳥の方が2倍ほど長いことが知られています。

  • 老化メカニズムの遺伝学的研究としては線虫やショウジョウバエを対象としたものが中心です。長命変異株や短命変異株の解析から、やはり代謝活動や活性酸素がキーポイントになっていることが示唆されています。


    A個体老化と細胞老化


    Bカロリー制限と活性酸素

    老化要因として、加齢に伴う活性酸素障害の蓄積を想定する仮説が現在最も魅力的(妥当)であると思われます。この仮説を支持する証拠には現在、下記の五点を挙げることができます。

    • なお、活性酸素障害は、@活性酸素生成速度、A活性酸素消去速度、B障害修復速度の三つのバランスによって決まるものと考えられます。老化が活性酸素障害の加齢に伴う蓄積によって起こるものとすれば、@の抑制、またはAやBの改善によって老化が遅延することが予測されます。





    (い)活性酸素障害の加齢に伴う蓄積

    A. 活性酸素を巡る諸問題

    カンブリア紀大爆発と呼ばれる適応放散では、マクロスコピックな(つまり、肉眼で見えるような大きさの)生物が大量に出現しました。現存するすべての動物門もこの時期に誕生した、と考えられています。このような大爆発を可能にした環境要因として酸素分圧の上昇が重要であったと考えられているわけですが、それは酸素呼吸による活動性の増大と結びついています。

    しかし、酸素は基本的に有害な分子です。事実、絶対的嫌気性の生物(すべて細菌)が今でも大量に生息していますが、これらのものは酸素にさらされると死んでしまいます。

    • 無機界の窒素(つまり大気中の窒素ガス)を生物界に取り込むはたらきを生物的窒素固定と呼びます。根粒菌とか一部のシアノバクテリアがこの窒素固定能力をもっていますが、それを触媒する酵素、ニトロゲナーゼは酸素によって不可逆的に失活しています。このため、こうした窒素固定細菌はニトロゲナーゼに酸素を触れさせないような工夫を行っているのです。

    活性酸素は、酸素分子が不対電子を捕獲することによって生成します。酸素→過酸化酸素(スーパーオキサイド)→ヒドロキシルラジカル→過酸化水素という順に生成しますが、あとの三つが活性酸素です。活性酸素種 reactive oxygen species、とも呼ばれます。このうち、ヒドロキシルラジカルが最も反応性が高く(不安定で)、生体機能分子(核酸、蛋白質、脂質)を酸化的に損傷させやすくなっています。このため、スーパーオキサイドを過酸化水素に変換するスーパーオキサイドディスムターゼ(SOD) superoxide dismutase と、その過酸化水素を無毒化するカタラーゼペルオキシダーゼなどの働きによって、生成したスーパーオキサイドを速やかに無毒化しないと、好気性(および条件的嫌気性)生物は生存できません:絶対嫌気性細菌の方は酸素を避けて生存しています。

    • 哺乳類の限界寿命と生命サイクルテンポのページに示された表でお分かりのとおり、SODは生物界で最高速の分子活性をもっています:スーパーオキサイドがヒドロキシルラジカルに変換するより前に過酸化水素に変換する必要があるためです。

    A−1. 活性酸素生成の場とその回避メカニズム

          活性酸素障害は、@活性酸素生成A活性酸素消去B活性酸素障害修復の三つの過程のバランスによって決まります。活性酸素障害をできるだけ軽減すべく、生命はこれら三つの過程のそれぞれに工夫を凝らしているものと考えられます。

  • 酸素発生型の光合成を行う生物(シアノバクテリア、植物、藻類など)では光合成に伴う活性酸素障害が最も重要ですが、動物をはじめとするその他の酸素呼吸生物では酸素呼吸が最も顕著な活性酸素生成過程です。酸素呼吸で消費される酸素の2〜3%が活性酸素に変換すると考えられているのです。

    • 酸素呼吸はこのように両刃の剣です。さらに面白いことに、生体防御に不可欠な白血球による貪食では、活性酸素の生成をも生物学的メカニズムにしています。つまり、病原微生物の殺菌に活性酸素を用いるのです。生命の進化の重要な側面の一つである機会主義(または御都合主義)の好例といってよいでしょう。

      • 白血球による殺菌作用では「生物学的メカニズム」による活性酸素生成が行われますが、通常の酸素呼吸に伴う活性酸素生成は、このページの冒頭で定義した意味においては「生物学的メカニズム」ではありません。この違いに注意してください。

    • 呼吸鎖での生成

      • 呼吸鎖で活性酸素を生成するのは主に複合体VのいわゆるQサイクルです。補酵素Q(またはユビキノン)は複合体T(NADH−CoQレダクターゼ)または複合体U(コハク酸−CoQレダクターゼ)によって還元されてQHとなります。QHは引き続いて一電子還元を連続的に二回おこなって元の酸化状態Qに戻るのですが(QH⇒・Q⇒Q→QH)、このときの不安定な中間体であるユビセミキノン・Qは酸素と直接に反応してスーパーオキサイドアニオンOを生成しやすいのです。

        • このQサイクルによって普通はチトクロムb(またはチトクロムc)が還元されて、最終的に複合体W(チトクロムcオキシダーゼ)の働きで酸素が還元されて水を生成します。この「正常な」酸素還元が起こる割合を100とすれば、呼吸鎖における上述の活性酸素生成はだいたい1〜3の割合で起こる、とされているのです。

      • 活性酸素生成を低減するメカニズムとして考えられているものに脱共役蛋白質 (UCP1,UCP2,UCP3) があります。電子伝達のエネルギーをATP生産に共役させるメカニズムを阻害する物質を一般に脱共役剤(アンカップラー)と呼びます。アンカップラーの存在下では電子伝達が進行し、酸素も還元されますが、ATPは生産されません。このため、電子伝達のエネルギーはすべて熱に変換されることになります:共役している状態では、電子伝達エネルギーの約50%がATPに変換され、残りの約50%が熱に変換されるものと考えられます。恒温動物の高い体温を維持するためには、積極的な熱生産メカニズムが不可欠ですが、脱共役蛋白質はその一因子になっているわけです。この脱共役蛋白質が活性酸素生成を抑制するメカニズムは不明ですが、実際にこれを欠落するマウスでは活性酸素生成が増大しているとの知見が得られています。また、脱共役により、ATPレベルは低減します。このため、電子伝達に対するATPによるネガティブフィードバックがかからず、電子伝達速度は高まります。こうして脱共役蛋白質が作用するミトコンドリア内では酸素濃度が低下しますから、活性酸素生成も低下することが予想されます。

    • 光合成的電子伝達系での生成

      • 光合成的電子伝達系にも呼吸鎖と同様のQサイクル(ただし、担体は補酵素QではなくプラストキノンPQです)がありますから、このPQサイクルが活性酸素生成の一つの場であろう、と考えられます。また、Hans Mohr and Peter Shopfer 著の「植物生理学」によれば、フェレドキシンが最も重要である、とのことです。フェレドキシンは光化学系T複合体の成分で、普通は、フェレドキシンレダクターゼの反応によってNADPを還元するのに用いられます。しかし、NADPが枯渇すれば(つまり、ほとんどがNADPHに還元されていれば)、その電子は行き場を失い、酸素を還元してスーパーオキサイドアニオンを生成するのです。

        • 還元されたNADP、つまりNADPHは暗反応(カルビン回路)でC3炭素(グリセルアルデヒド3−燐酸)を還元するための補酵素として機能します。つまり、明反応が暗反応の能力以上に進むような状況では、フェレドキシンに由来する活性酸素生成が進みやすい、ということです。

    A−2. 活性酸素の消去メカニズム

  • 上述のように、生成されたスーパーオキサイドアニオンはスーパーオキサイドディスムターゼの作用によって速やかに過酸化水素に変換されます。過酸化水素はカタラーゼやペルオキシダーゼにより水と酸素に変換されて無毒化されます。

    • 主なペルオキシダーゼは動物系と植物系とで異なります。動物系ではグルタチオンペルオキシダーゼが作用し、植物系ではアスコルビン酸ペルオキシダーゼが作用するのです。カタラーゼと異なる点は、ペルオキシダーゼでは基質として過酸化水素のほかにグルタチオン(動物系)やアスコルビン酸(植物系)を必要とする点です。

    A−3. 活性酸素障害修復メカニズム

    B. 活性酸素の加齢に伴う蓄積

  • 8-oxo-2-deoxyguanosine (oxo8dG)はDNAの酸化損傷によってできる生成物(主なものでも20種類ぐらいありますが)の一つです。oxo8dGの生成は G-to-T トランスバージョン変異を起こす原因になり、oxo8dG を特異的に修復する酵素が存在します。肝臓における量は、老齢ラット(24−26ヶ月齢)は若齢ラット(3−6ヶ月齢)の約三倍に増加します:0.11±0.01(老)対 0.04±0.002(若)oxo8dG/105 dG, P < 0.01。

  • ヒト骨格筋では: 一例として、若齢(17〜40歳)、壮齢(41〜65歳)、老齢(66〜91歳)の三グループを比較した研究を紹介しておきます。⇒Free Radic Res 2000 Sep;33(3):287-93

      総合SOD活性:若齢(17〜40歳)男>老齢(66〜91歳)男
      MnSOD活性:若齢(17〜40歳)女<老齢(66〜91歳)女
      グルタチオンペルオキシダーゼ活性:不変
      カタラーゼ活性:若齢(17〜40歳)男>壮齢(41〜65歳)男>老齢(66〜91歳)男
      還元型グルタチオン:不変
      酸化型グルタチオン:壮齢(41〜65歳)男<老齢(66〜91歳)男>老齢(66〜91歳)女
      蛋白質のカルボニル化:若齢(17〜40歳)男<壮齢(41〜65歳)男、老齢(66〜91歳)男
      過酸化脂質:若齢(17〜40歳)女<若齢(17〜40歳)男、壮齢(41〜65歳)男<老齢(66〜91歳)男
      過酸化脂質:若齢(17〜40歳)女、壮齢(41〜65歳)女<老齢(66〜91歳)女

      • 蛋白質のカルボニル化や過酸化脂質は活性酸素による細胞機能の損傷を表していますから、ヒト骨格筋でもだいたいの傾向として、この活性酸素障害が加齢とともに蓄積し、それが骨格筋の老化と関係していることが伺われます。また、この傾向は女よりも男の方で強めです。抗酸化能についても、例えばカタラーゼ活性は加齢とともに顕著に減少していきます。ところが、これは男のみで女の場合には加齢に伴う低下はないようです。↑に示された抗酸化能のうち、女で加齢とともに低下しているのは一つもありません。

        • ヒト男子では加齢に伴ってカタラーゼ活性が減少するという事実からすれば、カタラーゼを老化抑制の一指標とみてよいとする考えが成立します。しかし、(に)限界寿命と活性酸素生成の種間差でみるように、固有代謝率あたりカタラーゼ活性はは、限界寿命が長い種ほどかえって低いという結果がでています。この二つの事実はパラドキシカルな関係にありますが、前者は種内での(かつ男子だけの)比較であるのに対し、後者は種間差を問題にしている、という点で次元が異なっていることに注意してください。

          • 逆にいうと、カタラーゼは老化速度や寿命の種間差を決める要因にはなりえないけれども、ある特定の種の個体差を決める要因にはなりうるのではないか、と考えることができます。

    (ろ)活性酸素消去能の実験的増大と老化遅延、寿命延長

  • 活性酸素による細胞損傷作用とその加齢に伴う蓄積という事実から、老化の原因が加齢に伴う活性酸素傷害の蓄積であることは、強く示唆されます。ところが、こうした事実だけでは、本当にそれが原因であるのかを科学的に論証することができません。活性酸素傷害は、老化の原因ではなく結果に過ぎない、という結論も同じ事実から導かれるからです。そこで、活性酸素傷害の程度を実験的に操作したときに老化やり寿命に予想される変化が起こるのかどうかを確かめなくてはなりません。

    A. SODとカタラーゼの過剰発現による老化遅延、寿命延長(キイロショウジョウバエ)

  • Sohal, RS のグループはキイロショウジョウバエを用いて、このことを確かめました。すなわち、Cu,Zn-SOD とカタラーゼの両方を過剰発現させると、老化は遅延し限界寿命も延長したのです。(Science 263, 1128-30 (1994))。過剰発現によってみられた変化は↓のとおりです。

    • 約30%ほど平均寿命と限界寿命が延長した。
    • 加齢に伴うDNA損傷やたんぱく質損傷が遅延した。
    • X線照射によるDNA損傷が低下した。
    • ミトコンドリアにおける加齢に伴う過酸化水素生成が低下した。
    • 歩行速度が増加した。
    • 代謝ポテンシャルつまり一生における総代謝量が約30%増加した。

    B. 活性酸素障害⇒アポトーシス伝達経路の欠失による老化遅延、寿命延長(マウス)

  • 私たち哺乳類の場合はどうか気になるところですが、マウスで似たような結果が得られています ⇒ Nature 1999,402(6759):309-13: The p66shc adaptor protein controls oxidative stress response and life span in mammals: マウスの p66shc遺伝子にターゲット変異を導入することによってストレス耐性が高まり寿命が延長した、という実験です。⇒補足説明へ

    C.SOD/カタラーゼ模擬(合成触媒)暴露による老化遅延、寿命延長(線虫)

  • ここでは遺伝子操作ではなく合成触媒を用いた実験です。SODやカタラーゼと類似の触媒作用をもつ合成触媒(EUK-8, EUK-134)を含んだ培養液で線虫 Caernorhabditis elegans を飼育させると、野生株の非処理コントロールに比べて、平均寿命も最大寿命も約50%ほど延長します。⇒ Science 2000, 289(5484):1567-9:Extension of Life-Span with Superoxide Dismutase/Catalase Mimetics

    • 同様な効果は寿命変異株を用いても得られています。mev-1 遺伝子は呼吸鎖の複合体Uのサブユニットであるシトクロムbをコードしていますが、この変異によって加齢に伴う活性酸素障害は高まり、酸素に対する感受性も高まるのですが、寿命が37%ほど短くなるのです。この変異株に上述の処置を施すと野生株の寿命に戻るのです。

    • こうした効果が他の形質を変容することによる非特異的なものでないことは、自己稔性や体重が非処理コントロールと異なるところはないという点から確かめられています。

    (は)長寿変異によるストレス耐性の増大

  • これについては哺乳類の生命サイクルテンポに対する淘汰圧 C老化の進化学説(究極要因)---洗練編のところでも若干説明しました。

    (に)カロリー制限と老化遅延、寿命延長

  • カロリー制限による老化遅延、寿命延長は60数年ほど前に発見されました。その後70年代中頃より活発に研究が進み、いろいろな生物種で再現性が高く強力な老化遅延・寿命延長操作であることが分かってきました。このため、老化メカニズムを研究するために広範に使われています。

    • カロリー制限が有効な生物には、哺乳類や酵母、ショウジョウバエ、線虫のほか、魚類、蛛、ミジンコ類などがあります。

    • 霊長類では十数年前に研究が始まったばかりなので、カロリー制限の及ぼす効果の全容は未定ですが、げっ歯類で観察される効果とおおむね一致した結果が今のところ得られています。

      • Proc Natl Acad Sci USA 1996 Apr 30;93(9):4159-64 MA, Lane et al.: Calorie restriction lowers body temperature in rhesus monkeys, consistent with a postulated anti-aging mechanism in rodents.

      • 例えば、血糖値やインシュリン濃度の低下、インシュリン感受性の向上、体温の低下などです。

      • 最近のレビューは⇒Eur J Clin Nutr 2000 Jun;54 Suppl 3:S15-20 GS, Ross et al.: Effects of reduced energy intake on the biology of aging: the primate model.

        • 自由給餌に比べ30%減のカロリー制限を行ったところ(リスザルやアカゲザル)↓。
        • 体重は軽く、脂肪も肉質も少なかった。
        • 成熟も遅れ、身長も低かった。

          • 成熟が遅れるからといって、この成熟の遅れにカロリー制限による老化遅延・寿命延長の原因があると考えることはできません。というのは、成熟齢以降のカロリー制限によっても老化遅延と寿命延長は起こるからです。

        • 平均体温はやや低下し、グルコース耐性が向上し、インシュリン感受性が高まった:後者の特性から、加齢に伴う糖尿病罹患率の低下が緩和されることが示唆される。
        • デヒドロエピアンドロステロン硫酸塩の血漿濃度を含む老化指標も低下した。

    A. カロリー制限給餌の現象論

    • カロリー摂取量が少ないほど平均寿命も最大寿命も延長します。

      • C3B10F1系の雌マウスの場合、週あたり約140kcalを摂取していると平均寿命は30ヶ月弱、最大寿命は40ヶ月弱であるのに対し、週あたり約40kcalの摂取では、それぞれ50ヶ月弱と60ヶ月弱に延長します。割合にして、どちらも50%前後延長したことになります。もちろん、体重は摂取カロリーが高いほど重くなります:↑の場合、前者で約50g、後者で約20gです。

    • 加齢変化の生理学的指標、約300のうち、80〜90%ほどの指標がカロリー制限によって改善されます。

      • カロリー制限によって老化が遅延する指標には、例えば、行動・学習、免疫応答、遺伝子発現、酵素活性、ホルモン作用、グルコース不耐、DNA修復能力、タンパク質合成速度などがあります。また、加齢に伴って発現しやすくなる肥満、糖尿病、癌などの罹患率も減少します。

        • カロリー制限による霊長類アカゲザルの活性酸素障害蓄積遅延については⇒FASEB J 2000 Sep;14(12):1825-36: Caloric restriction of rhesus monkeys lowers oxidative damage in skeletal muscle.

      • カロリー制限によっては抑制することの出来ない老化指標の例には、網膜の老化があります。

    • 代謝ポテンシャル(つまり、一生の間に行える代謝活動の総量)は増加します。

      • これは、カロリー制限によって「細く長い」タイプの生活パターンに変化するということではありません。カロリー制限によって活動性も高まりますので、むしろ「太く長い」タイプの生活パターンがとられるようになる、ということです。

      • もちろん、このパターンに進化的利益があるのかどうかということとは別の問題です。例えば、体の大きさ(または喧嘩の強さ)に対する淘汰圧(例えば、ハーレム生活を送る雄)がかかっていたとすれば、繁殖齢以降の死亡率の高さを犠牲にしても繁殖齢で大きな体を保持していた方が進化的に有利なはずだからです。

    B. カロリー制限による寿命延長のメカニズム

  • では、どのようなメカニズムによってカロリー制限は老化を遅延し、寿命を延ばすのでしょうか?様々な仮説が提唱されてきましたが、成熟遅延説や体脂肪減少説などは現在否定されています。

  • では、代謝率の減少が原因になっているのでしょうか?代謝率そのもの(つまり個体としての代謝率)がカロリー制限によって低下することは自明のことです。ところが、固有代謝率レベルで見ると、低下しないという事例と低下するという事例とがあって決着を見ていません。これに対し、霊長類を含め、カロリー制限によって平均体温が低下します。体温低下は一般に代謝効率(エネルギー効率)を高めるのに有効です。カロリー摂取量の低下を補償すべく代謝効率を上げることによって、必要量をとりこめるようにするというメカニズムです。

        摂取量=吸収量+排泄量ですが、吸収効率という指標を用いると、吸収量=吸収効率×摂取量となります。また生物学的仕事量=エネルギー効率×吸収量という関係にありますから、生物学的仕事量=吸収効率×エネルギー効率×摂取量です。したがって、吸収効率を上げてもエネルギー効率を上げても実質的な効率は上がることになります。

    • 体温が低下すると一般に活動性の低下を導きます。ところが、カロリー制限によって(体温が低下するのにもかかわらず)活動性が低下するということはありません。その秘密は、恐らく体温の概日リズムの変化にあるでしょう。ラットをカロリー制限して育てると、平均体温は低下しますが、体温の概日リズムの振幅は却って上昇し活動量も高まる、と報告されているのです(⇒Mech Ageing Dev 1989 May;48(2):117-33Duffy PH, et al.:Effect of chronic caloric restriction on physiological variables related to energy metabolism in the male Fischer 344 rat.)

        • 概日的体温リズムについては(い)哺乳類の限界寿命と生命サイクルテンポにおいても、固有代謝率や熱伝導度は活動相(α期)の方が高いという事実との関係で問題にしました。ひとの概日リズムでは、哺乳類の概日リズムが@深部体温リズム群とA睡眠覚醒リズム群の二群によって構成されていることについて説明しています。

      • この図(無断転載)が示すようにカロリー制限によって体温が低下する位相は殆ど休息相(ρ)に限られており、活動相(α期)の最高体温は自由給餌の場合とほぼ同じです。つまり、カロリー制限されたマウスやラットは休息期にエネルギーの節約をしていることになります。

      • また、同図から↓の重要な点も明らかです。つまり、

        @DNA修復能力は概日リズム的に変動する。
        A最大は体温リズムの上昇相(つまり、目覚めつつある位相)に最小は休息相(ρ期)に訪れる。
        Bカロリー制限によって概日的DNA修復能力リズムの振幅が高まる。
        Cこの振幅増加は活動相の最大能力が増加することによって達成される。

        • もう一つの図(無断転載)にはこの著者たちが測定したマウスの概日リズムの位相関係が示されています。

      • 一方、アカゲザルでの同様な実験を見ると、カロリー制限によって確かに平均体温は低下し、体温リズムの振幅は増加していますが、活動相(α期、真猿類の場合は昼間)の体温もまた同様に低下しています。

    • なお、体温概日リズムの振幅は老化とともに低下します:その他の概日リズムについても老化とともに振幅が低下するのが一般的ですが、体温リズムは最も基本的な生理リズムです。

  • 活性酸素障害の低下:現象論(前節)のところで述べたように、活性酸素障害はカロリー制限によって低下します。

    • 活性酸素障害は下記の三つのバランスによって決まるものと考えられます。

        @活性酸素生成速度
        A活性酸素消去速度
        B障害修復速度

    • このうち、カロリー制限によって改善されるものとして最も豊富な証拠があるのは、活性酸素生成速度の加齢に伴う増加が遅延することです。また、酸化ストレスをはじめとする様々な環境ストレス(例えば紫外線)に対する抵抗性も増大する、との知見も多くあります。これは主にA活性酸素消去速度やB障害修復速度の向上と関係しているはずです。また、DNA障害の修復能力もカロリー制限によって改良されます。

    (ほ)限界寿命と活性酸素生成の種間差

    A. 抗酸化能力の種間差と限界寿命

    哺乳類の抗酸化能力:

  • 固有代謝率あたりのSOD活性は限界寿命が長い種ほど高い、ということは Cutler, AG (1985) によって初めて示されました。その関係を表す図は、余りにも有名です(例えば、生物の老化と寿命(大阪市大、井上正康教授)に簡約版が掲載されています)。

  • ただし、抗酸化能力の指標となるものでも、限界寿命とは逆の相関を示すものや全く無関係なものまであります。Cutler, AG (1991)によると次の通りです。

      正の相関:Cu/Zn-SOD、Mn-SOD、カロテノイド、α−トコフェロール、セルロプラスミン
      無関係 :アスコルビン酸、レチノール
      負の相関:カタラーゼ、グルタチオン、グルタチオンペルオキシダーゼ

    • ここで、律速段階の概念が重要になってきます。つまり、生物個体の抗酸化能力を実際に制限している(抗酸化速度を律速している)のは、どのような酵素(または生体分子)なのか、ということです。それは、種が違っても同じなのでしょうか?この律速因子になっているものでなければ、限界寿命と無関係でも「老化と寿命のフリーラジカル説」にとってどうでもよいことになりますし、負の相関をもつものでさえ一向に矛盾することにはなりません。

    • 個々の酵素レベルでは以上のようにまちまちの結果が得られていますが、様々な組織からのホモジェネート(磨砕液)を比較すると、長命な種ほど抗酸化能が高いという結果が得られています。

    • DNA障害修復能力やポリADP−リボースポリメラーゼ活性(ゲノムの構造保持に不可欠)などが高い種ほど長寿であるとの知見も得られています。

    げっ歯類内での比較:

    鳥類と哺乳類の活性酸素生成速度:

  • 同じサイズで比較すると鳥類は哺乳類より固有代謝率が高くなっています:スズメ目で2倍弱、鳥全体としては約20%程代謝テンポが速いのです。にもかかわらず、鳥類は哺乳類より約2倍ほど長生きするのです(⇒哺乳類の限界寿命と生命サイクルテンポ )。

    • 今まで、いろいろなところで述べてきたように(例えば、⇒異説「ゾウの時間 ネズミの時間」)哺乳類の内部における限界寿命の種間差を決める要因は体のサイズや代謝テンポ(固有代謝率)によっては一義的に決まりません。固有代謝率が低くても限界寿命は短い、という種がいくらでも存在するのでした。また、鳥類と哺乳類をまたがる動物群のなかで比較してみても、体のサイズや固有代謝率が限界寿命を一義的に決める要因にはならないことが↑の事実によって明らかです。

      • つまり、固有代謝率(代謝テンポ)は、他の条件がすべて同じなら、活性酸素障害速度に比例しますが、「他の条件」がすべて同じになるということは現実には起こらないのです。

      • 「他の条件」としてここで直接的に関係するのは活性酸素障害の蓄積パターンです。

      • 活性酸素障害は、@活性酸素生成速度、A活性酸素消去速度、B障害修復速度の三つのバランスによって決まるわけですが、固有代謝率に最も直接的に関係するのは@活性酸素生成速度だけです。しかし、この場合でさえ、活性酸素生成を抑制するメカニズムの能力に種間差があるとすれば、固有代謝率が高いからといって活性酸素生成速度も高い、ということにはなりません。事実、↓の知見はこの推論が正しいことを示しています。

    • 老化の活性酸素障害説の見地からすると鳥は哺乳類に比べ、活性酸素障害の加齢に伴う蓄積が低いものと予想されますが、事実その通りのようです(例えば、⇒Ann N Y Acad Sci 1998 Nov 20;854:224-38 Mitochondrial free radical production and aging in mammals and birds.)。

      • 活性酸素障害は、@活性酸素生成速度、A活性酸素消去速度、B障害修復速度の三つのバランスによって決まるものと考えられますが、上掲論文によると、鳥は活性酸素生成速度が哺乳類に比べ低いようです。また、DNA障害の修復能力は高い、とされています。


    C遺伝的メカニズム



    D老化、ガン、細胞死

    E老化、松果体、概日リズム


    ★★★補足★★★ B. 活性酸素障害⇒アポトーシス伝達経路の欠失と老化遅延、寿命延長

    • マウス胚線維芽細胞において、p66shcのセリン残基は過酸化水素に晒したり紫外線を照射するとリン酸化された。

      • 哺乳類のプロトオンコジーン(癌原遺伝子) SHC 座位は三つの蛋白質をコードしていますが、そのうちの一つが p66shc です。これらは三つのドメインを共有しています。一つは SH2ドメイン(Src2 homology)で、もう一つはCH1ドメイン(コラーゲンホモロジー1)です。三つ目としてPTBドメイン(燐酸化チロシン結合ホモロジー)を共有しています。p66shcに特徴的なことは、アミノ末端にCH2ドメインをもつことです。

      • ほかの二つの蛋白質p52shc,p46shcと同じように成長因子レセプタの活性化にともないチロシン残基が燐酸化されますが、その結果として(他の二つとは異なり)MAPキナーゼ(MAPK)活性を調節するということがありません。その代わり、c-fos プロモーターの活性化を抑制します。

        • c-fos は、活性酸素障害を誘発したりDNA損傷を引き起こしたりするような環境ストレスに反応して活性化されます。

      • つまり、p66shcは、ほかの二つとは異なり、Ras 活性化とは異なった経路に関係しているのです。そして、上述のように p66shc のセリン残基が環境ストレスに反応して燐酸化されるのです。なお、上皮成長因子 EGF を与えた場合には、セリン残基ではなくチロシン残基が燐酸化されます。

    • マウス胚線維芽細胞において、p66shcを過剰発現させると過酸化水素や紫外線照射によって誘導されるアポトーシスが起こりやすくなり、また逆に、欠失させると起こりにくくなった。(コントロールでの細胞死70%に対し、過剰発現で85〜90%、欠失で30%未満)

      • 欠失には、p66shcに固有のCH2エキソンをターゲット変異させています。
      • p66shcは環境ストレスに対する抵抗性を弱める作用をもつ、ことが示唆されます。事実、p66shcは活性酸素障害によって誘導されるアポトーシスに深く関係しているようです。ただし、DNA障害によって誘導される細胞周期停止には影響がありません。

    • セリン残基が燐酸化されえないp66shcの変異遺伝子(CH2の36位のセリンをアラニンに置換したもの)には、p66shcを完全に欠失したマウスの細胞に、通常のストレス反応を回復させる能力がなかった。

      • つまり、この36位のセリン燐酸化がストレス反応には不可欠である、ということです。

    • p53ストレス反応やp21ストレス反応はp66shc欠失で傷害を受けている。

      • 紫外線や過酸化水素によるp21ストレス反応ではp53経路とp53独立経路の両方が関係していますが、X線によるp21ストレス反応ではp53経路のみが関与しています。
      • p53反応はp66shc欠失とコントロールとで変わりありません。ところが過酸化水素や紫外線で誘導されるp21反応の方はp66shc欠失で著しく減退しています:ただし、X線によるp21反応には違いがありません。つまり、p66shcは、p53独立経路に関係していることが示されるのです。
      • その他の実験とあわせ、酸化ストレスはアポトーシスを帰結させるp53経路とそれに拮抗するp21経路を活性化することが示されています。そして、p66shc欠失はそのどちらをも減退させる、ということです。

    • p66shcを完全に欠失したマウスでは、パラコートに対する耐性が高まり寿命が約30%延長した。

      • 環境ストレスに対する抵抗性の高まりが寿命延長と密接に結びついていることは哺乳類以外でもよく知られたことです。

        • 出芽酵母では、RAS1の欠失やSIR4の変異がストレス耐性を高めるだけでなく寿命を延長させます。
        • 線虫 C. elegans でも、clk-1やdauer/insulinレセプタシグナル伝達経路の遺伝子(daf-2; age-1, AKT1 and AKT-2; PDK1)のミュータントは寿命が長く、活性酸素や熱、さらには紫外線に対する抵抗性が高まっています。
        • キイロショウジョウバエで寿命の長いものを人為淘汰すると環境ストレスに対する抵抗性が高いものが得られます。

    • p66shcを完全に欠失したマウスでは、この欠失によって損傷した形質は今のところ見当たらない:コントロールと比べ、体重も違わないし代謝率も異なることはない。

    • この節で紹介した事実はある意味でパラドキシカルです。というのも、活性酸素障害に対する防衛に深くかかわっていると考えられるコンポーネント(例えばp66shc)の低下がむしろ活性酸素障害に対する抵抗性を高め、寿命を延長させるからです。このパラドックスを「老化の活性酸素障害説」の立場からとくためには、当該のコンポーネント(例えばp66shc)が活性酸素障害に対する防衛とは無関係な機能を果たしていると仮定する必要があります。

      • 老化の進化学説によれば、後繁殖期には弊害をもたらすような機能でも、それが繁殖期までには重要であるものなら、後代に伝えられ進化する、と考えられます。したがって、当該のコンポーネント(例えばp66shc)が活性酸素障害に対する防衛を低下させるという代償を払った上で、その防衛低下を上回るようなある未知の重要な機能を若齢期に果たしているかも知れないことは十分にありうることです:高齢になると、その未知の機能の必要性はなくなり、活性酸素障害に対する防衛低下だけの効果しか持たなくなるため、それを欠失させれば、活性酸素障害に対する抵抗性を増し寿命が延びる、という筋書きです。

        • このパラドキシカルな効果について、よく例に出されるのがエストロゲンの作用です。若齢においては繁殖にとって不可欠な機能を果たしますが、繁殖後においては生存力を低下させる主な要因の一つとして作用する、と考えられているのです。